39.さようなら
「う、そ、だって、リオンは愛してないって」
「リオンがどう言っていたかは知らないけれど、婚姻中に授かった子よ」
「嘘よ! だって、私だけって、2人目だって」
「いい加減目を覚ましなさい。あなたはもう母親でしょう?」
「リオンを手に入れるために仕込んだんじゃないの? 私はそうだったわ。思い出だけで良かったけど、来てくれた! 嬉しかったわ。これでカッコよくて、強くて、理想の男が手に入るって」
聞くに絶えない言葉の羅列に、とっさにリリアちゃんの耳を塞いだ。
シアラの言葉はまるで、男のために利用したように聞こえるから。
「それで? 今のあなたは、理想になった?」
シアラの表情が抜け落ちる。どこからどう見ても、なりたかったようには見えない。
「リオンが……リオンがいたら」
「もう、いないわ」
「まだ分からないわ。きっと迎えに来てくれる」
「来ないわよ」
だって、でも、だから。
現実を見ずに夢ばかり見ているシアラに、シーラさんは淡々と告げている。
「リオンはいないけれど、あなたには娘がいたじゃない」
その言葉に、シアラの顔が弾かれたように上を向いた。
彼女の目にはどう映っているのだろう。
リリアちゃんの目には、どう映っているだろう。
「私がリオンとの離婚を決意したのは、子どもの笑顔を曇らせないためよ。本当に嬉しそうにしていたもの。あのときのあなたは、ちゃんと育てているように見えた。だから、そんな母娘を引き離すなんて考えなかったわ。けれど……そうじゃなかったのね」
シーラさんの顔に失望が見える。
夫に裏切られて、きっと辛かっただろう。それでも、リリアちゃんの笑顔を守るために身を引いた。
それはシアラへの期待も少なからずあったのではないだろうか。
リリアちゃんが私から離れてシアラの元へ行く。
地べたに座り込んだ母親を見下ろして、小さな手はぎゅっと握り締めていた。
「ママ、私、ママのこと、好きだった。大好きだった。今でもパパと一緒にいたときのこと思い出すよ。でも」
私から、リリアちゃんの表情は見えない。けれど、その小さな背中が、悲しみに包まれているのだけは分かってしまった。
「今のママは嫌い。誰かの迷惑も考えないで、自分のことばかりで、パパのことばかり。私のことも見てくれない。もう、いいよ。私、ママとは暮らせない。私は、私生児だけど、生まれちゃいけない子かもしれないけど、幸せになりたい」
リリアちゃんの肩が震えている。声だって涙声だ。けれど自分の気持ちをしっかりと伝えられた。
「模範生の様子見期間、終了です」
そこへ、諜報員さんとダガートさんも一緒にやって来た。
「様子見……期間?」
「模範生として仮出所したあなたは、その行動をずっと見張られていました。一番重視したのは子に対する態度、それから周りの者に対する態度。全て、本格的な出所に値しないと認定します」
シアラの顔が絶望に染まる。
つまりはまた、出戻りってこと?
「さらに、俺の……シーラさんの息子を連れ去ろうとしました。シーラさんは男爵です。この意味が分かりますか?」
「あ……あ……」
諜報員さんはとても怒っている。
忘れそうになるが、シーラさんは男爵だ。つまり貴族だ。
平民が貴族の子を連れ去ろうとしたのだ。
それがどれくらいの罪になるか分からない。けれど、諜報員さんは容赦しないだろう、というのが分かってしまった。
「このことは王太子妃殿下に奏上いたします。2度とここに戻ることは無いでしょう」
「いや……いやよ、あんなところに戻るなんて……いやぁああああ……」
諜報員さんはシアラを縛り上げると、移動魔法で行ってしまった。
「お父さん、怒ってたね」
「そうね」
シーラさんの息子が空を見上げて呟いた。
何とも呆気無い最後だったな、と私も空を見上げる。
でも、リリアちゃんにとっては辛い別れになってしまっただろう。
大好きな母親が落ちぶれる様はあまり見たくないものだ。
「おじさん!」
「な、なんだ」
「見ての通り、私はもうママとはお別れしたので! もう、パパもいないので、これからはおじさんとずっと家族でいようと思います……が、大丈夫……でしょうか……」
尻すぼみになりながら遠慮がちに言うリリアちゃんは、もじもじとしている。
ダガートさんはそんなリリアちゃんをひょいっと抱き上げた。
「当たり前だ。おじさんだってな、中途半端な気持ちで養子に迎えたわけじゃないぞ。頼りないかもしれないが、リリアのことをちゃんと見てる。だからこれからもずっと、おじさんはリリアの家族だ」
リリアちゃんは涙を堪えるように唇を引き結んだ。
リリアちゃんが頼りにできる大人として、しっかりとしてほしいと願っている。
「シーラさん」
ダガートさんから降りて、リリアちゃんがシーラさんに駆け寄って行く。
「シーラさん、あの……ママが、ごめんなさい。あと、……その」
リリアちゃんは言いにくそうに俯いている。
シーラさんからすれば複雑な立場の子だ。
「リリアちゃん……だっけ?」
「っはい」
「幸せに、なってね」
リリアちゃんは俯けていた顔を上げる。スカートをぎゅっと握り締めて、下唇を噛んだ。
何かを言いたいけれど、嗚咽となって溢れてしまった。
シーラさんはしゃがみ、リリアちゃんと目線を合わせた。
「負けないでね。きっと、これからも辛いことがあるかもしれない。でも、正しい道を選んでね。私との約束」
シーラさんが拳を突き出すと、リリアちゃんは躊躇いながら小さな手を合わせた。
それから肩を震わせるリリアちゃんの頭を優しく撫でた。




