40.その後の話
魔物の襲来から一週間が過ぎた。
落ち着いたところで調査してみれば、街の至る所で建物が破壊されていたため、人々は協力しあって復興に務めている。
冒険者さんたちも尽力してくれて、案外早く復興できるんじゃないかな。
ちなみに建物の破壊はあったけれど、犠牲者は1人もいなかったらしい。
ブラックドラゴンで逃げ遅れたあの人も、重傷を負いはしたが一命は取り留めたそうだ。
彼は現在街の救護施設で療養しているらしい。
ダガートさんに使ったシーラさんの回復薬があれば治るそうなのだが、あれは王家預かりでおいそれとは使えないそう。
ダガートさんが諜報員さんの数少ない友人だから、と王太子殿下を説得……半ば脅してもぎ取って来たらしく、残りは王家で大切に保管されているのだとか。
材料は分かっているから新たに作れないのか、とも思うが、材料の1つであるユニコーンの涙を手に入れることが難しいため、2度と作れないかもしれない、とのこと。
以前は諜報員さんが容易に手に入れたそうだから、何か秘訣でもあったのかもしれないが、シーラさんにも秘密らしい。
シアラは、王太子妃殿下管理の収容所に戻された。男爵であるシーラさんの息子を連れ去ろうとした罪が重く、処刑という案もあったらしい。
だが、私とシーラさんへの慰謝料を払わなければならないため、暫くは生かしておくらしい。
リリアちゃんのことを思うと、何とも言い難い気持ちになるが、シーラさんの提案通り元騎士さんとの未来が潰えたなら、リリアちゃんのために生きれば良かったのだ。
リリアちゃんは母親が大好きだった。
いつか2人で暮らせるように、罪を償えばよかったのに。
本気で元騎士を愛して、愛する人の子を生んだならその子も愛するべきだろう。
その愛情が見えなかったことが、リリアちゃんの心を曇らせる一因にならないといいと願う。
「エルシーさん、騎士団寮へは戻らないの?」
「……どうして?」
「だって、おじさんと」
リリアちゃんはあれから毎日文具店に立ち寄る。私ももうわだかまりが溶けたので、表に立つことが増えた。まあ、表に立たざるをえない状況というか。
だからこうして仕事中だがリリアちゃんが話し掛けて来るのだ。
リリアちゃんが何を言いたいかは察しがつく。
「もし、私がお邪魔なら、孤児院に行ってもいいし」
「はぁ? 何言ってるの」
あまりにも荒唐無稽なことを言い出すものだから、思わず声が大きくなって慌てて口を押さえた。
「あのね、あなたはダガートさんと家族になったよね?」
「そうだけど」
「だったらなぜ孤児院に行く必要があるの」
「だって、お邪魔じゃない?」
「意味が分からないわ。ダガートさんがそう言ったの?」
「おじさんは言わないよ」
「じゃあ変なこと言わないの。それに、私とダガートさんはそんな関係じゃないわよ」
リリアちゃんは納得してないような顔だ。
……確かに回復薬は飲ませたが、あれから何も言われていない。
あのときはわーって感情が溢れてそのままの勢いで流され……なんて考えもしたけれど、一時の感情で流されて失敗したのがダリオとの結婚だった。
相手の気持ちが曖昧なうちに自分だけの感情で突っ走って、また失敗したら目も当てられない。
「それに、もし私とダガートさんがどうにかなるとしても、それはあなた込みの話。だから自分の気持ちだけでどうこうなんて言えないよ」
どうにかなる未来があったとして、そこにリリアちゃんがいるのは確かだ。
ダガートさんはリリアちゃんを手放すことはしないだろう。だからこそ、慎重に自分の気持ちを確かめて、本当にこれでいいのか見極めなければならない。
「私はエルシーさんがそうなるなら嬉しいけど、確かにおじさんの気持ちもあるもんね」
ダガートさんの気持ちもある。うん。だから私だけの気持ちで突っ走るわけにはいかないのだ。
「わしもエルシーさんがそうなるなら嬉しいが、ヨハンナくんが辞めてしまうから今すぐ騎士団寮に戻るのはかなり困るなぁ」
「店主さん」
店主さんは、あの後1人で魔物退治をしていたらしい。
再会したときはまだまだ元気だったから、シーラさんの回復薬のすごさを改めて思い知った。
「いつ出発でしたっけ?」
「3日後には経つらしい」
急な話だが、看板娘だったヨハンナさんは王都へ行ってしまうらしい。
なんと、あのとき助けてくれたルッツさんに惚れて、王都に付いて行くのだとか。
ルッツさんは最初断っていたそうだが、ヨハンナさんの熱意に根負けしたらしい。
……どこかで聞いたような馴れ初めだが、ルッツさんが誠実な騎士であることを願っている。
そういえばルッツさんは私に付いて来てほしいと言っていたけれど、それを聞いてもヨハンナさん良かったね、としか思わなかったから、私も薄情者なのかもしれない。
「また張り紙出さないとなぁ。とはいえ、ヨハンナくんやエルシーさんみたいな人は中々来ないんだよ」
店主さんの嘆きを聞きながら、暫く辞めることは無理そうだな、と苦笑した。
ヨハンナさんが旅立って数日後。
ダガートさんから食事のお誘いが来た。
回復薬のお礼がしたいらしい。
リリアちゃんから招待状をもらって、了承の返事を出した。
「エルシーさん、忙しいのにありがとう」
「いえ。とびっきり美味しいごちそうを奢ってくださいね」
「もちろんだ」
ダガートさんの雰囲気がいつもと違うのは、ちょっといい雰囲気のレストランだからか。
おめかししているせいもあるのだろうか。
リリアちゃんも可愛らしい服装に身を包んでいる。
店員さんの誘導で、個室に案内してもらい、着席する。
「マナーとかあまり覚えていないのですが」
「安心してくれ。俺も分からん。部下に聞いたらここがいいって言われたもんだから……」
ダガートさんはこういう場所には慣れてないようで、気まずそうに手で仰いでいる。
「まあ、個室だから、気軽に食べよう」
「そうですね」
慣れない場所、慣れない料理。1人では中々来れないレストラン。これも経験、と気にせず食べることにした。
「エルシーさん、先日はありがとう」
「えっ?」
「回復薬を……」
「あ、ああ、はい、大丈夫です」
思い出して顔が熱くなる。赤くなっているのをごまかすように、グラスの水に口付けた。
「それで……その」
ダガートさんの表情が、真剣なものになる。
まっすぐに見つめられ、心臓の音が速くなった。




