38.一難去ってまた一難
駐屯地に戻って来ると、沢山の人で埋め尽くされていた。
まだ魔物の残党はいるけれど、諜報員さんいわく瘴気溜まりは沈静化して、間もなく消滅するだろうとのこと。
あとは騎士さんたちで様子見するだけでいいそうだ。
「エルシー」
「お父さん? 避難したんじゃなかったの?」
「希望する者は避難させたよ。だがお前がどうするか分からなかったから、1人置いて行くわけにもいかないだろう?」
父は着の身着のまま出てきたのだろう。所々汚れていた。
「ごめんなさい。……どちらにせよ、私はここに残っていたと思う。短い期間だけとお世話になった騎士さんたちを放って行くわけにもいかなかったし、何よりこの子が……心配だったし」
戻って来る前から、リリアちゃんはずっと私と手を繋いでいた。不安が大きいのだと思う。
ここまで慕ってくれている子を邪険にできるほど、私は強くない。
「そうか。……お前は昔から弱き者の味方をしていたな。ダリオもそうだった。優柔不断で意思も弱くて、そんな所が反対する要因だったが、自分が支えるから、と押し切ってしまった」
「それはもう、考え無しにやってしまったと反省しているわ」
「いや、お前が悪いわけではない。お前のやさしさにあぐらをかいた結果だろう。人は常に感謝だけは忘れてはいけないんだよ」
ダガートさんに助けられたダリオは、気絶から復活するとそばにあったブラックドラゴンの死体を見て再び泡吹いて倒れてしまった。
これにはシーラさんも諜報員さんも呆れていて、魔物もいないし、迎えは後ででいいか、とその場に置いて来た。
一瞬でもあれを愛していた時間があったなんて思いたくもない。
「エルシー、お前はまだ若い。これから様々な選択を迫られるだろう。失敗したら、またやり直せばいい。だが辛くなったら頼りなさい。私は常にお前の味方だよ」
「……うん。ありがとう。どうにもならなくなったら頼らせてもらう」
「ところで、騎士団長殿はどこに……」
「うへっ!? な、なんで?」
「少なからず街は被害を受けただろう? 建物も壊れたりしているからな。だから街の修復に向けて寄付の相談を、と思ってな」
父の営む商会は街一番の大きさを誇る。だからいち早く復興に向けて騎士団へ援助するということらしい。
「あ、えとー。その、た、たぶんそのへんにいるよ」
「エルシー?」
ダガートさんのことを持ち出されると、どうしたらいいか分からなくなる。
だって、死にそうだったのに、シーラさんの回復薬を飲んだらけろっとしていたのだもの。
ダガートさんに口移しで飲ませたら、身体の傷はすっかり癒えてしまって足も元通りだった。
何でも秘蔵の万能の薬らしい。
使用が制限されているため王家預かりになっていた物を、諜報員さんが王太子殿下に事情を説明してもぎ取ってきたそうだ。
聞けばシーラさんの元夫さんも死にかけから復活したそうだし、確かにこんな万能すぎる物があったら狙われるのも頷けるほどの効果だった。
それで復活したダガートさんと目が合って、気まずくて、結局ダガートさんは諜報員さんと共に先に帰還してしまった。
「……? 分からないならそう言えばいいのに」
「あはは、あはははは」
「まあ良い。後ほど話をしよう」
私はこれからどんな顔をしてダガートさんに会ったらいいのだろう。
隣にいるリリアちゃんから小さくため息を吐かれた気がした。
「お母さん!」
「ラルフ! ただいま」
騎士団寮の方から、シーラさんの息子さんとワンコが駆けて来た。
そうだ、ずっとお留守番させていたんだ。
「僕ね、回復薬をみんなに配ったよ。えらい?」
「ええ。ありがとう、ラルフ」
シーラさんに頭を撫でてもらって嬉しそうに笑う。リリアちゃんはその様子をじっと見て俯いた。それがなんだか寂しそうに見えて、私もリリアちゃんの頭を撫でた。
「リリアちゃんも怖かったのによく頑張ったね」
「……別に、怖くなんか……」
「えー? 最初に会ったとき何て言ったっけ?」
「っエルシーさんずるい!」
顔を赤らめて反抗してくる様は、意地っ張りで強がって、けれど本当は寂しさを我慢している証拠だと思う。
「あのさ、リリアちゃん。甘えたいときは甘えていいから」
私はリリアちゃんと目を合わせ手を繋ぐ。
「もうこれも何かの縁だし、とことんまであなたに付き合うから。ママじゃないからそこはごめんね、だけど。悩みがあったら聞くし、してほしいことがあったらできる限りはしたいと思う」
リリアちゃんは泣くのを堪えるかのように下唇をぐっと噛んだ。
今まで何でも我慢して、きっとこれからも色々なことを我慢してしまうだろう。
けれどそれじゃ、本来のリリアちゃんらしさが消えてしまう。
「もう私生児だからって我慢しなくていいからさ。幸せになろ。私も幸せ探すから、一緒に探そう」
「幸せ、に、なってもいいの?」
「いいよ」
「誰も、だめって言わない?」
「だめって言う人がいたら、私が文句言ってあげる」
リリアちゃんの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
声にならない言葉が、嗚咽となって落ちていく。
「大丈夫だよ。これからは味方になるからね」
そう言って、リリアちゃんを抱き締めたとき、この場にそぐわない声が響いた。
「リオン……? リオンじゃない。え、小さくなったの? 可愛い!」
顔を上げると、そこにはよれた格好をしたシアラがいた。
確か不適格としてどこかに監禁されていたと思うのだが、魔物の襲来で混乱に紛れて抜け出したか建物が壊れたかで出てきたのだろうか。
シアラはシーラさんの息子に近寄り腕を引いた。
「何するんだよ、痛いよ!」
「リオン、私よ、シアラ。あんなに愛し合ったのに」
「離れなさい。この子はリオンじゃないわ」
シーラさんが庇うが、お構いなしに腕を引っ張る。
ワンコも威嚇しているが効いていないみたいだ。
「……? エルシーさん、誰かいるの?」
リリアちゃんに母親の醜態を見せたくなくてぎゅっと抱き締めたが、隙間をすり抜けてしまった。
けれど、リリアちゃんは見えていないかのようにキョロキョロしている。
「え、と、シアラがね、そこにいるの」
「ママが? ……ほんとだ。でも、私がここにいるの気付いてないみたいだね」
リリアちゃんの表情が悲しげに見える。もしかして、ダガートさんが掛けた隠蔽魔法の効果でシアラからは見えていないのだろうか?
リリアちゃんはシアラに近寄り、シーラさんの息子から引き剥がした。
シアラからすればいきなり引き剥がされたのだ。驚いて尻もちをついてしまった。
「だ、誰よ!?」
「ママ、もうやめて。パパはもういないんだよ」
「誰よ? 出てきなさいよ!」
やはり、シアラからはリリアちゃんが見えていないようだ。
これではリリアちゃんが話せない。そう思っていたら、シーラさんがリリアちゃんの肩に触れた。
「……っリリア?」
シアラの表情が驚きに変わる。
「この子はパパじゃないよ。私だけじゃなくてこの子も連れ去るの?」
「どこからどう見てもリオンじゃない! 死んだって聞いてたけど、生まれ変わったのよね? また私に会いに来てくれたんでしょう?」
シアラは娘の前だというのに構わずシーラさんの息子に擦り寄って行く。
その間に割って入るようにリリアちゃんが立ち塞がった。
「もう止めてよ。恥ずかしいよ」
「だって、リオン……」
「いい加減にしなさいよ。娘の前なのに男にばかり目をやって。この子は私の子なの。リオンじゃないわ」
「え……でも、リオンに生き写しじゃない」
「そうね。血筋の上では私とリオンの子だもの」
「え……」
シアラの表情が、抜け落ちた。




