37.祈り
吸い寄せられるように、瓦礫に近付く。
そばに黒い巨体が横たわっていて、まだ動くかもしれないなんて構わなかった。
ただ、約束したから。
これだけは、違えないと言っていたから。
嘘はつかないって言ってたから。
「ダガートさん」
名前を呼ぶ。身体は完全瓦礫に埋もれているわけではないが、一部が足を埋めていた。
私はそれをどけていく。幸い小さいので女の私でも動かせた。
「ダガートさん」
足が折れているかもしれない。服が所々で破れて血が滲んでいた。
名前を呼んでも返事が無い。
どうして。どうして、あんな奴を庇うの。
魔物が襲来したとき、真っ先に私を置いて逃げたやつなんて放っておいてよかったのに。
「……ぁ……」
呆然と立ち尽くしていたら、薄らと目が開いた。
……生きてた!
「エルシー……さん?」
「ダガートさん! っ、今、回復魔法を掛けます!」
我に返った私は、ありったけの魔力を駆使して回復魔法を掛けた。シーラさんのハーブティーのおかげか、ある程度は回復していたようだ。
けれど、私の弱い回復魔法じゃ、ダガートさんのケガを全ては治せない。
最初にブラックドラゴンから受けた攻撃も完全には治っていないようだった。
「リリアは……」
「無事です。学び舎の建物の中でダガートさんの迎えを待っています」
「そうか。行ってやらねぇとな」
言うなり身体を起こそうとして、けれども動かないようだった。
「……っかしぃな、やたらと重てぇや。すまんがエルシーさん、ちょっと、力貸してくんねぇかな」
震える手で身体を支えるがうまくいかない。
何とか起こせても、立ち上がる力は無いようだった。
結局そのままダガートさんの身体を支えられず、膝枕みたいになってしまった。
「ははっ、情けねぇな。約束、したんだが」
「喋らないでください」
ダガートさんの背中から、血溜まりができている。何とか傷を塞ごうと回復魔法を掛け続けた。
「魔力、尽きるだろ? もう、いいからよ」
「まだ大丈夫です。シーラさんのハーブティーを飲んだら回復したんです」
「シーラさんは無事か……?」
「大丈夫です。……今は姿が見当たりませんが」
「シーラさんには……迷惑ばっかかけちまったな」
ダガートさんは痛みのせいか、辛酸を嘗めたような表情を浮かべた。
「俺が……ちゃんと書類を確認してりゃ、リオンとシアラの件にもっと早く気付けたんだ」
「ダガートさんのせいではありません」
「ちゃんとリオンを説得できてりゃ、リリアも……本当の親と暮らせてたかもしれねぇ」
「不貞する親といても、必ずしも幸せとは限りません」
特にシアラは先日の様子を見る限り、リリアちゃんと一緒に暮らすには不安が残る態度だった。
血の繋がりはなくても、ダガートさんや店主さんの方がよほど思いやっている。
「シアラとリオンをくっつけてりゃ、エルシーさんだって」
「あぁ、もう、ごちゃごちゃ言わないでください。私はもう、ダリオのことなんてどうでもいいと思っています。どうして庇ったんですか? あいつは魔物が現れたとき、私を置いて一目散に逃げたんですよ?」
思い出しても腹が立つ。
おかげで本当に吹っ切れたし、改めて復縁なんかしないって決めた。
「なんで、って、マルセーズに住むやつを守るのが仕事だから……」
「そうですね、そうでした。ダガートさんはそんな人です」
バカみたいな大きな荷物を1人で背負い込んで、自分だけの責任だとかいつも自己犠牲ばかり。
「ダガートさんと付き合う女性は大変ですよ。常に心配してなきゃいけないんだもの」
「……そうだな。……っ」
背中の傷は少しは癒えただろうか。
掛け続けていた魔法が、消えてしまった。
「エルシーさん、ありがとうな」
ダガートさんの瞳が翳っていく。
「最後に見たのが、エルシーさんでよかった」
「どういう、こと……」
「傭兵やって、騎士になった身だから分かるんだよ。これはいよいよやべぇな、って。もう、目がほとんど見えねぇ」
それは、きっとあまりよくない状態なのだと直感が告げている。
「最後とか、縁起でもないこと言わないでください」
「エルシーさんの髪、ブラックドラゴンみたいに艶があって好きだ。……今世では無理そうだがよ、来世でまた会えたら、そのときは」
「バカじゃないですか? あなたがいなくなったらリリアちゃんがまた1人になるじゃないですか!」
ダガートさんは穏やかに微笑う。そして、右手が私の髪に触れ、ゆっくりと落ちていった。それと同時に目を閉じる。
「エルシーさん!」
「シーラさん! ダガートさんが……!」
「シーラさん、もぎ取ってきた!」
いつの間にかいなくなっていたシーラさんが戻ってきた。諜報員さんの手には虹色に光る小瓶があった。それをシーラさんが受け取る。
「エルシーさん、これ……!」
シーラさんから差し出された小瓶をダガートさんの口に付け飲ませる。これがどんな物なのかは分からないが、シーラさんの特別な薬だというのはよく分かる。
私は藁にも縋る思いで受け取り、ダガートさんの口に流し入れた。だが嚥下する力が無いのか、口の端から液体が流れてしまった。
「ダガートさん、飲んで……! 飲んでください! あなたが死んだら、リリアちゃんが悲しむじゃないですか! また門の前で、今度はあなたの帰りを待つ子になってしまう! だから……!」
ぼたぼたと大粒の涙が落ちる。
待っているのに。巨大な魔物を打ち倒し、迎えに来るのを、信じて待っている子がいる。
躊躇している暇は無かった。
私は小瓶の中身を口に含んだ。
そしてそのままダガートさんの口へ注ぎ込む。
死なないで。これ以上、リリアちゃんから離れないで。
悲しい思いをさせないで。
「無理とか言わないで。来世とか待たないよ。だから」
戻って来て。
言いたいこと、たくさんあるから。
言えてないことも、あるから。
私は祈るようにダガートさんの手を握り締めた。




