34.緊急事態
回復薬をあらかた作り終え、シーラさんとひと息ついていた。
シーラさん特製のハーブティーを飲むと、回復薬作りで使った魔力が少しずつ回復する。
それだけでなく疲労感もなくなっていくからどれだけすごい方なのか、と改めて尊敬してしまった。
「そろそろ、魔物は一掃されてますかね……」
「街中に魔物が入るなんて、今までなかったんだけどね。アスティが仕掛けた結界が作動したからある程度は防げたとは思うけれど、結構な数が侵入したみたいね……」
シーラさんの話では、数年前から街の近くにある森で、魔物が発生する瘴気溜まりが拡がりつつあったらしい。だから緊急クエストとして冒険者にも周知し、魔物自体はちょこちょこと狩っていたそうだ。
だが、ここ最近瘴気溜まりが一気に肥大し、撃ちもらした魔物が街の近くまで行くようになった。
そのため諜報員さんが魔物が複数侵入したときに先程聞いたようなけたたましい鶏を絞めたような警報音が鳴るように、また同時に騎士団駐屯地を安全な避難場所となるよう結界を仕掛けていたらしい。
「さすがにアスティでも街全体を覆う結界は難しくてね。本人はすごく悔しがっていたけれど」
「諜報員さんすごすぎます。駐屯地も結構な広さがありますよ」
結界は魔法の中でも上位だ。かなりの魔力を消費するし術式も複雑だと習った記憶がある。
「今日は諜報員さんは……」
「瘴気溜まりの方で応戦しているわ。日頃冒険者としてやれてないから、楽しく狩ってるんじゃないかしら」
こんな恐ろしい魔物相手に楽しく……と聞いて、桁違いの魔術師だ、と思わず笑いが引き攣ってしまった。
「お母さん! 大変だよ!」
シーラさんの息子さんがワンコと一緒に戻って来た。その後ろから血相を変えたブラントが走って来る。
「エルシーさん、リリア……リリアを見掛けませんでしたか!?」
「ちょっと、ちょっと。落ち着いて。避難場所にはいないの?」
「学び舎の生徒で10歳以上は学び舎で避難してるらしいんです。でも……それ以下の小さな子たちは帰した後だったみたいで」
思わず両手で口を押さえた。まさか……それじゃあ、リリアちゃんは街中に取り残されてるかもしれないってこと!?
「助けに行かなきゃ!」
「外はまだ危険だよ! それに……遠くの空に黒い影が見えたって聞いたんだ」
「黒い影って……」
「伝説の龍、ブラックドラゴンだよ!」
ブラックドラゴンて、まさか、文具の絵柄のモチーフになってたりするやつ……? ダガートさんがカッコイイとか言ってた気がする、あのブラックドラゴンが街に向かって来るかもしれないってこと?
「ブラックドラゴンは冒険者の中でも伝説になってるわね。素材もいいから冒険者たちがまっさきに討伐するはずだわ」
「だといいのですが……」
「何にせよ、学び舎の子どもたちを迎えに行きましょう。もしかしたら小さい子たちも戻っているかもしれないし」
学び舎は国から支給された結界石がある。これは有事の際避難場所になるようにだ。学長室の魔法陣を作動させれば学び舎の敷地の四隅に設置された結界石が働き、結界を張ってくれる。
だがこれはあくまでも限定的な措置で、あまり長くはもたないらしい。
「でも、どうやって子どもたちを避難させるのですか?」
「移動魔法を使うのよ。ラルフ、行って来るわね。エルシーさんも回復薬を持って来てくれる? ケガした子がいるかもしれないし」
「わ、分かりました!」
先程作ったばかりの回復薬を入れた箱を持つと、シーラさんの手が肩に添えられた。
「行くわよ。……街の学び舎を想定して……」
シーラさんが何かを唱えると瞬時に視界が変わった。懐かしい建物は卒業したあとも変わらない。
だが学び舎から1歩出ればそこは魔物がまだ闊歩していた。こちらに侵入する気配は無いが、何匹かは気にしているような素振りをしていた。
校庭にいる泣きじゃくる小さな子たちをかばいながら、安全な建物の中へ連れて行く。
だがこの中にリリアちゃんの姿は無い。
「皆さん、無事ですか?」
「エルシーさん!? ……と、シーラさん」
建物内にはダガートさんと数名の騎士さん、そして学び舎の子どもたちが大勢いた。いつの間に、と思うが騎士団駐屯地から近い場所にあるため、避難場所の確認に来たのかもしれない。
「ダガートさんも、リリアちゃんを探しに、ですか?」
「リリア……? ……いないのか?」
「10歳未満は放課した後だったそうなんです。だからその子たちの安否が気になって」
ダガートさんはすぐに確認をした。
何人かは学び舎に引き返していたようで、不安そうにしている。だがその中にリリアちゃんの姿は無かった。
心臓が嫌な音を立てる。
大人のヨハンナさんでさえ恐怖で立てなくなっていた。
リリアちゃんは無事だろうか。どこかで1人で怯えて動けないんじゃないだろうか。
「俺たちがここに来るとき、リリアの姿は無かった。どこに行ったんだ」
「文具店かも。店主さんがいますし、最近よく来ています」
「分かった。俺たちが見に行くから、エルシーさんはここに残るか駐屯地で待っててくれ」
「待ってください。私も行きます」
じっとしてなんていられなかった。
確かに複雑な間柄ではあるが、どうにかなってほしいわけじゃない。それにケガをしていたら回復魔法を掛けなきゃ。
「見て分かるだろう? 街の中は危険だ」
「でも、リリアちゃんがケガして歩けなかったら?」
「回復薬を持って行く」
「また魔法による攻撃を受けているかもしれないじゃない」
ダガートさんがぐっと言葉を詰まらせた。
頭をガシガシ掻いて、あーとかうーとか唸っている。
「……分かった。ただし、ここから文具店までだ。危険と判断したときは、速やかに引き返す」
「分かりました」
「シーラさんにはできるだけ駐屯地へ送って欲しいのですが……」
「アスティに1度で大人数を運ぶ魔法陣を作ってもらったから、広庭に描いたらすぐに」
騎士さんたちは学び舎で万が一結界が解けたり魔物が侵入してきたときに備えるため残ることになった。
「エルシーさん、俺から離れないように。念のため隠蔽魔法を掛けとくから、魔物に会いたくないと念じてくれ」
「分かりました」
ダガートさんに魔法を掛けてもらい、2人で学び舎を飛び出した。
先程からどうにも嫌な予感が拭えない。
どうか、大切な人を失うようなことがありませんように。
祈りながら街中へ躍り出た。




