33.襲来
「嘘でしょ……?」
呆然と、ダリオが去った先を見つめる。
あいつ、先程何て言ったっけ?
なんか、私と一緒になりたいみたいなこと言ってたような気がするんだけど。
それなのに、この大ピンチのときに、普通私を置いて行く?
「逃げろー! こっちだー!」
「怖いよー!」
人々が逆方向に逃げて行く中、ハッと我に返った私は、店主さんやヨハンナさんがいるだろう文具店へ急いで向かう。
「店主さん! ヨハンナさん!」
「エルシーさん! 来ちゃダメだ、ヨハンナくんと騎士団駐屯地へ避難してくれ!」
店主さんは元騎士だからなのか、剣で応戦している。ヨハンナさんは腰が抜けたのか店主さんに守られながら座り込んでいた。
「ヨハンナさん、立てますか!?」
「ぅああああたし、だ、だだだだ大丈夫だから」
「落ち着いてください。支えますから避難しましょう」
涙目で震えながらコクコクと頷くヨハンナさんに手を貸し、肩を抱いて支えながら立たせる。
足が笑いすぎてガクガクしているが、何とかゆっくりと歩き出した。
街の人は皆一目散に逃げ惑い、魔物のけたたましい声にビクビクしながら私もなんとか足を進めた。
今までこんなことは無かった。マルセーズはいたって平凡で平和な街だったはずだ。
先日街中に魔物が入りはしたが、騎士さんたちが食い止めてくれていた。
彼らは無事だろうか。どうか無事であってほしいと願うばかりだ。
見慣れた門を見て、ホッと息を吐いた。
どうやら騎士団駐屯地は結界がなされていて、中に逃げ込めば安全らしい。
「ヨハンナさん、もう大丈夫ですよ」
「あああああよかったぁ……!」
駐屯地まであと少し、というところで、私たちの目の前に大きな魔物が立ち塞がった。
何本もの触手がうねうねと動いて気持ち悪い。
せっかくここまで来れたのに、ヨハンナさんは恐怖のあまり座り込んでしまった。
「ヨハンナさん、立ってください!」
「ぇえええエルシーさん、む、むり、むりぃひひひ……」
周りの街の人たちはうねうね魔物をくぐり抜けながら駐屯地へ避難していく。あと少しなのに……! ともどかしい気持ちでいっぱいになるが、助けを呼ぼうにもヨハンナさんを置いて行けるわけがない。
──魔物と、目が合った。
「──っひ……」
こちらに向かって来ている、気がする。
「ヨ、ヨハンナさん、立ってください」
「む、むむむむりぃひひひひ、エルシーさん逃げてぇ……!」
「だめです! 置いていけません! 立って!」
完全に腰が抜けてしまったのか、引っ張っても立ち上がれない。魔物の触手が伸ばされる。
私はヨハンナさんを抱き締めて、せめて彼女だけは……! とぎゅっと目を瞑った。
「グギャアアアアア!」
「俺らが相手になるって言ってるだろう? 善良な市民を巻き込むんじゃねぇぞ」
聞き慣れた声がして、目を開ける。ゆっくりと上を見ると見慣れた後ろ姿が視界に入った。
「エルシーさん、立てるか?」
「ヨハンナさんが腰を抜かしてしまって……」
「安全な場所に隠れててくれ。退治したらおぶって行くから」
「分かりました!」
私はヨハンナさんをおぶって、近くにあった建物の陰に避難した。
「ごめんね、ごめんねぇ」
「大丈夫です。……騎士団長さんが、来てくれましたから」
ダガートさんが戦っている方に目を向ける。
数人の騎士さんと連携を取りながら魔物を攻撃し、避難してくる街の人たちを駐屯地に誘導している。
偶然だけれど、助けてくれたことが嬉しかった。
ダガートさんにとっては義務だろう。職務の一環だ。深い意味なんてない。
けれど、いつも助けてくれるのはダガートさんだった。
「エルシーさん!」
「ルッツさん!」
建物の陰に隠れていた私たちに駆け寄って来るのはルッツさんだった。
「どうしてここに?」
「ヨハンナさんが……こちらの女性が立てなくなってしまって、ここに隠れていたんです」
「どちらにせよ、ここは危険です。そちらの女性は立てますか? 無理なら担いで行きます。失礼」
「きゃあああっ!?」
ルッツさんはヨハンナさんをヒョイッと肩に乗せた。
「すみません、エルシーさんは俺の左に。右手側は剣を持つので」
「わ、分かりました!」
ルッツさんは魔物に警戒しながら駐屯地の方へ向かった。私もそれに付いていく。
ダガートさんやマルセーズの騎士さんたちが先程の魔物を弱らせてくれていたため、小さな魔物を潰しながら何とか駐屯地の結界内に入れた。
「ここまで来れば安全です」
「ありがとうございます、ルッツさん」
ルッツさんがヨハンナさんを降ろすと、その場にへなへなと崩れ落ちた。
顔は涙でべしょべしょになり、疲労困憊のヨハンナさんは今にも気絶しそうだった。
「自力で歩くのは無理そうですね。救護室まで連れて行きましょう」
「すみません……」
消え入りそうな声で言うと、ルッツさんは人好きしそうな笑顔を向けた。
それを見たヨハンナさんの頬が染まる。
「ルッツさん、お願いします。私は街の方がケガしていたらいけないので、回復薬を追加します」
ヨハンナさんはルッツさんに任せていれば大丈夫だろう。訓練場は人で溢れかえっている。中には怪我をした人もいるようだ。騎士さんたちが回復薬を渡して飲ませているが、まだケガ人が増えるかもしれない。私は寮内へ急いだ。
「エルシーさん!」
「回復薬は足りてますか? 追加で作りに来ました」
「助かる! 今シーラさんも作ってくれてます!」
騎士さんに案内され、作業場へ急ぐ。
入るとシーラさんが既に作っていて、大きなワンコと黒髪の少年もいた。
「エルシーさん! ちょうどよかった、これ詰めてくれる?」
「分かりました!」
シーラさんの作った回復薬を小瓶に詰めていく。
ちょっとしたケガならスプーンひと匙でもいいらしい。
「お母さん、できたよ」
「ありがとう、ラルフ。ポチ様運んでください!」
「あいよ!」
大きなワンコの背中に回復薬を入れた小瓶を載せる。不安定じゃないだろうか、と思ったが、沢山積まれたそれはびくともしない。
「ラルフ、おつかい頼める? ポチ様と一緒に救護室に届けてくれるかな?」
「分かった! ポチ様行こう」
少年もワンコの背に乗り、そのまま駆けて行ってしまった。
「エルシーさん、まだまだ必要だよ。頑張って作ろうね」
「はい!」
それから私はシーラさんと回復薬を作ることに専念した。




