31.結婚するつもりはない
なんとなく、気分は晴れないまま回復薬を作っても、透き通った色にはならなかった。
全て失敗作になったところで魔力が尽きて仕方なく帰路につくことにした。
「エルシーさん」
「リリアちゃん……」
成長してもお気に入りのうさぎのぬいぐるみを抱えたリリアちゃんが立っていた。
実父に買ってもらったらしいそれはもうくったりとしていて、けれども大事にされていたように感じる。
「エルシーさん、私のママがごめんなさい」
「ちょっ……リリアちゃんが謝る必要ないんだよ?」
「でも、ママはエルシーさんに沢山嫌なことを言った。酷い言葉をぶつけていた。エルシーさんだけじゃなくて、パパの本当の奥さんにも、言っちゃいけないこと沢山、言ったよね」
もしかしてあの日の言葉を聞いていたのだろうか。シアラの姿を見て傷付かないように、と部屋から出したのに。
俯いて、ぬいぐるみをぎゅっと抱き締めている姿を見ると、いたたまれなくなっていく。
「ママが謝るならだけど、リリアちゃんが悪いわけじゃないよね?」
「でも……」
「私を傷付けた本人が謝らなきゃ意味がないの。謝罪をするってことは、反省してるってこと。ちゃんと罪を理解して、言葉と態度で示さなきゃ謝罪したことにはならないんだよ。私はリリアちゃんに謝ってほしいわけじゃないの。私はね、リリアちゃんには幸せになってほしいって思ってるよ」
リリアちゃんが弾かれたように顔を上げる。
うさぎのぬいぐるみを更にきつく抱き締めて、瞳に涙を溜めて唇を尖らせた。
「でも、リリアは私生児だから、幸せになっちゃいけないんだよ?」
「そんなことない。私生児だから幸せになっちゃいけないなんて決まりは無いよ。親は親、子は子なの。親の罪を子が償うなんて、しちゃだめ」
それでも、でも、だって、とこびりついた思考は中々取れないのかもしれない。リリアちゃんも私に似て頑固だと思う。
「でも、エルシーさんが悲しい顔するの、もう見たくないよ。おじさんとけんかするのもリリアのせい? リリアがママのとこに行ったらエルシーさんまたここに戻って来る? おじさんと仲良くなる?」
「ダガートさんとケンカしてないよ、大丈夫だよ」
「でも、エルシーさんおじさんと結婚しないでしょ?」
うわあああああん、と泣き出したリリアちゃん。
私とダガートさんはそんな仲じゃないのだが、今そう言ったところで更に泣きだしてしまうだろうか。
「ええと、そもそも私とダガートさんはそんな仲じゃないというか」
「でも、おじさんはエルシーさん好きだよ? 好きなら結婚するんじゃないの? 好きでも結婚できないの?」
「好きは好きでも、結婚したい好き、と、お友達の好き、は違うんだよ。ダガートさんも私も、結婚したいくらいの好きじゃないというか」
友情と恋愛は違うんだよ、人としての好き、と誰かを愛することは別物なんだよ、と今のリリアちゃんに言っても分からないよね……?
上手く説明できなくて途方に暮れてしまった。
「リリア、エルシーさんを困らせるんじゃない」
そこへ現れた助け船少年ことブラントくん!
ブラント兄ちゃあんとリリアちゃんは駆け寄り、それを受け止めたブラントはリリアちゃんの頭を撫でた。
「結婚は当人同士がお互いその気にならないとできないんだよ。エルシーさんと団長はそんな関係じゃない。ただ、尊敬とか、人として好ましく思う気持ちはあるかもしれないけれど、ずっと一緒にいたい、誰にも取られたくないまではいかない。分かるかな?」
「分かんない」
「そっか。じゃあ、1つだけ。例え好き同士でも、結婚できないことはあるんだよ。お互いの気持ちが同じにならないと難しいんだ。それに1回だめになった経験があると、すぐに次っていうのも難しいみたいだよ」
リリアちゃんはがばっと私に向き直り、再び「ママがごめんなさい」と泣き出した。
私の大切なものを奪った、それが私の結婚だということに気付いたのだろう。
子どもは何も分かっていないじゃない。
子どもの目線で分からなくても感じることはある。
「大丈夫だよ、リリアちゃん。でも、ごめんね。私はもう、誰とも結婚したくないんだ。また裏切られるのは辛いからね。ダガートさんのことは尊敬してる。きっとそのうちいい人が見つかるかもしれない。その人ともし結婚の話が出たときは、ダガートさんがとても愛している人だと思うから、そのときはリリアちゃんも温かく迎えてくれる?」
リリアちゃんはぐすっと泣きながら小さく頷いた。
「あ、でも、リリアちゃんを陰で虐めたりするようなら、ちゃんと言うんだよ? 我慢は無しね。私とのお約束」
約束の証、と拳を突き出すと、リリアちゃんの小さな手がコツンと当たる。
鼻をぐすぐすさせながら唇に力を入れて涙を堪えている様は健気で可愛いと思う。
願わくば、ダガートさんが選ぶ女性が、リリアちゃんを幸せにしてくれたらいい。
「エルシーさん、ごめんなさい」
「そのごめんなさいは、ママのこと?」
「んーん、違う。エルシーさんの気持ちも考えずに、私の気持ちだけ押し付けたこと。……おじさんとの結婚とか……」
きっとリリアちゃんは家族が欲しいのだろう。
私がそうなれないのは少しだけ寂しい気もするが、かといって私がリリアちゃんを育てます、っていうのはやっぱり違う。
それに騎士団寮ではなく、文具店に住んでいるからいい距離を保てている気がする。
私とリリアちゃんの距離感は、遠くから見守るくらいでちょうどいいのかもしれない。
2人と別れ、帰路に就く。
今日も色んなことがあったな。
改めて考えても、やっぱり私はまた結婚しようとは思えなかった。
どうやったって、失敗するイメージしか湧かない。
1人で生きていく覚悟も決めた。
だから、もう、恋もしないだろう。
「まだ、20代半ばなんだけどな……」
まだ若いからって言われるだろうか。
人生何度でもやり直せるって言われるだろうか。
けれど、もう辛い思いはしたくない。
息が吸えなくて、苦しくて、周りがみんな敵のような錯覚をおこして疑心暗鬼になりたくない。
「でも、私だって……」
愛し合って幸せな結婚生活を送りたかった。
離婚なんてしたくなかった。
たった1人と一生添い遂げたかった。だから結婚したんだ。
空を見上げて込み上げる涙を堪える。目を閉じて深呼吸する。
──私はもう、大丈夫。
「エルシー?」
魔法を解かれて、窶れた元夫に見つかっても、もう、泣いたりしない。




