30.もう、大丈夫
ダガートさんはふぁ、とあくびをして腕を伸ばした。変な態勢で寝ていたせいか、首を曲げてストレッチまでしている。
「回復薬作りか?」
「ええ。その前にダガートさんにお願いがありまして」
ダガートさんは目を瞬かせ、真剣な表情になった。それを見て私もごくりと喉を鳴らす。
「あの」
「コンコンしつれーしまぁっす! 団長ー、エルシーさんが久しぶりにご飯作ってくれたんで団長の分も持ってきましたぁ!」
……見慣れない顔の若い騎士さんが、明るく室内に入って来た。
先程私が作った料理をカートに載せて。
「エルシーさんが? 料理を?」
「ええ!」
「お前たち、無理を言ったんじゃ無いだろうな?」
「あの、それは私がぜひと言って作りました! 強制されたわけではありませんので、よければダガートさんもお召し上がりください……!」
鶏肉揚はギルダさんが再度揚げなおしてくれたのだろう。ジューシーな色合いになって美味しそうだ。
スープも湯気が立っている。
匂いに釣られてダガートさんのお腹が鳴った。
そのせいか口を尖らせて着席する。その間に騎士さんがお皿によそっていた。
「まじ美味かったんで、団長も食べてみてください! あ、エルシーさん、先程はありがとうございました!」
「いえ、討伐頑張ってください」
「ザッス!」
砕けた口調の騎士さんは丁寧にお辞儀をして団長室をあとにした。
「なんか、若いモンがすまん」
「大丈夫です。皆さんが喜んでくださったので」
「だが、エルシーさんはもう寮母じゃないんだ。迷惑かけてすまない」
「あ……」
明確に線引きされた、と感じた。
確かに回復薬作りは依頼されたから作っているし、回復魔法を覚えるときもあまりいいように思われていない気がした。
ダガートさんとしては、あまり関わってほしくないのかもしれない。そう思った途端、先程までやってきたことが急に恥ずかしくなった。
「すみません、私……何も考えずに」
「あ……いや、そうじゃなくて、ありがたいと思ってる。ただ、エルシーさんに負担になってるんじゃないかと思って。ただでさえ回復薬作ってもらってるし、リリアのことも……結局会わせてしまっている」
「私は今回料理をしたことも回復薬も迷惑とは思っていません。むしろやりがいがありました。魔物が大量発生して、街中に入って来て、騎士さんたちが対応してくれて、疲れて帰って来たら美味しいご飯で癒やされてほしいと思ったんです。リリアちゃんのことも、たまたま懐かれてるから」
いくら言い訳を並べて正当化しても、ここでは部外者だ。
回復薬は報酬が発生するからまだ関わりがあるかもしれないけれど、料理は……やりすぎたかもしれない。
「ごめんなさい」
「いや、謝らなくていい。感謝している。ありがとう。美味しいよ。エルシーさんの料理また食べられると思わなかったから嬉しい」
お礼を言われているのだろうけれど、素直に受け取れずどうしても義務で言ってるんだろうって考えが湧いてくる。
「そういえば、お願いってなんだ?」
「……私にかけている守りの魔法を解いてほしいんです」
ダガートさんのフォークを持つ手が強張った。
そんな顔を見たいわけじゃなかったのに。
「勝手に掛けてすまん。迷惑だった……よな、何も言わずに掛けて」
「いえ、そうじゃなくて、ありがたかったんです。ただ、先日シアラが文具店に乗り込んで来て、リリアちゃんが連れ去られそうになったんです」
「なんだって? どうしてそれを早く言わなかった」
ダガートさんが凄んだので、思わず息を止めた。
「あ……すまん、いや、エルシーさんが悪いわけじゃなくて」
「その日、熱が出てシアラが帰ったあと数日寝込んでいました。だから回復薬作りに行けませんでした。それについても申し訳ございません」
「頭を上げてくれ。そうじゃなくて、リリアから聞いてないんだ。何も言ってなかったから……」
どうしてだろう。
私がおかしいのかな。ダガートさんはきっと私が捉えてしまう意味で言っているわけじゃないのに、気持ちがすれ違ってしまっている気がする。
シーラさんという強い味方を得て、父とのわだかまりも解消して、シアラも追い払って前より強くなった気がするのに、ダガートさんにはうまくできない。
「とにかく、私に掛けている魔法を解いて、リリアちゃんに掛けてあげてください」
「……そうすると、エルシーさんはダリオと会うかもしれないぞ?」
「構いません。たぶん、次に会っても言い返しますし、このまま誰かに守られている私じゃ嫌なんです」
「リリアに魔法は掛ける。だが、エルシーさんも……まだリハビリ中だろう?」
「私はもう、大丈夫です。だから、リリアちゃんに掛けてあげてください」
私は頭を下げた。魔法を掛けても、リリアちゃんが会いたくないと思わなければ効果は無いようだが、それでも無いよりマシだと思う。
心の準備をして考える時間が必要だろうし、それに……離れた場所にいる相手に掛け続けるのは相当な負担になるらしい。
ただでさえ魔物のことで忙しいのに、私のことで更に負荷をかけたくなかった。
ダガートさんは持っていたスプーンを置いた。
「分かった。エルシーさんの魔法を解く」
ダガートさんが何かを呟くと、何となく自分を覆っていたようなものが失くなってしまった気がした。
……これで、ダリオとまた遭遇してしまうのか。
私も覚悟をしないといけない。
でも、ダガートさんに言ったことは嘘じゃない。
1人で生きていくのだから、甘えちゃダメだ。
「すまない、エルシーさん。リリアのことも気に掛けてくれて」
「いえ、これも乗りかかった船ですから」
「……エルシーさんは優しいな。エルシーさんならどこへ行ってもきっと上手くいく。陰ながら応援してる」
ダガートさんは穏やかな優しい顔をしている。
その表情に何故だか胸が詰まってしまって、お礼の言葉が出てこなかった。




