29.展望
目が覚めたとき、気分はすっきりしていた。
あのときの記憶は朧気で、シーラさんの頼もしい背中くらいしか覚えていない。
店主さんは腰を痛めて治療中。軽傷で済んだのは元騎士で体力があったからだ。
ちなみに私はあの日から3日間はお休みをいただいて、明日からまた復帰する。
今日はシーラさんが御見舞に来てくれたのだ。
「あのときは大変ご迷惑をおかけしました」
「いいのよ、気にしないで。私も言いたいことあったからちょっとスッキリしちゃった」
シーラさんに頭を下げると、いい経験ができた、とやはりいい笑顔だった。
数年越しにけじめをつけられたならよかったのかな。
「リリアちゃんと一緒に暮らすなら、と様子見してたんだけどね。ちなみに模範生としての仮出所だったけれど、今回大目に見る代わりにダリオさんの所から強制的に監視の届く場所での寝泊まりになったらしいわ。前例が無いんですって」
今までの模範生は、真面目に反省して慎ましく過ごしてきたらしい。
おそらくシアラは猫被りだったのだろう。慎ましくしていれば早く出られるかも、とか言われて我慢して、我慢して、それで性格変わるくらい精神的に追い詰められて老け込んでしまったのかもしれない。
自業自得だけれどね。
「また来ますかね」
「可能性はありそうね」
私はもう構わないけれど、リリアちゃんに害があってはたまらない。ダガートさんが今掛けている魔法ならどうだろうか。
……リリアちゃんが会いたくないと思わないと発動しないが、お願いしてみる価値はあるかも。
「しかし、何とも……先日話していた連れ去り事案がまさか目の前で起きるなんて思ってもみませんでした」
「私の友人が子どもを預かって面倒を見る施設をやってるんだけど、連れ去り事案は少なからずあるそうよ」
「そうなんですか……」
「主に離婚したシングル家庭でみられるそうだわ。殆どが有責で別れた元パートナーが連れ去ろうとするから、施設の対応も大変そうよ」
自分の有責で離婚して、子どもを養育する資格も失ったのに連れ去ろうとするのは、それだけ愛しているから……という理由だけではなさそうだ。
自分の身勝手さで離れ離れになったのに、保護者ではなく子どもを標的にするあたりが卑怯だと思う。
「子どもを預かって面倒を見る施設でもあるんですね」
「ええ。まあ、幸い元冒険者がやっているから追い返しちゃうんだけどね」
シーラさんの話によれば、発起人はシーラさんが住む街アルストレイルにいる元冒険者の女性らしい。元々子どもが好きで、シーラさんの魔道具で家事が時短できるようになって暇ができたから短時間で預かっていたそうだ。
依頼はギルドを通して受け、時間による報酬制。
それが思いの外需要があったらしく、そのうち家で預かるにも限界となり、有志の冒険者の協力を得て専用の施設を設立。
その話を聞いたシーラさんの昔ながらの親友も協力を得て王都に同じ施設を建てたらしい。こちらも有志の冒険者の出資があったそう。
「施設は主に仕事している親の子を預かるんだけど、ちょっと息抜きしたい、とか、買い物するから、とか色んな理由で預けられるの。世の中便利魔道具ができたから、その分やれることも増えた。色んな子が集まるから子どもの社会性も身に付くし、結構人気なのよ」
聞いている分には興味深い施設だと思う。他人の子を預かる分、責任は重大だけれどやりがいがありそうだ。
「その施設、騎士団駐屯地内にあったら良さそうですね。安全だし、対処も早そうです」
何気なく言った言葉だったが、シーラさんは目を見開いた。
「本当ね。本当そうよね。わぁ、騎士団に因縁がありすぎてそっちの考え無かったわ……。確かに盲点だった。もし次作る場合は騎士団にも掛け合ってみてもよさそうだわ」
今回のような連れ去り事案が少しでも解消されるといいな、と思う。
翌日、私は回復薬を作りに行くため騎士団へ向かっていた。
その途中で街の人たちが集まって騒いでいるのに遭遇した。
見れば魔物が街中に侵入してきたらしい。
「皆さん落ち着いてください! 魔物は騎士団が速やかに討伐しています」
「魔物が増えてるって話もあるじゃないか!」
「街中にも入ってきてるなら危ないってことじゃない!」
侵入してきた魔物を見れば中型といったところだろうか。
被害は出ていないようだが、今後も出ないとは限らない。
私は騎士団への道を足早に急いだ。
騎士団に到着すると、騎士の皆さんがちょうど帰還したところだった。
「おっ、エルシーさん! 久々だねぇ」
「お疲れ様です」
騎士さんたちは疲労をものともせず笑顔でいる。
先程魔物が侵入してきたが、今まで侵入しなかったのは騎士さんたちが頑張って食い止めているおかげだ。
「エルシーさん、こんにちは」
「ルッツさん……。お疲れ様です」
その中にはルッツさんの姿もあった。
「あ〜、エルシーさんの顔を見てたらお腹が空きました。よければ作っていただけますか?」
「え、と、私は……」
「おっ、いいねぇ! 俺も久しぶりにエルシーさんの料理食べたいわ」
「ギルダさんに許可取ってくる!」
「えっ、あの!」
今まで疲労困憊気味だった騎士さんは、ダッと走って行ったかと思うと再びダッと戻ってきた。
「ギルダさんに許可もらった! エルシーさん、ぜひ!」
その場にいた騎士さんたちに頭を下げられて断れるほど私の意思は強くない。
「わ、わかりました! 作ります!」
やったー! と歓声が上がり、雄叫びのような声まで混ざっている。
ルッツさんを見ればニコニコしているから、確信犯かもしれない。
私は久しぶりに寮の調理場に立ち、料理を作っていく。
回復薬と同じ、皆さんの傷が癒えますように、皆さんの疲れが取れますように、と願いながら混ぜる。
私はきっと、誰かのために役立つことが好きなんだ。
頑張る騎士さんたちが美味しいと食べてくれるのを見るのが大好きだ。そう思えば寮の仕事は天職だったのかもしれない。
「やはりエルシーさんの料理は美味しいや」
「あぁん? 王都の騎士さんはアタシの料理が口に合わなかったかい?」
「いえ、ギルダさんの料理は胃に染みてとてもいいですよ」
「嬉しいこと言ってくれる。ホレ、1個サービスだよ!」
ギルダさんは鶏肉揚をルッツさんのお皿にサービスした。
俺も俺も、とギルダさんへのリクエストするが、贔屓はルッツさんだけのようだ。
和気あいあいと食事を食べている中そっと抜け出し、回復薬作りへ急ぐ。
その前に、ダガートさんにお願いするため騎士団長室へと向かった。
「失礼いたします」
扉を叩いても返事が無かったため、そっと開けて中に入る。
団長席でダガートさんは腕を組んだまま眠っていた。
魔物が侵入しているときに呑気だな、とは思わない。なぜならダガートさんの目の下に隈ができていたから。
騎士団長として、ダガートさんも頑張ってるんだろう。起こさないようあとから出直そうかな、と振り返る。
「ん……誰だ」
「あっ……すみません、起こしてしまって」
「エルシーさん?」
ダガートさんの目が見開かれていく。結局起こしてしまって申し訳ない。




