28.直接対決
「リリア、大きくなったわね。ママと一緒に行こう?」
「いや、です」
シーラさんに支えられながら下へ降りて行くと、そこにはシアラに手を引っ張られているリリアちゃんがいた。
さすがにお客様に迷惑になってはいけないと店主さんが判断したのだろう。
店の裏方にいて、店主さんは尻もちを搗いていた。
「店主さん……!」
「っ、エルシーさん、すまん、調子が悪いときに大きな音を立てられたらおちおち寝てられないよね」
店主さんは腰を擦りながら顔を歪めている。
おそらくリリアちゃんを守ろうとして何かあったのだろう。私はふらつく身体を叱咤してシアラに近付いて行く。
「シアラさん」
「……あんただれ」
「エルシーです。……ダリオの元妻の」
「ダリオぉ? ……ああ、あの役立たずのナヨっとした奴か」
私は目を背けずにシアラを見つめる。
確か私と年齢はあまり変わらないはずなのに、10歳くらい老けて見える。
ダリオやシーラさんの元夫が夢中になるくらい、可愛らしくて愛嬌があったはずなのに、何があったらこんなに老け顔になるのだろう。
「リリアちゃんが嫌がっています。手を放してください」
「あんたに何の権限があって言ってんの。リリアはあたしとリオンの子なの。だから迎えに来たのよ。リリアがいないとリオンが帰って来ないでしょう」
それはまるでリリアちゃんの意思を無視して、ただ利用しているだけのように聞こえる。
リリアちゃんが望んで、シアラもちゃんと養育するならば、という選択肢は霧散した。
「リリアちゃんはもうダガートさんの……騎士団長さんの養子になっています。これは王太子殿下もお認めになったものです。あなたの元へは帰らない」
「はぁあ? 子どもが親元に帰らないとかそんなふざけたことある?」
「国の法律がそう定めています」
「法律、法律ねぇ。うっざ。とにかくリリア来なさい」
なおもリリアちゃんを引っ張って行こうとするシアラの前に躍り出て、リリアちゃんと引き離す。
熱があったはずだが、シーラ印の回復薬のおかげで無敵状態になった気がする。
今の私はシアラに負けない。
「法律を守れないなら、あなたにリリアちゃんは渡せない。ルールを無視して自分勝手に振る舞って、その悪い影響が全部リリアちゃんに行ってるの知らないの?」
「あんたに何の関係があんのよ。あんたはリリアの母親でもなんでもないじゃん。ただのサレ妻。負け犬、分かるぅ?」
心底バカにしたみたいな言い方にカアッと顔が熱くなる。頭も沸騰して、言いたいことが詰まって唇を噛んだ。
「あんたねぇ、聞いていれば……」
「はっじめましてぇ、シアラさん」
言い返そうとした私の肩を掴む手が、私の気持ちを冷却していく。
「あんたはだれ」
「リオンの元妻でぇす」
……シーラさん、何だかキャラ変わってませんか?
「へぇ、……ふふっ、あんたも負け犬じゃん」
「どうかしらね。リオンと別れて、リオンとの毎日より幸せになれたから、むしろ奪ってくれてありがとうってお礼を言いたかったの」
終始笑顔のシーラさんは、シアラに近寄って行く。
私に目配せをしてきて、それに頷いてリリアちゃんと下がると、そのまま店主さんに引き渡し、別の部屋に移動してもらった。
なんとなく、シアラのこんな姿はリリアちゃんに見せたくなかった。
「負け惜しみじゃん」
「あなたがちゃんと手綱を引いてなかったから、彼、離婚した後もしつこく追い掛けてきて迷惑だったのよ。……あ、そういえば再婚してないんだっけ。私はちゃんと許可を出したのよ? でも再婚しなかったのね」
私生児の法外な学習費用を免れる方法の1つに、不貞相手同士の再婚がある。
ただし、離婚した元パートナーの許可がいること、再婚後は離婚できないなどの制約があるらしい。
シーラさんが再婚許可を出したのは、おそらくリリアちゃんのためだろう。
「うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさい! リオンが戻って来たらまた3人で暮らすの!」
シアラは髪を振り乱し蹲って抵抗するが、シーラさんは冷ややかに見下ろしたままだ。
「しょせん不貞同士のおままごとね。それに巻き込まれる側はたまったものじゃないわ。私やエルシーさん、リリアちゃんだけじゃない。それにリオンは騎士団を辞めて……今は……」
シーラさんの声が震えている。
「もう、2度と、会えないわ」
「……え……」
ゆっくりと、シアラの顔が持ち上がる。
「亡くなったそうよ。私生児の法外な値段の学習費用を貯めるため冒険者に転職して。魔力無しだから冒険者に疎まれてソロでやって、結構無茶無謀にやってたみたいね」
「う、そ……」
「嘘じゃないわ。看取ったのは私の夫だもの。私の夫は特級冒険者なの。救援要請があって行ったら、……手遅れだったそうよ」
「う、そ……、嘘よ、ウソ、ウソ、そんな、笑えない冗談……やめてよ……」
シアラは頭を抱えて再び蹲って嗚咽を漏らす。
彼女なりに本当にリオンさんを愛していたのだろう。シーラさんからすればとても複雑だろうけれど……だから3人が家族というのがしっくり来たのだろうと思った。
「残念だけれど、もう3人で暮らすことは不可能よ。リリアちゃんも養子に行ってる。諦めなさい」
「簡単に言わないでよ! それじゃあ、私……どうしたら……」
シアラのこの態度で、ダリオのことを毛ほども思い出されていないあたり、本当にどうでもいい存在なんだろうなぁ。
今となってはもう哀れに思えてきた。
「とにかく、リリアちゃんはあなたに渡せない。それに、今はダリオのところにいるんでしょう? 彼と再婚すればいいじゃない」
「嫌よ! あんな冴えない男なんてつまんないじゃない。家があるからいるだけで、再婚相手として絶対に嫌よ」
「じゃあどうしてリオンさんがいなくなった後手を出したのよ」
「それは……」
「生活するため、でしょう? 働きたくない、楽をしたい、だから寄生したかった。ダリオは街で2番目に大きな商会で働いているから給料は割といいのよね」
言い返せないところを見ると正解のようだ。
いいように利用されただけじゃない。ざまぁみろ、ダリオ。
……ちょっと熱くなってきたみたい。
「とにかく、リリアちゃんは渡せない。男に媚売るためだけに利用するならなおさらね」
シアラは憤怒の様相で唇を噛み締めて私を睨んでいる。
「覚えておきなさいよ」
それだけ絞り出すように言うと、踵を返した。
「あ、慰謝料請求するからちゃんと準備しておいてね。法律が変わって上限無くなったからいくらでもいいみたいだから頑張って」
「私も請求します」
顔を引き攣らせているが、逃げようって魂胆だろうと思う。だが。
「逃げても無駄よ〜。調査員が優秀なので」
ニッコリ笑うシーラさんは、やっぱり最強だと思う。言葉にならない唸りを呑み込んでシアラが退散したところで、私の視界が暗転した。
本編では直接言えなかったので、言わせてあげたかったんですが
シーラさんノリノリになりました




