27.守られているということ
父と別れ、家路をとぼとぼと歩く。
父と商会の従業員さんと避難する……ということは、マルセーズを見捨てるということ……?
その間、騎士団の皆さんやルッツさんたち王国騎士団の皆さんはここで戦うのに?
街から逃げられない大勢の人もいるのに、自分たちだけ安全な場所へ逃げるの?
確かに父は商会の長だ。家族や商会の従業員を守る義務もあるだろう。魔物が大群で押し寄せ、街が壊滅的になっても生きていれば立て直せるということなのかもしれない。
じゃあ、その選択ができない人はどうしたらいいのだろう。
怪我をして、動けない人は?
そもそも本当に魔物の大群が来るの?
ずっと考えて、頭の中がぐるぐるして、考えがまとまらない。
そもそも、1日のうちに選択肢を増やしすぎなのよ。
考えすぎて頭がパンクしそうだ、と今日の夕食は出来合いのものにすることにした。
そして、情けないことに翌日熱を出した。
「エルシーさん、大丈夫かい?」
「すみません……」
「いいのいいの。無理しないでゆっくり休んで。あとでミルク粥を持って来るから」
「ありがとうございます……」
熱を出したのなんて久しぶりだ。
回らない頭でぼーっと天井を見つめる。
考えないといけないことは沢山あるのに、頭がちっとも働かない。
身体が重くて、けれども熱くて、眠りたいのに浅くなる。
私はこれからどうしたらいいのだろう。
どうすべきなのだろう。
……どう、したいのだろう。
傍から見たらもどかしくてイライラさせてしまうかもしれない。
以前はまだ勢いがあったんだけどな……。
ダリオとの結婚が失敗したからって後ろ向きになって、また誰かを好きになるなんて考えられない。
ルッツさんはたぶんいい人だ。
気遣いができて、優しくて、みんな彼を好きになる。
でも、彼の隣にいるイメージがどうしても湧いてこない。
それに、彼について行くなら王都に住むことになるんだよね。
マルセーズを離れて、王都……? 誰もいないのに?
掛布をきゅっと握り締める。
どうしてだろう。マルセーズを離れるって考えたら、どうしてもすぐに頷けない。
特に何かあるわけじゃない。王都の方が栄えているし、流行の最先端でもあるだろう。
でも、私はそれより、マルセーズにいたい。
「……私、マルセーズを離れたくないのか……」
ここにいればダリオはいるし、リリアちゃんもいる。シアラだって帰って来た。
離れた方がいいのは分かっている。
けれど、ダガートさんやギルダさん。店主さんやヨハンナさん。いい人たちも沢山いる。
騎士さんたちも、寮母をしていた短い間、気さくに接してくれた。
魔物の大群が押し寄せると分かっていて、私はここを離れられない。
考えがまとまると、とたんに眠気が襲ってきた。
これからどうなるかは分からない。けれど、私は自分の気持ちをもうごまかしたくはなかった。
目覚めると、そこに女神様がいた。
「シーラ……さん?」
「起きたわね。お腹空いてない? 店主さんがミルク粥を持ってきてくれたの」
テーブルから漂ってくる匂いに、くぅ、っと私のお腹から催促の音が鳴った。恥ずかしくて掛布を被っていると、シーラさんが慈愛の笑みを浮かべていた。は、恥ずかしすぎる……!
「お腹減ってるのは治っている証拠よ。お薬も持って来たから、食べたら飲んでね」
「ありがとうございます……」
「大丈夫よ。これは飲んでも身体は小さくならないから。うん、大丈夫」
シーラさんが力説するのを見て、ふ、と笑みが溢れた。あのときの話を思い出して苦笑する。
身体を起こすと、シーラさんがベッドサイドテーブルにミルク粥を持って来てくれた。
一口含むと、優しい味がする。
お腹に通るとじんわりと温かくて、一口、また一口とスプーンを口に運ぶ手が止まらない。
案外お腹が減っていたようで、全て食べてしまった。
シーラさんに渡され小瓶の薬を飲んで、またベッドに横になった。
「すみません。風邪というか、色々考えすぎて頭がパンクしちゃったみたいで……」
「そっか。悩みごと?」
「……ええ。昨日、ルッツさんという王都騎士団の方に一緒に来ないか、って言われたんです。その直後、父に会って魔物の大群が押し寄せて来るから避難しないか、とも言われて」
「それはまた急な話だね」
「そうなんです。2人の話に頷けなくて。でも、私はマルセーズを離れたくないって思いました」
これが正しいかは分からない。もしかしたら一番過酷な選択肢なのかもしれない。
でも、ここで生まれて育って、離れたくないのは自然なことだと思う。
「私は、この場所で自分にできることをしたいです。魔物の大群が押し寄せるなら、騎士さんたちを支えたい。それにリリアちゃんが幸せになるのを見届けたいです。……ヘン、ですかね」
夫の不貞相手の子が幸せになるのを見届けるために選択肢を狭めるのはおかしいかな。
でも、今まで接してきて、明るく笑えた子が笑わなくなったら気になるし。
「ヘン、じゃないよ。自分の人生だもの。他人にとやかく言われる筋合い無いわ。エルシーさんが選んで、やりたいようにやっていいのよ。でも、私はエルシーさんの幸せも選択肢に入れてほしいかな」
「私の……幸せですか?」
「うん。あなたがリリアちゃんが幸せになるのを願うように、私はあなたの幸せを願っているわ。私だけじゃない。店主さんや、ダガートさんもね」
店主さんは……普段から気に掛けていただいているな、と感じているが、ダガートさんも?
「エルシーさんには守りの魔法が掛けられているの。嫌なことから隠すやつ。身に覚えある?」
もちろん知らなくて頭を振る。
「たぶん、エルシーさんは元夫に会っていないんじゃないかしら」
「そう……ですね。街中で見掛けたことはありますが、声は掛けられていないです」
「それはエルシーさんが会いたくないと思っているからよ。その気持ちが無くなれば、また再会するかもしれないけれど」
そんな便利な魔法があるのだろうか。……そういえば、一度ダリオと遭遇しそうになったとき、ダガートさんが隠蔽魔法で隠してくれた。
父も……会いたくないと思っていたときは会わなかったのに、それが解けたから昨日会えたの……?
「きっと、エルシーさんが大丈夫になるまで守ってくれているのね。まるでお父さんみたいね。……いや、父親にしては年齢が若すぎるわね。お兄さんてとこかしら」
言い直したシーラさんに思わず吹き出してしまった。
確かにダガートさんは年齢より上に見られがちかもしれない。
「こほん。まあ、だから、エルシーさんの幸せも、考えてほしいのですよ」
自分が気付かないだけで、周りの人は手を差し伸べてくれていたのだと実感して胸の辺りが温かくなった。
敵ばかりじゃなくて、味方も……それも強力な味方がいたのだと嬉しくなる。
「ありがとうございます、シーラさん」
「どういたしまして」
ニッコリ笑ってくれたシーラさんに笑みを返すと、何やら下から大きな音がした。
何事? と、シーラさんが透視の魔法を掛ける。
「うげ」
「……? どうされましたか?」
「リリアちゃんが来てるんだけど」
シーラさんが言い淀む。まさか。
「シアラも来てるんだけど」
寝てられなくて、がばっと起き上がった。




