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【書籍化】騎士の夫に隠し子がいたので全力で逃げ切ります〜今更執着されても強力な味方がいますので!〜【コミカライズ企画進行中】  作者: 凛蓮月@記憶をなくした孤独な妻発売!
リリアちゃんの番外編

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26.未来の選択肢

 

 騎士団寮から文具店までの距離は短い。

 私の足で歩いても、20分ほどで到着する。

 まだ陽も高いし、人通りも多い。

 マルセーズは明るいうちから送ってもらうほど物騒な街でも無い。

 それは普段から騎士団の皆さんが街を巡回して目を見張らせているおかげだと思う。


 だから、王都の騎士さんが送ってくれるというのが不思議だった。

 そもそも王都の騎士さんは遠征で来ているのよね?


「あの、騎士さん」

「ルッツって言います。ぜひ名前で呼んでください」


 戸惑っていると、騎士さん──ルッツさんは食い気味にニコニコの笑顔で顔を近付けた。

 驚いて目を見開いたまま固まり、目を瞬かせたところで苦笑された。


「すみません。俺人との距離感近いって言われるんで驚かせてしまいましたね」

「は、はぁ……」


 騎士をしているだけあって私より身長も体格もひと回り大きいから余計に威圧感があるが、人懐こい笑顔でみんなに慕われてそうだな、という印象だ。

 気付けば馬車が通る道側を歩いているし、さり気なく人にぶつからないよう守ってくれている気がする。

 気遣いもできる騎士ならば、どこへ行っても言い寄られそうな気もした。


「あの、ルッツさんはどうして送ってくださったのですか?」

「王都の遠征部隊の副隊長として街の様子を見ておきたかったのと、単純に以前来たときにいた寮母さんにまた会えたから少し話がしたかったんです」


 加えて記憶力もいいときた。私が全く覚えていないのが薄情ではないか。


「すみません、私は全く覚えておらず……」

「そうでしょう。職務に集中しておられましたから。むしろ余計に好印象です」


 ニカッ、と笑うルッツさんの笑顔が眩しいのは、逆光だけが原因じゃないと思う。

 覚えられていないのに更に印象を良くするなんてどれだけ前向きなんだろう。


「ダガート団長から、最近入った子のご飯が美味しいから楽しみにしててくれ、と言われて。実際食べてみたら素朴な味が身に沁みてとても美味しかったです」

「それは……ありがとうございます」


 ダリオと結婚していたときから料理だけは頑張った。疲れて帰って来たとき、温かいご飯があれば嬉しいよな、とか、今日はどんなおかずにしよう、どれが美味しいって言ってくれるかな、とか、考える時間込みで料理は好きだから寮母になってよかった、と思う。

 騎士さんたちの食べっぷりは見ていて気持ちがいい。


「それで、帰って来たらこんな美味しいご飯を作ってくれる人がいたらいいな、って思いました」

「え……?」

「エルシーさん、良かったら俺と一緒に王都に行きませんか?」


 ルッツさんの表情を見ると、冗談を言っているようには見えない。

 真剣そのもので、思わず息を呑む。


「答えは今すぐじゃなくて構いません。でも、エルシーさんの数ある未来のうちの1つの選択肢に俺との未来を加えていただけたら嬉しいです」


 少し照れたような顔。

 身体の大きな男性が顔を少し赤らめているのは、後ろから差す陽の光のせいではないだろう。

 想定外の言葉に思考が真っ白になり、何と返したらいいか分からない。

 けれど、幾分落ち着いて甦った思考は、リリアちゃんがまたケガをしたら誰が治療してくれるんだろう、シアラに連れ去られるんじゃないか、学び舎はきちんと対応してくれているだろうか、と、自分でも意外なものだった。


「あの……すみません、急な話で、言葉が見つからず」

「そうですよね。分かります。俺もいきなりこんなこと言うタイミングじゃないな、とは思いましたが、でも、これも何かのご縁なんで勢いで言ってしまいました」


 眉を下げて頭を掻く仕草はなんだか憎めないものだ。

 何も無ければルッツさんの言う通り、選択肢の1つとして考えられたのだろうか。


「えと、俺、しばらくマルセーズにいます。最近この辺りの魔物が活発なんで、近々一掃する予定なんです。今回その応援部隊として来てるんで、しばらく滞在するんで」


 ルッツさんは改めて私に向き直る。


「その間に考えてください。帰るときに、改めて返事ください」


 ペコッと頭を下げたルッツさんの姿を見て、私も真剣に考えなければ、と思った。


「えと、すみません、エルシーさん。送ると言ったんですが、初対面の男に住んでる場所が割れるのは嫌でしょうからここまででよろしいですか?」

「あ……ええ、もちろんです。送っていただき、ありがとうございます」


 私も頭を下げてお礼をする。

 もしかしてこれを言うために送ってくれたのかな。


「では、また。騎士団寮で会いましょう」


 ルッツさんはそう言うと再度頭を下げて引き返して行った。

 私もくるりと振り返り、家路を急ぐ。


「エルシー」


 ふと、名前を呼ばれて声のした方を探すと、以前気まずいまま別れた父がいた。


「お父さん……」

「すまない。姿が見えたから……」

「うん……」


 やっぱり気まずくて、態度がぎこちなくなってしまう。

 でも、以前リリアちゃんに言った言葉は自分にも言えることだ。

 私は前を向いて父に向き直る。


「私、離婚したけど、元気。仕事もちゃんとやってる。住み込みで働いて、貯金もできてる」

「……ああ」

「だから、心配いらない。家には帰らない。店主さんは優しいし、先輩も頼りになる人。あと、騎士団に回復薬も作りに行ってる。シーラさんていう回復薬作りの弟子にもなったよ」

「そうか」


 父の目が少し細められた。目が潤んでいるのは、私の後ろに陽の光があるから眩しいのかもしれない。


「え、と、カフェに……入る?」

「そうだな。ゆっくりとお前の話を聞かせてくれ」


 父に連れられ、あのときのカフェに入る。

 ちなみに荷物は翌日忘れずに受け取った。

 店員さんがとっておいてくれたのは有難かった。


 私は父に今までのことを包み隠さず話した。

 父の反対を押し切ってダリオと結婚して、不貞されて別れたこと。

 騎士団寮に寮母として入ったら、ダリオの不貞相手シアラの娘リリアちゃんがいたこと。

 それが辛くて、いつかリリアちゃんに酷いことを言いそうだからと逃げるように辞めたこと。

 今は文具店で住み込みで働いているが、店主さんが実は騎士団長ダガートさんの父だったこと。

 リリアちゃんがケガをして来るので、回復魔法を習い、予備で回復薬も作るようになったこと。


 父は頷きながら私の話を聞いてくれた。

 こんなに話したのは初めてだったかもしれない。

 いつも不在だったから、話しても忙しいからと断られるかも……というバイアスがかかっていたのかな。


「苦労したんだな。お前が辛いときに助けてやれずすまなかった」

「いいの。私も反対を押し切って結婚したのが失敗に終わって、恥ずかしくて顔を合わせられなかったから」

「それでも、娘が辛い思いをしているときに何の力にもなっていないのは親として情けないと思う。だが、今はふっ切れた顔をしているな」


 シーラさんが味方になってくれると言ってくれたから、私は苦しみから救われた。今はもう、ダリオの話をしても辛くない。


「相変わらずダリオは家に来ているよ。追い返しているがね。家に女を住まわせているのに何を考えているんだか」

「シアラが……不貞相手が仮出所して行く宛がないかららしいわ。そういうとこ、優しいから……」

「ところで、その、なんだ、回復薬作りのシーラさんという方は……」

「シーラさんはすごいのよ。商会でも取り扱ったらいいのに。私が聞いてみようか?」

「それは……シーラさん……いや、男爵様のお手を煩わせるわけにはいかんが、しかし」

「だんしゃくさま?」


 父の言葉に目が点になる。誰が、男爵様だって?


「お前……男爵様に無礼を働いてないか? 丁重に接しないといけないぞ」


 冷や汗がつぅ、と流れていく。シーラさんは無礼だからとどうにかする人ではないと思うが、気安く接してきたことに汗を掻いた。


「き、気を付けるわ……」

「そうしてくれ。……だが、ちょっと回復薬を取り扱えるか聞いてみてくれ」


 こういうところは商人なんだから、と思わず眉が寄ってしまったのは仕方がない。


「そういえば、マルセーズの周りに魔物が増えている話は聞いたか?」

「ええ。今は騎士団が抑えているから大丈夫だ、って」

「そうか。……実は父さんはしばらく街から離れようと思っているんだ」


 それは……今まで何回もあったから気にしないが、父の様子がいつもと違う気がした。


「どれくらいの規模になるか分からん。だから、一家と従業員総出で避難しようと思っている。お前も一緒に来るか?」


 私の未来の選択肢が、また増えた気がした。


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