25.小さくなった胸の痛み
リリアちゃんのケガが徐々に減ってきた。
ダガートさんが言っていたように、私生児に関する教育がなされたのだろうか。
私の回復魔法ももう充分だろうとお墨付きをいただいた直後だったからちょっと肩の力が抜けた。
でも、リリアちゃんのケガが無くなるのであれば私はお役御免。それはそれでいいのかもしれない。
騎士団寮へは回復薬を作りに行っている。
街を歩いていると、街外れで魔物に出くわしたとか、ちらほらと耳に入ってくる。
騎士団の皆さんは強いからきっと大丈夫だよね。
そう願いながら不安を払拭するためにも回復薬作りに励んだ。
そんなある日、シーラさんに習いながら回復薬を作っていると、諜報員さんがむすっとした顔をしてやって来た。
「帰ってきましたよ、あのお人。模範生としての仮出所ではありますが」
私はシーラさんと顔を見合わせた。
いよいよシアラがマルセーズに帰還したらしい。
とはいえ彼女は天涯孤独の身で頼れる親戚もおらず、不貞相手が借りていた騎士団の宿舎も引き払われている。
ではどこで寝泊まりするのかと思えば。
「住居が無い人にも支援として提供される場所はあるんですよ。それを蹴ってどこ行ったと思います? 結局反省なんてしてないんだなーって感じましたよ、俺は」
……諜報員さんがそう言う、ということは。
「ダリオのところ、ですね?」
口がへの字に曲がったのを見ると、正解なのだろう。
「大丈夫です。ありがとうございます。言われて気付きましたが、私はもうふっきれているみたいです」
シアラがダリオを頼って行ったと聞いても揺らがない。むしろ出所したところで行く宛が無いならどこへ? という疑問がすぐに解けていい。
「ただ、あの男も一応行く宛が無いからと受け入れてはいますが、一緒に暮らしているわけではないようです」
「そうなのですか? ……一応確認なのですが、もしダリオが再婚したいってなったとき、ペナルティはあるのですか?」
「2人は再犯の相手とはいえ現在はお互い未婚なので、特にペナルティはありません。子を作っても私生児にはなりませんし」
ならば、シアラと結婚するならダリオにとっては絶好の機会なわけか。
あれだけ希った女性が自分を頼ってきたのだから今度こそ成就させればいいと思う。
「ただですねぇ、あの女はリリアちゃんと一緒に暮らしたいと言ってまして。それが実現すると、教育費用が全額負担になりますよ、と伝えても聞く耳持たずでちょっと萎えてます」
諜報員さんは、はぁ〜と長くため息をついた。
シアラがそんなに母性的だったかな、とおもったが、シーラさんは3人が家族としっくりきた、と言っていたし案外そうなのかもしれない。
「でも、リリアちゃんはダガートさんの養子のままなんですよね? 大丈夫なんですよね?」
「それはもう、俺が王太子殿下と話して完璧にしました。シーラさんにお願いされましたからね。ただ、そうして引き離された親子の問題として、連れ去りがあるんですよ」
「連れ去り……?」
「ええ。離婚した一方の親が、養育している親の許可無く子どもを連れて行ったりするということです。リリアちゃんは学び舎に歩いて通っていますよね? その隙を狙われないとも限りません」
ぞわ、っとした。そんな事件があるんだ。
でも連れ去るくらいなら離婚した時に引き取ればいいのでは? なぜわざわざ連れ去るのだろうか。
「私の元夫も、子どもの存在を知ったら連れ去りそうな気がしていたわ」
「アイツですね。確かに子どもがいるなら復縁、て言ってましたもんね」
「そういう人が一定数いるのかしらね」
「んー、まあ、1人親って確かに大変だけど、その分サポートは手厚いんですよ。適切なサポートを受けられれば食べるに困らない普通の生活はできますからね。家を借りるにしても半額になったりしますし」
要するに手厚いサポート……つまりお金を受け取りたいがために……?
「シアラさんは仮出所しても行く場所が無い、ならば知人を頼って生活基盤を整えて子どもと2人で暮らそうとしてる?」
「いえ、それは無いでしょう。ダリオは割と稼いでましたから、生活が不安ならダリオと再婚したがマシでしょう。まだ若いんだし」
シーラさんの元夫に捨てられた後、生活が不安だったからダリオを頼ったわけで。
子が欲しいならダリオと作ればいいし。
「まあ、思惑は分かりませんが、とにかくダリオは別の場所で寝泊まりしているようですね」
私と結婚しても忘れられなかった女性に頼られたのだから、嬉しいんじゃないのかな?
ダリオの思惑が分からず背筋が寒くなる。
まさか、とは思うが、あれから2年経過してるし、大丈夫だよね……?
そういえば、ここ2年、ダリオと全く会わなかったな。
こうして話を聞いていても、ちっとも悲しくないし苦しくもない。
それだけ私は成長できたのだと思いたい。
日課の回復薬を作り終えて帰宅中、うすらと見たことがある顔が見えた。
「こんにちは」
「こんにちは」
相手はニコニコしながら私に近付いてきた。
「お久しぶりです。私のことを覚えていますか?」
「え? いやあ、その……」
その相手──騎士さんは相変わらずニコニコとしている。新手なナンパかしら。
周りを見ても、今は1人だ。ちなみにシーラさんたちは移動魔法で一瞬にして帰宅してしまった。
だから相手は私に問うているのだと思う。
「まあ、覚えていないのも無理はありません。以前ダガートさんと打ち合わせをしていたときにお茶を出してくれましたよね?」
「えーと」
覚えていない。
確かにそんな時はあった気がするが、この方だったかな、と思い出せない。
「帰宅するのですか?」
「はい、そうです」
「では送って行きます」
ニコニコ騎士さんは有無を言わせない笑顔で提案してきた。




