24.強くありたい
シアラが帰って来ることは、リリアちゃんにも知らされた。
リリアちゃんは一瞬目を見開き、けれど小さく頭を振った。
「今はママに会いたくない」
「……そうか」
リリアちゃんが今受けている虐めは、シアラに原因があることだ。
直接文句の1つくらい言えたらいいが、リリアちゃんとしてはそういう気持ちになれないのだろう。
「ママが帰って来たら、私はおじさんのとこ出なきゃいけない?」
「いや、リリアはおじさんの子のままでいいって偉い人が言ってくれた。だが、リリアがママのところに帰りたいならそれでも構わない。帰りたくないならおじさんのところにいていい」
ダガートさんは頭を撫でながら言っている。
虐めは完全になくならないが、リリアちゃんが逃げられる場所があればいいな、と思う。
私はもう騎士団寮を出たし、部外者ではある。
まあ、リリアちゃんの祖父……ダガートさんのお父様のところで偶然はたらいてはいるが、身内ではないためできることは限られる。
そこがもどかしいところだが、じゃあダガートさんと夫婦になる、ってことは今の所考えられない。
リリアちゃんの件に口出ししたいから家族になるのも違う。
やはり子どもから見て両親が仲良くしているのが理想だし、温度差があると肌で感じてしまうものだ。
……そう思うと、私の父は中々帰って来なかったが、母は父の愚痴を言いながらも帰宅したときは嬉しそうにしていたと思い出す。
今は別居しているが、少なくとも子どもの頃は夫婦仲は悪くないように見えた。
夫婦の仲は夫婦にしか分からない絆みたいなものがあるのかもしれない。
私とダガートさんは、そういうのを築けるイメージが湧かない。
そもそもダガートさんはいい年だし、結婚しない主義でもいつかはいい人できるかもしれないし、私はだいぶ年下でダガートさんから見ればお子様だろうし。
「……エルシーさん? 今日は止めておくか?」
「へっ?」
いつの間にかリリアちゃんはおらず、私とダガートさんだけになっていた。
「回復魔法の練習……」
「あっ! す、すみません」
そうだ、回復魔法の練習をしていたんだった。
思考が色々ととっ散らかりすぎてダガートさんが呼んでいたのに気付かなかったようだ。
「もう少しでマスターできそうなんです。最後までよろしくお願いいたします」
「そうか。こちらこそ、最後までよろしく」
お互い礼をして目が合った。
どちらとも反らせないまま椅子に座る。
「じゃあ、始めようか」
ダガートさんの合図で回復魔法の訓練が始まった。
ちなみにこの訓練は私の休みの日にお願いしている。
もう少し魔力効率を上げられればいいのだが、諜報員さんみたいに「治れ〜」で治せないから場数を踏むしかないようだ。
「リリアの件なんだが」
「はい」
「学び舎で私生児について指導を入れてくれるようになった。それから、まだ施行がいつかは分からないが、私生児差別についての問題を改めて検討して貰えるようになった」
私生児に関して、今まで何も問題が無かったかと言われたらそうではない。
ダガートさんもきっと嫌なことを経験してきたからこそ、結婚に前向きになれないのだと思う。
「遅いくらいですよね。子どもたちは望んで私生児になったわけではないのに。もしかしたら自分がそうかもしれないのに。……いつ、不貞の波に呑まれるか分からないのに」
「……そうだな」
子どもの言うことは純粋なだけに的を射ていることが多い。
大人になってごまかせるようになると、その純粋さを忘れてあること無いことを吹き込んで、子どもが信じて周りを傷付ける……なんてことになりかねない。
「まあ、悪いのは不貞に走る奴らだよな。裏切らなければ誰も傷付かないんだよ。傷付けられなければ新たに傷付けることもない」
復讐は連鎖するという。
傷付けられたから傷付け返すとまたその人から復讐される。
それを繰り返してしまう。
償いはほしいが、誰かを貶めるならばしない方がいい、とも思う。素直に償う人ならそもそも不貞に走らないか。
「シーラさんは裏切られて、復讐なんてしなかったんですかね」
ふと、身近な人を連想した。
愛し合って結婚したはずなのに、酷い裏切りをしていたシーラさんの元夫。
生死は定かではないが、シーラさんは生きていると確信しているようだった。
「ああ、リオンな。離婚するつもりは一切無かったようでな……。騎士を辞めて冒険者になって追い掛けて結局……」
「ダガートさんもご存知なんですよね?」
「ああ。奴は王都所属の騎士で、遠征は頻繁に行っていたらしい。奴は魔法はからっきしなんだが、奥さん秘蔵の剣帯を付けていたら向かうところ敵なしだったよ」
マルセーズにも遠征で訪れて、シアラと関係を持った。確かに騎士は遠征地ごとに恋人がいたりするらしいが、彼もそうだったのだろうか。
「その方、他にも隠し子がいたり……」
「いや、いたらアスティが調べてるだろう。やつの子はリリアとシーラさんの長男だけだよ」
なんですと?
「シーラさんと……リオンさんの子、ですか?」
「聞いてなかったか? シーラさんは離婚したとき、お腹に子がいたらしい。だがシーラさんから見ればリオンはリリアを大事にしているように見えた。そしたらお腹の子を疎ましく思うかもしれない、と1人で育てる決心をしたそうだ」
改めてシーラさんの覚悟を知って、私も強くありたいと思った。
不安もあっただろう。悩んで眠れない夜もあったかもしれない。
悲しみや不安なんて知らないだろうなんて想像していた自分が恥ずかしい。
「私も……強くありたいです。シーラさんみたいに、辛くても前を向く人でありたい」
くよくよせず、常に明るく前向きでいたい。
シーラさんみたいに笑って、いつか堂々と胸を張って私は幸せだとダリオに見せ付けてやりたい。
「エルシーさんならできるよ」
ダガートさんに言われ、頷く。今なら自然と笑えている気がする。
「ところで、シーラさんから回復薬も習っているんだよな? 結構出来がいいとお墨付きを貰っていると聞いたが」
「はい。シーラさんの弟子ですから」
「そうか。……その、できればストックが大量に欲しいんだ」
「ストック……ですか?」
ダガートさんは困ったように言い淀む。
そういえば、シーラさんが魔物が大量発生していると言っていた。
「魔物が大量発生しそうな気配が日々加速している。今は騎士団で抑えているが、そろそろ冒険者も交えて本格的に殲滅作戦に出ようと思う。その時、騎士や冒険者たちがケガをしないとも限らない。だから備えておきたい」
マルセーズの騎士たちは短い間ではあるが私も知っている人ばかりだ。
彼らが無事で帰還できるように準備は万全にしたいと思う。
「分かりました。魔力量が少ないので毎日少しずつ作りに来ます」
「ありがとう。恩に着る」
ダガートさんからがばっと頭を下げられた。
シアラと魔物、出迎えなければならないものに少しだけ緊張感が増した。




