23.たぶん、勝てない
「ごべんだざい……」
ひとしきり泣いたあと、まぶたが腫れぼったくなってしまった。
シーラさんは呆れず付き合ってくれて、今は薬を製作中だ。
人前であんなに泣くなんて恥ずかしい。
しかもシーラさんは初対面なのに。恥ずかしすぎて消えてしまいたい。
「大丈夫よ。よし、できた。これを布に浸して……シーラ特製泣いたあとに付ける薬〜」
そう言いながらまぶたに布をあてがわれた。
ひんやりしたそれは、腫れぼったくなってしまったまぶたの熱を取ってくれているようだ。
「きもちい……」
「よかった。私も離婚前後はよく泣いていたから発明してよかったわ」
「自分で発明するなんてすごいです。シーラさんはスーパーウーマンですよ」
「大げさよ〜」
「大げさではありません。シーラさんの実力があれば宮廷薬師でもなんでもなれます!」
朗らかに笑うシーラさんに食い気味に力説すれば、若干引かれてしまった気もする。
だが回復薬の性能や人柄を見ればあっという間になれてしまうと感じた。
「ありがとう。私としては誰かの役に立てたらそれでいいのよ」
シーラさんの謙虚さは全世界で見習うべきだと思う。こんな女性を裏切ってシアラなんかに走った元夫は地の底まで後悔してそうだな、と思った。
「シーラ様、いらっしゃいますか?」
「はい」
扉が叩かれ、外から声がした。聞いたことがあるような気がする。
扉が開いた先にいたのは、見たことがある少年だった。
「騎士団長が呼んでます。エルシーさんも一緒に」
「分かりました。すぐに行きます」
少年はぺこりと頭を下げる。
思い出した、ブラントだ。騎士団寮を出る寸前、ギルダさんの養子に入ったと聞いたが、会わない間に随分と成長したような気がする。
シーラさんと片付けをしている間も、ブラントは直立姿勢で待っていた。
騎士見習いとして立派にやっているようで、姉のような気になって何だか感動してしまった。
「お待たせ。行きましょう」
ブラントの案内で進んで行く。途中でシーラさんに肩を叩かれ、こっそりと内緒話のように耳打ちされた。
「ね、エルシーさん、彼って」
「ブラントのことですか? 彼はリリアちゃんが王都の孤児院に入っていたときに出会ったそうです」
「もしかして、父親が騎士だったりする?」
「そうですね。父親が騎士で、……その父の本当の子が友達だと言ってました」
改めて思い返せば、仲良くしていた友人が異母兄弟と知ったらって中々に過酷だわ。
不貞した親たちは素知らぬ顔で過ごしているのに、子どもたちは思わぬところで傷付けられる。
確かに彼らが大人を信用できなくなっても仕方がない。
「子どもたちって強いね。でもその強さって子どもなりに必死に考えて自分たちでどうにかしようって頑張っている強さなんだよね」
リリアちゃんもブラントも、ほとんど弱音は吐かない。誰かからの心無い言葉にも、自分たちが私生児だからと我慢してしまっている。
そして誰にも頼らずに自分たちでなんとかしようとあがいている。
そんなのは間違っていると思う。
誰しも生まれたからには幸せになる権利を持っていて、彼らにも等しく与えられているものだ。
まだ何も知らないうちから幸せを奪われるなんて、そんなの理不尽じゃないか。
「……だから大人が守らないといけないんですよね」
「そうね。せめてその子が笑ったり安心できるような場所を作らないといけないわよね」
私にできることはたぶん、限られている。
大層なことは難しいが、できることはやっていきたいと思う。
「お、来たか」
「ダガートさん、どうされましたか?」
呼ばれた先にはダガートさんと諜報員さんがいた。諜報員さんはシーラさんを見て一瞬嬉しそうな顔を浮かべたが、すぐに真剣な表情になった。
「アスティ、説明を頼めるか?」
「分かりました。シーラさんとエルシーさん2人に関係があることです」
呼ばれたのはシーラさんだったが、私にも関係がある話……? なんのことか検討がつかず、思わずシーラさんと顔を見合わせた。
「あまり思い出したくないかもしれませんが、シアラさんのことです。お2人は彼女に慰謝料を請求しますか? というお話です」
シアラ、と名前が出てぎゅっと拳を作ってしまった。
何かと思い出す機会の多い名前だ。忘れたくても忘れられない。
ただ、以前ほど嫌な気持ちは少ないあたり、成長していると思いたい。
「シアラさんに慰謝料を請求なんてできるの? 彼女の不貞の罪が発覚したときから5年は経過したけれど」
不貞が発覚した場合、パートナーと相手に慰謝料を請求できる権利がある。
これはパートナーの不貞により心身共に著しくダメージを受け、日常生活を脅かされるからだ。
その償いとして誰でも分かる贖罪の意思表示として提示された金貨を支払うことになっている。
私はダリオから少なくない慰謝料を貰ったけれど、シアラには請求できていない。
私が不貞を知ったとき、彼女は既に更生施設に入れられていて、出られないと噂に聞いた。
「今までは不貞発覚から3年で請求権が消滅していたのですが、法改正で無期限で遡って請求できるようになったんです。で、今シアラさんは更生施設に入っているのですが、模範生として仮出所することになりました」
諜報員さんの言葉に息を呑む。
シアラが……帰って来る?
何をしに? リリアちゃんはどうなるのだろう。
ダガートさんの方を向くと、難しい顔をしている。
「あの、リリアちゃんはどうなるのですか?」
「今はダガートさんの養子に入っていますが、これは俺が王太子殿下に事情を話しての特例なんです。だから実の親が解消しろ、と言えば、そうせざるをえない状況もありえるかと」
いやいやいやいや、それはだめでしょう。
リリアちゃんを私生児にした張本人の1人だ。
帰ったりしたら何て言われるか分からない。
「特例でも、今はダガートさんの娘でしょう? リリアちゃんは今学び舎で同級生から私生児だからと虐めを受けています。同級生たちがリリアちゃんを私生児と知った原因は? 周りの大人たちでしょう? 周りの大人はシアラを憎んでいるかもしれません。そしたら虐めが加速するのでは?」
私が回復魔法を覚えるきっかけはリリアちゃんのケガだ。今の所リリアちゃん以外に使う余裕は無いが、魔力量の少なさから頻度も重傷も少ない方がいいに決まっている。
「確かに、エルシーさんの言う通りね。アスティ、リリアちゃんのことを考えるなら不適切な親の元へ返すのは危険だわ」
「そうは言ってもシーラさん、王太子殿下のご判断で返すと言われたら……」
「そこはあなたならどうにでも言いくるめられるでしょ? 私からもお願い。私生児の子がこれ以上親のことで悲しむことが無いようにしてあげて」
シーラさんにとって、リリアちゃんは複雑な立場の子だろう。だが、それを呑み込んで私の言葉に耳を傾けてくれる。
私にはとても、真似できない。
「シーラさん、俺は王太子殿下の部下的立場だよ?」
「そうね。私の超絶頼りになる夫だわ」
にっこりと笑うシーラさんに、頬を染める諜報員さん。
……そっか、今は諜報員さんという素敵な旦那様がいるからシーラさんは再び笑えるようになったんだ。
「分かりました。リリアちゃんはそのままダガートさんの養子で。シアラさんが帰還しても返さない方向で」
シーラさんに言いくるめられた感はあるが、リリアちゃんが少しでも安心できる場所は確保しておきたい。
「あ、ちなみに、シアラさんは更生施設で自分で稼いでいるのかしら?」
「ええ。更生施設を出たあと、自活できるよう働いた分は給金として出ているはずです」
シーラさんは再びにっこりと笑った。
「じゃあ、慰謝料請求します。以前は自分のお金が無かったけれど、今は働いたお金があって請求できるならきっちり落とし前はつけてもらわないとね。ね? エルシーさんもね?」
有無を言わせないシーラさんの笑顔。
きっとこの世の誰もが勝てないと、何度も首を縦に振った。




