22.ひとりじゃない
「リリアちゃん、またケガしたの?」
「こ、れは転んだの。本当よ」
リリアちゃんは少し目を潤ませながら言った。
たぶん、嘘なんだと思う。
あの後、ダガートさんは学び舎へ出向き教師と話したとは言っていた。
だが、そのときの表情を見ると成果はあまり芳しくないように感じた。
私はリリアちゃんに回復魔法を掛ける。
このまま黙っていいようにやられっぱなしになるのを見過ごさなければならないのだろうか。
「ありがとう、エルシーさん」
「どういたしまして。……あ、すみません、シーラさん」
「うん、大丈夫。気にしないで」
何となく、シーラさんの空気が一瞬だけピリッとした気がした。
けれどすぐにまた柔らかな雰囲気に戻る。
リリアちゃんは部屋に戻る、とそのまま行ってしまった。
「さっきの子は……」
「リリアちゃんです。え、と、ダガートさんの養子です」
「そっか。ダガートさんが引き取ったんだ」
シーラさんの表情を見ると、リリアちゃんに対して何かしらの感情を抱いている気がする。
「あの、リリアちゃんのこと、知ってるんですか?」
「知ってるもなにも、元夫の隠し子だったのよ」
「えっ」
シーラさんの言葉に開いた口が塞がらない。
リリアちゃんがシーラさんの元夫の隠し子……てことは、リリアちゃんの実父の元奥さんがシーラさん?
どうして? こんな優しくてキレイで朗らかな人を何故裏切ったのだろう。
「私が初めてマルセーズに来たとき、元夫はあの子を肩車していたの。すっごく幸せそうだなぁって思ったわ。変な話、本物の家族だ、ってしっくりきた」
シーラさんは当時を振り返り懐かしむように話してくれた。
結婚5年目にして子どもがおらず、冒険者をしていたシーラさんが偶然クエストに来たマルセーズで見たのが夫の裏切りの光景だった。
茫然自失のときに助けてくれたのが今の夫である諜報員さんらしい。
「ダガートさんは元夫との離婚の話し合いのときに同席していただいたの。私が家を出たあと、元夫が暴走しそうになったのを身体張って止めてくれたそうだわ」
シーラさんは懐かしむように笑っている。
どうしてこんな風に笑えるのだろう。
愛し合って結婚したはずの元夫が、隠し子を作って平気で裏切って、想像しただけで胸が痛くなる。
シーラさんの手が、そっと私の頬に触れた。
そのまま指で拭う。いつの間にか私は泣いていたみたいだ。
「エルシーさんは優しいね」
「だって、どうして、シーラさんを裏切って、隠し子なんて」
どんな顔をして王都に帰還したのだろう。
どうしてそんな平気で裏切れたのだろう。
信じて待っていたのに、それを全て壊されて苦しかったと思う。私もそうだった。
「ありがとう。当時は私も散々泣いたなぁ。なんで、どうして、って考えても考えても答えなんて出なくて。辛くて苦しくて全部嫌になるくらいだったわ」
次から次へとあふれる涙を拭うため、シーラさんはハンカチを取り出して頬に当ててくれた。
「でもね、皮肉にも、今の夫と出会えたのは奴が裏切ったからなのよ。裏切りが無かったら出会えなかった。いや、出会ってはいたけど気付いてなかったの。だから人生って不思議なものよね」
元夫の隠し子であるリリアちゃんの調査員が、現在の夫であるアスティさんだったそうだ。
凄腕の冒険者でもある彼は、冒険者として出会ったことがあるらしいがシーラさんは意識していなかった。
だが裏切りが発覚して、諜報員として接して、そこから親しくなっていった。
シーラさんは悲しみや苦しみを諜報員さんと共に乗り越えたからきっと今の幸せを掴めたのだろう。
「まあ、だからちょっと気になっていたのよ。リリアちゃんのこと。母親は投獄されたし、父親も……もう二度と会えないことになったし」
「二度と、って、リリアちゃんの父親は亡くなったのですか?」
シーラさんは言いにくそうな顔をする。聞いてはいけないことだったのかな。
「少し前、アスティが冒険者の要救助者信号を受けて行ったことがあるの。そのとき死んだ、とは聞いたわ」
「じゃあ……」
「でも、アスティの力があれば要救助者を死なせることは無いと思うのよ。彼は特級冒険者だし。だから、死んだと見せかけて実は生きてると予想しているわ」
そんなこと、できるのだろうか。
でも仮に生きているとしても、二度と会えないのであればリリアちゃんにとっては亡くなったと同じことではないだろうか。
しかし、リリアちゃんはまだ8歳くらいなのに両親がいなくなったなんて、人生ハードモードすぎない?
まるでシアラの人生をなぞっているようでぞっとする。
いや、養子に入っているからまだマシよね。
「そういえば、エルシーさんはここにいるわけではないけれどリリアちゃんを知っているのね」
「あ……以前短い間でしたが、寮母として勤めていたんです」
「それでかー」
「あと……元夫がシアラと不貞した関係で……」
不貞されたことは職務上の説明以外では誰にも言えないでいた。でも、シアラに夫を奪われたシーラさんなら私の気持ちを分かってもらえる気がした。
するとシーラさんは私を抱き締めてくれた。
「辛かったね。1人で苦しいこと乗り越えたんだね」
認めてもらえたことが嬉しくて目頭が熱くなる。
見ないフリをしていても、私は苦しかったんだ。
それをどこへ持っていきようがなくて彷徨っていた。
「私は周りが味方してくれたから割と早く吹っ切れたの。でも1人だったらズルズル引き摺ってたと思う。だって愛していたんだもの、真剣に。それを全て壊された。1度裏切られたらまた誰かに裏切られるんじゃないかって怖くなるよね」
シーラさんの言葉に堪えていた涙が溢れ出す。
ボロボロと溢れ、やがて嗚咽になる。
「エルシーさんは全部1人で抱え込んでたんだね。大丈夫、これからは私が味方になるわ」
シーラさんが私の気持ちを表に引き摺り出してくれる。
表に出したかったこと、誰かに聞いてほしかったことが空気に晒され、ようやく消えていく気がした。
「ありがとう、ございます」
喉が詰まって声が出せない。なんとか絞り出してお礼だけは伝えられた。
シーラさんは頭を撫でてまた抱き締めてくれた。
お姉さんがいたらこんな感じなのかな、とその温かさに安心して涙が止まるまで胸をお借りした。




