20.あのときのあの人
騎士団駐屯地に来たのは、ここを出て以来のことだ。久しぶりに足を踏み入れ、やや緊張した面持ちで前に進む。
「久々来たなぁ。建物とかちょっと新しくなったか?」
店主さんもマルセーズ所属の騎士だったからか、辺りを物珍しそうに見ていた。
受付を済ませて早速騎士団長執務室へ足向ける。
扉の前に立ち、ひと呼吸置いてからノックした。
「どうぞ」
懐かしい声がして小さく鼓動が跳ねた。
意を決して中に入ると、ダガートさんと見慣れない魔術師のような風貌の方がいた。
「リリア……とエルシーさん? それに親父? どうしたんだ、勢揃いして」
変わらない風貌のダガートさんは心底驚いているようだ。先程までリリアちゃんが悲しんでいたのに、何だかその間抜けな顔に腹が立って、つかつかつかと近寄って行った。
「リリアちゃんが、私生児だからと、虐められている可能性があります」
まどろっこしい言い方は性に合わない。
だから単刀直入に言った。
ダガートさんは目を見開き、扉の近くに置き去りにしてしまった店主さんとリリアちゃんに目を向ける。
「どういう、ことだ? いじめ、って」
「今日ケガをして文具店に来ました。というか最近しょっちゅう文具店に来てます。たぶん、これまでもそういうことを言われているのではないかと思いました。で、今日、魔法で攻撃されたような傷を作って来たんです」
そこまで言うと、ダガートさんは立ち上がりリリアちゃんに近寄った。魔術師さんも同じく。
「っリリア、大丈夫なのか?」
「う、うん……」
「ちょっと失礼。リリアちゃん、ソファに座って傷を見せてね」
魔術師さんに促されリリアちゃんはソファに座る。
先程薬を塗り当てていた布を剥がし、傷を見ていた。
「これは……痛かっただろう? ダガートさん、これは魔法で攻撃されたみたいですね」
「っはぁあああ? 誰に? 何で!」
「リリアちゃんが私生児だからと責められているようです。私生児だから、攻撃しても構わないという理由みたいですよ」
ダガートさんの眉間にシワが寄り、ワナワナと震えていた。
魔術師さんは傷に魔法を掛けている。するとみるみるうちに傷が消えていった。
「私生児っていっても、望んで私生児になったわけじゃないだろうが! というかリリアはもう俺の養子になってるのにまだそんなことを言うやつがいるのか……」
「リリアちゃんは相手は悪気があったわけじゃないから、と言ってますが、魔法で攻撃するのはやり過ぎではありませんか? 私は相手の親にも注意すべきと思いますが」
私はただの文具店員で、リリアちゃんの母でも家族でもない。今は一緒に来てと言うリリアちゃんの代弁者としてここにいる。
だからダガートさんに然るべき対応をしてほしいと思っている。
「分かった。学び舎に出向いて相手の事情を聞くことにする」
「っ、待って!」
そのとき、リリアちゃんが叫んだ。
「私は……平気。だって、私生児だから……」
「だがな、リリア」
「それに、おじさんは騎士団長だから、街の人に変な噂立ったら……」
ダガートさんが怪訝そうな顔をした。
「ダガートさんが騎士団長だから、迷惑がかかるんじゃないかって」
俯いて傷が治った膝小僧を握り締めるリリアちゃんに、ダガートさんは眉を八の字に下げた。
それから近寄り、リリアちゃんの前に座る。
「リリア、おじさんは騎士だからこそ誰かが傷付けられたら守らなければならない。誰かが誰かを傷付けたなら、理由を聞かなければならない。騎士という職業は魔物から守るためだけにあるんじゃないんだ。だから、迷惑とか無い。むしろちゃんと言ってくれてありがとうな」
ダガートさんはリリアちゃんの頭を優しく撫でた。
リリアちゃんの目は再び潤み、ポタポタと涙がこぼれていく。
「しかし、魔法で傷付けるのは厄介ですね。普通の薬草じゃ治りにくいですよ」
魔術師さんが言うと、ダガートさんも険しい顔をした。
「店主さん、どういうことか分かりますか?」
「ああ、魔法で攻撃されるとね、魔法で浄化しながらじゃないと傷口が化膿してしまうかもしれないんだよ」
「えっ、じゃあ、先程した治療は……」
「少しは効果はあると思うが、治りは遅いし痕になってたかも」
それを聞いて、益々怒りが湧いてきた。これは学び舎全体の問題にしなきゃいけないんじゃないかしら。
「しかし、困りましたね。ダガートさんは……無理そうですね」
「ああ、ちょっとこれ以上は……。親父は回復魔法は使えたかな」
「僕は魔法はちょっとした攻撃アップくらいだね〜」
呑気に答える店主さんに、皆が毒気を抜かれていく。朗らかな人柄に私も冷静さを取り戻していった。
「あの、そんなに難しくなければ私が覚えましょうか」
「エルシーさんが?」
「はい。リリアちゃんはこちらの店主さんの文具店によく来ています。私はそこで働いているので」
「そうだったのか……。いや、でも」
ダガートさんは変わらないな。いつまでも気を遣わせてしまうのも申し訳ないし、ここは割り切っていかなければならないだろう。
本当は相手に文句の一つ言いたいが、私はリリアちゃんにとって家族ではない。だが、目の前に傷付けられた人がいて、何もしないわけにもいかなかった。
「回復魔法は簡単だよ。相手の魔力回路を読み取りながら不純物を取り除いて」
「いやいやアスティ、原理を説明しても初心者には難しいだろうがよ」
「そうですか? 原理を理解しないと手順踏めないですよ? 俺みたいに『治れ〜』で治るなら苦労はしませんが」
ダガートさんと魔術師さんは気安く言い合っている。こういうやり取りができる気安い関係の方がいるのを知って何だか新鮮だった。
「え、と」
「エルシーさんでしたよね。魔法はダガートさんが教えますから」
「あ、はい」
朗らかに笑った彼は、よくよく見るとどこかで見た気がする。
目が合うと、にっこりと微笑まれた。
「しかし、あのときはどうなるかと思いましたが、今はお元気そうでなによりです」
「あ、の、どこかでお会いしたことありましたか?」
「ええ。ダリオの不貞の証拠を持って行ったの、俺でした」
「ああー! ……あー、あー」
あのときはダリオの不貞を突き付けられて、諜報員さんの顔なんてまともに見れなかった。
だからこんな顔をしていたなんて全く覚えていなかった。
「回復魔法はダガートさんで、この際だし、念の為俺の奥さんお手製の回復薬とかも習うといいかもですね」
「奥様お手製の回復薬……ですか?」
「ええ。騎士団や冒険者にめちゃくちゃ大好評で、街の人にも重宝されるシーラ印の回復薬を作れる人がもう1人くらいいたらな、って言ってたんで。エルシーさん魔法は使えるけど魔力量はそんなに多くないし、回復薬があれば魔力不足のときに使えば安心だし、ついでに魔力回復薬も作れるようになったらいいなと思います」
確かに私は今までまともに魔法を使ったことはない。どれくらいの回数使えるか分からないし、予備としてあった方が安心でもあるのかも?
「奥様がよろしければ、教えてください」
「そうこなくちゃ。今度シーラさんを連れて来ますので、まずはダガートさんから簡単な回復魔法を習ってくださいね」
魔術師さんにいいように言われたような気もするが、自分にできることがあるならやっていきたい。
「ダガートさん、よろしくお願いいたします!」
ダガートさんは複雑そうな顔をしながらも頷いてくれた。
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「さようなら、愛しい人。どうか私を憎んでください」
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