19.理不尽な攻撃
リリアちゃんを椅子に座らせ、薬箱のふたを開ける。
緊張した面持ちで膝にある擦り傷を避けながら置いた手に自然と力が入っていた。
必要な薬を取り出し、清潔な布に浸して傷に当てる。少し沁みるのか、リリアちゃんは身体を強張らせた
「痛い?」
「平気……です」
「どこで転んだの?」
「……ここに来る途中で」
転んだにしては足全体が擦り傷、切り傷だらけだ。どちらかと言うと魔法で傷付けられたみたいな感じだと思う。
強いて言えば、騎士さんが時折魔物から受けたという傷に似ている気がした。
「魔物じゃないの?」
「っち、違うよ。あの子は意地悪だけど、魔物じゃない……」
リリアちゃんはハッとして口を引き結んだ。
なるほど。魔物ではないが、魔物のようなことをする人が近くにいるのか。
「あ、あの」
「誰かからわざと付けられた傷なら、話を聞かないといけないわ。誰からやられたの?」
「これは……」
リリアちゃんは今にも泣きそうな顔をしている。
私が知る彼女は、もっと生意気そうに笑っていた。
それが今は言葉を呑み込んで何かを我慢するように唇を引き結んでいる。
「違うの。私が……私が、私生児だから、仕方ないんだよ」
絞り出すように出た言葉に、私も店主さんも絶句してしまった。
「私のママは、誰かの大切な人を奪って私を生んだって。パパは、私が生まれたとき、他に奥さんがいたって。それって、いけないことなんだよね? 国がだめって言ってるんだよね? それにママは、エルシーさんの大切な人も取っちゃったんだよね? だからエルシーさんは騎士団寮を出たんでしょう?」
堰を切ったように次々と言葉が溢れていく。
誰かが悪意を持ってリリアちゃんに吹き込んだのだろう。
確かに事実ではあるが、子どもに向けていいものではないはずだ。
ましてやそれを盾に、部外者がケガをさせるなんて以ての外だ。
「誰があなたにそんなことを言ったの」
「学び舎で、言われてる。リリアは私生児だから、って。私生児だから、悪口言われても仕方ないんだって」
「そんなわけないでしょう……!?」
目の前がカッと熱くなる。
リリアちゃんは好きで私生児に生まれたわけじゃない。
親の不誠実の末の結果だ。
生まれを理由に悪口や虐めをするなんて、卑怯じゃないか。
「でも、ママはエルシーさんに酷いこと、したんだよね? ごめんなさい。ごめんなさい、エルシーさん」
リリアちゃんはぼろぼろと大粒の涙を次々と溢れさせている。
リリアちゃんが悪いわけじゃないのに、謝らなければならないっておかしいじゃない。
理不尽極まりないことを小さな子に背負わせる過酷さに憤る。
それと同時に自分だけで抱え込んで、誰にも言えなかったのだろうか、と胸が痛んだ。
私はそっと、リリアちゃんを抱き寄せる。
「あなたが悪いわけじゃないわ。確かにあなたのママは私が大切にしていたものを取ったけれど、それはママが悪いのであって、リリアちゃんには関係ない。子どもだからとママの罪を自分の罪だと思わなくていいの」
「でも、でもリリアはママに似てるから、ママの代わりに嫌なことできちゃうでしょう?」
「誰がそんなこと言ったの」
リリアちゃんは答えない。
さすがに同級生がそこまで言うとは考えにくい。
としたら、親に吹き込まれた可能性もあるかもしれない。
もしかして、とは思うが、シアラはリリアちゃんの実父やダリオの他にも粉を掛けていた男がいたりして。
いやいや、まさか。でもあのシアラのことだ。
意図せずしてそういうことをしていた可能性がなきにしもあらずだと思わせる雰囲気がある。
リリアちゃんの実父一筋という貞淑さと、その人に捨てられたら即ダリオに鞍替えした身軽さが混在して魔性の女になっていて、学び舎の同級生の親とかに嫌味を言われているのでは。
「リリア、ママに似たくなかった。リリアもママみたいになっちゃうの? パパみたいになっちゃうの?」
血の繋がりとは厄介だ。そうはなるまいと反面教師にしても、どこか親に似てしまう。
私の兄も父が不在がちなのが気に入らず、結婚したら在宅ワークを主にすると言いながら結局は世界中を飛び回って妻は置いてけぼりだった。
私も母の頑なさを受け継いでいる自覚はある。
でも、そうはならないと意識して避けることはできるはずだ。
「なるかどうかはリリアちゃん次第だよ。ママみたいに誰かの大切なものを取ればママみたいになるし、パパみたいに楽な方に逃げればパパみたいになるかもしれない」
こう言うが、私は2人のことはあまり知らない。
シアラは……大半はダリオの誇張された姿でしか知らない。まあ、周りから聞く姿はあまり褒められたものではないが。
けれど、だからといって子どもに言うのは違うと思う。
「それに、魔法で誰かを攻撃するのはよくないことだわ。私生児だからってそれがあなたを傷付けていい理由にはならない」
「でも……おじさんには言わないで。おじさん騎士団長だし、お仕事に影響あるかもしれないし」
私はダガートさんに言うべきだと思う。
これは子ども同士で解決できる範疇を越えている。
ちょっとしたケンカくらいなら見守るべきかもしれないけれど。
「リリアちゃん、一緒に行こう。ダガートさんは家族なんだから、一緒に考えてもらわないといけないよ」
「でも……」
「迷惑かもしれないって思う?」
リリアちゃんは小さく頷いた。ぽたっと落ちた雫が膝を握る手の甲に落ちる。
「家族だったら、我慢されてる方が悲しいよ」
自分で言って、自分の言葉にハッとなる。
……父も、私が助けてって言ったら親身になってくれたのかな。
もしかしたら、ほら見ろ、と笑わず、真剣に話を聞いてくれたのかもしれない。
「リリア、じいも一緒についてってやるよ。魔法を使うのはその子にとってもよくない。魔法は便利だが、正しく使わなければならないものだ。その子は正しく使えていない可能性があるからね。大人が正しく導いてやらなければならないんだ。だから大人同士の話もしなければ」
店主さんの言葉に、リリアちゃんは泣きながらも涙を拭う。
「ヨハンナくん、しばらく店を任せていいかな」
「事情はお察ししました! お店は私にお任せください!」
ヨハンナさんはどん、と胸を叩いた。とても頼もしい先輩だ。
店主さんと頷き合って、ダガートさんの元へ向かう。
「エルシーさん」
か弱く呼ばれて振り返ると、目を赤く腫らしたリリアちゃんがもじもじしていた。
「今だけ、手を繋いでもいいですか?」
正直、こんなに懐かれる理由はよく分からない。
でも、小さな子のお願いを断る理由も無い。
「一緒に行くって言ったからね」
目線を合わせて手を握る。
小さな手は案外力強く私の手を握り返してきた。
物語の展開に関して、様々にご意見はあるかと思いますが、エルシーとシーラは境遇も違うためやきもきさせてしまうかと思います。
ラストまでの展開は既に決めていて、結末は変えません。
期待に添えなかったらすみません。
よろしくお願いいたします。




