17.私生児
騎士として、遠征に行くことはよくあった。
遠征の間、妻を残して不安にさせてしまうとはいえ、それが仕事だから仕方がないとも思っていた。
妻が寂しいからそばにいて、と言っても、仕事で行くのだから仕方がない。
魔物と命懸けで戦って、妻がいる街を守る。
大多数の人々を守る。それが騎士という仕事だった。
留守にしている間、お互いその場でやれることを頑張り、帰宅したときは無事を喜び合う。
そんな生活を続けていたある日、妻から妊娠を聞かされた。
もちろん身に覚えもあったし疑っていなかったから諸手を挙げて喜んだ。
生まれて来るまで無理はしないように、と甲斐甲斐しく世話を焼いた。
遠征はゼロにはなれないが、頻度を控えてもらって妻に寄り添った。
最初からそうすれば良かった。
ほぼ一緒に生活し始めて、妻からいつ遠征に行くのか頻繁に尋ねられた。
身体が心配だからこれから控えると言えば、一瞬強張った表情をされた気がしたがとても喜んでくれた。
だから、子が生まれて小さいうちは遠征に行くのは止めよう、と思っていた。
月が満ちて、妻は無事に男の子を出産した。
出産自体命懸けだと聞いていたから、母子共に異常なく、健康であることをまず喜んだ。
妻と同じ、髪と瞳の色。
疑う要素なんて、何一つないはずだった。
息子は可愛かった。
初めて笑った日、初めて高熱を出した日、つかまり立ちをした日、一晩中泣いて夫婦で寝不足になった日。
いたずらっ子で大変だったが、とても、可愛かった。
「いつからだろうな。息子が、俺に似てないなって言われるようになったんだ」
きっかけは同僚騎士の何気ない言葉だった。
他の騎士の子が、父親とそっくりだった。それを見て、同僚がお前のところは似てないな、と言った。
妻に似ているだけだろう、と流したが、小さな棘のように引っ掛かっていた。
街で、息子にそっくりの男を見かけた気がした。
妻と、息子と一緒にいた。
確か、妻の職場の上司だった気がする。
息子の頭を撫でる男。きょとんとする息子。慌てて何かを言う妻。
点と点が繋がり、すとんと何かが落ちた気がした。
どうすべきか散々考えた。
妻は何も言わず、家庭を壊す気も無いんじゃないかと思ったから。
だが、その日をきっかけに妻が遠征に行ったらどうかと頻繁に言ってきた。
だから、言った。
「ダガートの本当の父親と会うためか?」
つい、口から出てしまった言葉だった。
妻は分かりやすく表情を強張らせた。
小さく震え、頭を振り、泣きだしてしまった。
ごめんなさい、違うの、寂しくて、あなたの子だと、あなたも悪い、あの人に無理矢理。
そんなお決まりの言葉を言われたが、全て耳を素通りするだけだった。
結局、妻とは離婚することになった。
ダガートは私生児だ。だが相手の男と再婚すれば嫡子となれる。だから、手放すことに胸が掻き毟られるほど痛んだが、息子の将来を思えば身を引かざるをえなかった。
だが、相手の男もまた、既婚者だった。
このままだと再婚はできない。怒った妻は相手の奥様にぶちまけた。
だが相手の奥様は歯牙にもかけず、夫の愛人を容認した。
離婚はするが、子どもたちのために別居はしない。婿養子の夫はクビにするが、私生児の教育費用は2人で賄え、と突き付けた。
男は全財産を取り上げられ、書類上の夫婦ではなくなったが奥様に雁字搦めに縛られた。
職も貯金も無いため、当然私生児の教育費用は妻1人じゃ払えない。
妻の年収と、男の年収を合わせた金額が1年間の教育費用だから。
収入の全てが消えるならば、生きていくことさえままならない。
国は私生児を許さない。いや、私生児を作り出した親を許さない。
どこまでも追い詰め、必ず費用を払わせる。
男は書類上は離婚し、再婚すれば家族で暮らせるはずなのに、と腸が煮えくり返ってもどうにもできない。
結局妻は、息子を孤児院に連れて行った。
「それを知ったのは、妻が病んで施設に入ったと人づてに聞いたときだった」
息子は笑わなくなっていた。
息子が幸せになれるなら、と身を引いたのに、何の感情もなくしてしまっていた。
不貞は子を巻き込んでしまう。
ただ生まれただけなのに、その存在を親に否定されるのだ。
「だから、息子を引き取った。幸せにしたかったから」
店主さんの言葉は、当事者でなければ分からない感情がありありと伝わってきた。
愛し合って結婚し、長い人生を共に歩むと誓ったはずなのに、そのかすがいとなる子を余所で作るなんて言語道断だ。
己の欲求を満たすために快楽を求め、その結果が実っても待っているのは不幸になる未来が多い。
人は生まれ、死ぬまでに幸せを求めていくものだ。
誰だって、不幸になるために生まれたんじゃないはずだ。
「ダガートさんは店主さんが引き取られてよかったと思います」
「そうかな。そうだと嬉しいけどね」
「養父に倣ってリリアちゃんを引き取ったと言っていました。自分がそうされたから、同じことを返すのだと」
それは並大抵の覚悟ではないだろう。
自分と直接関係の無い子だ。
ただ、部下の不貞の責任を取っただけのものだ。
きっとリリアちゃんを自分に重ねたのだろう。
だから、放っておけなかった。
「私はダガートには幸せになってほしいと思っているんだよ。私生児を引き取ったら、あの子の幸せはどうするんだろう、って」
「ダガートさんの……幸せ?」
「ダガートには、幸せな家族を作ってほしいと思っているんだよ。私は与えてやれなかったからね」
「でも、ダガートさんは結婚する気は無いと言っていましたよ」
店主さんは寂しそうに笑う。
そうさせてしまったのは自分だと罪悪感を抱えているように見えた。




