16.理由
食事のお礼に、と食器を洗うと、そのお礼に、とお茶とお菓子まで出してくれた。
こうしてお茶を飲みながら店主さんと話すのはよくあることだ。
「ごちそうになったのに、お菓子までありがとうございます」
「いいんだよ。氷室に入りきれないくらい作ったから、食べてくれてよかった」
2人で食べたあともまだ残っていたので、店主さんは容器に移して氷室に入れていた。
「息子さんは近くにいらっしゃらないのですか?」
「近くにはいるけど、ちゃんとした食事があるところに住んでいるからね。僕の料理より美味しいらしいよ」
朗らかに笑う店主さんの孫がリリアちゃん。
リリアちゃんの両親は……と考えて頭の中がハテナで埋まった。
「店主さんの息子さんって、騎士……ですよね?」
「そうだよ。僕の影響なのかなぁ。いつの間にか騎士になってたよ」
てことは、やはりリリアちゃんの父親が息子さんなんだよね?
……近くに住んでいるのかな?
いや、でも亡くなったと聞いたような気もするし、そもそもその騎士はマルセーズに住んでいただろうか。
「しかも、僕と同じ、私生児を養子にしちゃって。……バカだよねえ」
苦笑する店主さんの目には慈しみが宿っている。
息子さんのことを愛してやまない親の目だ。
「養女……ですか? リリアちゃんは、じゃあ、店主さんのお孫さんではない……?」
「ん? ああ、リリアはね、息子が引き取った子なんだよ。独身だけど許可が下りたらしくてね。そこは僕と違うけど、コネでもあるのかな」
と、いうことはまさか……。
「ダガートさんの、お父様?」
「そうだよ」
本当に、どんなご縁があるのだろうか。
何かに導かれ、それが望むとも望まずとも紡がれていくことに何の意味があるのだろう。
マルセーズは小さい街ではない。王都から離れた街の中でも、そこそこの規模はあると思う。
確かに父の営む商会やダリオが勤めていた商会を避けたとはいえ、それ以外にも勤め先としてあるはずだが、条件に合う場所としてピッタリと思えばその先に待っているのは不思議な縁だ。
もうおそらくどこへ行っても付いてくるだろうそれに、ため息しか出なかった。
「ダガートを知っているのかい?」
「はい。ここに来る前、騎士団寮で寮母をやっていました」
「そうだったのか」
就職の際、面接などは無かった。
「ここで働きたいです!」「本当? ありがとう」と2つ返事だったのだ。
そんなに軽くていいのか、と一瞬不安になったが、採用されてありがたいのは確かだった。
それがまさかダガートさんのお父様だなんて想像もしていなかった。
「あの、店主さん」
「なんだい?」
「リリアちゃんについて、なのですが」
最近リリアちゃんが文具店に来る頻度が上がっている。今の所私は裏方に徹しているため表に出ることはない。だから会わないとは思うが、万が一ということもある。
「リリアがどうかしたかな?」
「私が騎士団の寮母を辞めたのは、リリアちゃんがいたからなんです。彼女の母親が……私の元夫の浮気相手でした」
店主さんは穏やかな笑みを眉間にシワを寄せて険しくしてしまった。
子ども相手に心が狭いと思われるかもしれない。
大人げないと思われるかもしれない。
だが、まだ、私は、リリアちゃんと冷静に対峙できる度胸はないみたいだ。
「それは、辛かったね。リリアを見ると思い出す?」
「以前に比べて落ち着いてはいますが……、正直なところ会いたくないとは思います」
2年前に比べればだいぶマシにはなっているが、会わないなら会わない方がいい。
「そうか。分かった。エルシーさんには今まで通り裏方仕事をしてもらって、なるべくリリアに会わないように気をつけるよ」
「すみません」
店主さんの配慮にホッとして、お茶を一口含んだ。
面倒な人を雇ったな、と思わせてしまったかな。
「エルシーさん、辛かっただろう?」
店主さんがお茶を飲む間にぽつりと呟く。
辛かった。それはリリアちゃんに対してだろうか。
「リリアちゃんに罪は無いのは頭では理解しているんです。けれど、どうしてもその顔を見ると……」
「思い出すよねぇ。似てるんだもん。浮気相手にそっくりだから、嫌でも辛い記憶を思い出させてしまう」
そういえば、ダガートさんのお父様も奥様が托卵して、と言っていた。
……そうか、今の私の状況は、似てるんだ。
パートナーの浮気相手の子と向き合わなくてはならないという状況が。
ただ、店主さんは奥様と浮気相手との子だ。私はまだダリオの子ではないからマシなのかもしれない。
「店主さんは、ダガートさんを育てることにためらいは無かったのですか?」
自分と血が繋がらない子を、愛する人が生んだ。
それを黙って育てさせていた。
この国は不貞によって子を生み出すことを禁止している。
貴族なんかは政略結婚が主で、お互いの関係は義務だけで成り立っているらしい。
だから、義務さえ果たせばそれでいいらしく、婚姻関係を維持したまま恋人を作る人もいるのだとか。
国としてもそこまで強要するつもりはなく、黙認されているようだが、後継者に関わる問題に繋がるため、私生児を生み出すことは全面的に禁止されている。
恋に溺れた当主が、正妻の権利を恋人に渡してしまうことがあったらしく、その権利を守るため私生児を禁止した。
これを破ると、生まれた私生児に影響があるのだとか。
7歳頃から学び舎に通い出すが、私生児だと、貴族は全財産没収されるくらいの学費がかかるらしい。
平民は収入に応じて算出されるが、それでも生活が厳しくなってしまう。
どちらも愛する人との子を真っ当に育てられるからこそ私生児として生み出すことにしたのだろう、と解釈され、愛しているならばこれくらいできるよね? という国の主張らしい。
ただ、ダガートさんが生まれたときのように黙っていればバレないだろうと托卵を目論む人もいる。
された側は最悪だ。
我が子と思って育てていたのに、自分とパートナーとの子ではないのだから。
だから、店主さんが托卵の私生児であるダガートさんを育てられた理由が知りたかった。
「まあ、そりゃあ、沢山悩んだよね。自分の子として接してきたのは紛れもない、奥さんが裏切った証拠だから。……でもねぇ、血の繋がりとか関係なく、知ってしまった時点で既に息子として愛していたんだよ」
店主さんは穏やかな、そして少し悲しいけれど慈しみに溢れた目をしていた。




