15.沈んだ気持ちに一筋の光
仕事を終えて、夕食の準備に取り掛かろうとして氷室を開ける。残っているのは少しの野菜とお肉、ミルクにバター。
主食になる物はそういえば朝切らしてしまったんだ、と疲れた身体に鞭打って買い出しに出ることにした。
マルセーズは割と大きな街に入ると思う。冒険者ギルドは常に人の出入りがあるし、街の市場に建った屋台は日替わりで様々な物が売られている。
最近平民にも気軽に手に入れられるようになった氷室を使えば、食材のストックも容易だ。
ちなみに氷室をはじめ、食材を温めるやつとか、自動掃除箒なんかはリリアちゃんの実父の元奥様が王家に設計図を提出したらしい。
それらは貴族が出資して研究が重ねられ、今では小さい物ならば平民でも一家に一台氷室を持てるくらいに身近な物になった。
難点は魔力が無いと動かせないこと。
私は微力ながら魔力があるので難なく使えているが、魔力が無い人も使える魔道具があればいいな、と思ってしまう。
馴染みのお店で必要な材料を買い、寄り道はせずに帰途に就く。
街の喧騒は嫌いではないが、今は夕食をいただいた後はゆっくりと休みたかった。
「……ええ、そうです。すみません」
ふと、聞いたことがある声がして顔を上げる。
そこにいたのは、結婚するときにケンカをしたきり会っていなかった父親だった。
「エルシー……?」
「あ……」
「エルシー! 無事だったのか! 今までどこに……!」
父は記憶にあるより老けていて、少し痩せてしまったようだった。
「あの、痛い、です」
「ああ、すまない。ずっと、探していたんだ。この数年、ずっと……」
父はマルセーズの中で知らない人はいないくらいの大きな商会を営んでいる。
常に忙しくし、家族を顧みない人だった。
母も父に愛想を尽かし、今は別の場所で悠々自適に暮らしている。
兄は父に付いて商会の後継者として学び、奥様はやはり置いてけぼりだ。
「ここじゃなんだから、そこのカフェに入りませんか?」
往来で涙目の壮年の男性に若い女性が腕を掴まれたままだからか、にわかに視線を集めている気がする。
変な風に捉えられても嫌だから、以前ダガートさんたちと入ったことがあるカフェを指し示した。
「あ、ああ、そうだな。ゆっくりと話したいこともある」
ようやく掴まれた腕が解け、私は痛みが残る腕を擦った。
カフェに入り、店員さんの案内で席に着く。
夕食前だから、と私はフルーツジュースを注文し、父はコーヒーを注文した。
「ここのカフェはな、私がコーヒーの材料を仕入れた物を入れてもらっているんだ。まだまだお茶が主流だが、やがてコーヒーの時代が来ると思っている」
「……そうですか」
相変わらず父は仕事の話を活き活きとしている。
私は興味が無いのでそれ以上話を続ける気はなく、そのまま俯いた。
「……離婚、したんだってな」
「そうですね」
「ダリオがうちに来たよ。2年前くらいだったかな。エルシーが家を出たから帰って来てないか、って聞かれた。それからずっと探していた。離婚したなら、どうして家に帰って来なかったんだ?」
まあ、行くだろうな、とは予想していた。
私たちの結婚は、元々父が難色を示していた。
何故かダリオを警戒していたのだ。
当時ダリオを愛してやまなかった私は、半ば駆け落ち同然で押し掛けた。
駆け落ち同然とはいえ、同じ街中だが、帰らないつもりでいた。実際に会わなかったし救いも求めなかった。
だから、ほれ見ろと思われているだろうな、と帰る気になれなかった。
「ダリオとの結婚を反対されて、それを押し切って結婚して、結局失敗したのに帰れるわけないじゃない」
「それでも、何の便りも無く行方をくらますのは親として心配になるよ」
「今まで仕事ばかりで気にもかけなかったじゃない。いまさらなのよ」
困惑した表情をされても、父への信頼は無いし思惑通りになってしまったことに気まずさが勝る。
「……今はどこにいるんだ? 生活はできているのか?」
「心配いりません。私のことは放っておいて下さい」
「だが……」
「もし、またダリオが来ても、私はいないと。……死んだとでも言ってください」
「エルシー!」
父から所在がばれては元も子もない。
私は運ばれてきたフルーツジュースに手を付けず、代金だけを置いてその場をあとにした。
父の声も無視して帰り道をずんずんと進む。
どうしてみな放っておいてくれないのだろう。
私は平穏に過ごしたいだけだ。
心を乱されず、誰も憎まずにいたいだけだ。
「……最悪。買い物したやつ忘れてきちゃった」
引き返したらまだ父がいるだろう。今日はもう会いたくない。
今日はきっと厄日だ。
リリアちゃんが職場に来たし、職場の雇い主はリリアちゃんの関係者だったし、父には会うし、本当にいいこと無い。
惨めで、苛立って、悲しくなる。
たぶん私は、不和の女神に魅入られてしまったのかもしれない。
結局私は何も持たずに寮に帰り着いた。
「エルシーさん、買い物に行ったんじゃなかったの?」
「あ……途中で忘れてきちゃったみたいで……」
部屋に上がる前、店じまいを終えたらしい店主さんから話し掛けられた。
買い物に行って忘れ物だなんて、本当に情けない。
「そうかい。そんな日もあるよね。よかったらご飯一緒に食べる? ちょっと作り過ぎたみたいでさ」
「ありがたいご提案ですが、あまり食欲がわかなくて」
ぐぅううう〜……。
1人になりたくて断ろうとしたのに、私のお腹はそうはさせてくれなかった。
盛大に鳴った大きな音ににっこりした店主さんは、せっかくだから遠慮せずにと温かく迎え入れてくれた。
「すみません、おじゃまいたします……」
一応まだ20代前半なのに、人前でお腹を鳴らすなんて恥ずかしすぎて埋もれてしまいたい。
だが店主さんは気にせず料理をよそってくれた。
「遠慮せず沢山食べてね。1人じゃ食べきれないからよかった」
「ありがとうございます……」
いい匂いに釣られて着席し、食事を前にすれば 再度お腹がくぅ、と鳴った。
向かいに座った店主さんには聞こえていないようでホッとする。
意地を張ってもきっといいことはない。
お腹が空いては戦えぬ、と騎士たちも言っていた。
ありがたく頬張り、嫌な気持ちも全て呑み込んでまた明日から戦う糧にしよう。
「いただきます」
店主さんからのお裾分けは今までも何度かあった。
それまでは自炊したりダリオや騎士たちに作っていたけれど、誰かのご飯をいただく機会ってあまりなかったかも。
だからしっかりと味わって噛みしめる。
店主さんが作った料理は、その人柄と同じように、優しい味がした。




