13.嘘つきの戯言【side ダガート】
「どれくらいの規模になりそうだ?」
「魔物ってどこから湧いてくるか知ってます?」
「ああ。沼みたいな瘴気溜まりからだろ」
「そうです。先日、王太子殿下の依頼で瘴気溜まりがどれくらいの大きさなのかを見に行ったんですが、現時点では、まだ慌てる段階ではなさそうです」
「だがあと数年もすりゃ大群となって押し寄せる可能性もある、か?」
「その通り。それまではどうする事もできませんからね。少しずつ狩りながら騎士や冒険者を集めて対応する形になるかと」
ごくりと唾を呑み込んだ。瘴気溜まりができるのは数年に一度。大抵は人里から離れた場所にできる場合が多く、その時は冒険者たちが獲物だ、と刈り取ってしまう。
だが今回のように街の近くにできた場合は、基本的には街の騎士団が中心となって討伐隊を組み、冒険者たちの助力を乞う形になる。
「まあ、あちらさんが待ってくれるならこっちも準備万端にできるから楽なこった。早速明日から監視体制を整えよう」
「お願いいたします。俺も冒険者ギルドに周知して、気に掛けておきますので」
「嫁さんの参加は無理だよな」
「シーラさんはフレアの面倒を見ているのでしばらくは難しいかなぁ、と思います。回復薬はお願いしようと思いますが」
アスティは先日、自分の子が生まれたばかりだ。
女の子なんです、と来るたび成長している事を耳にタコができるくらいに聞かされた。
嫁さんはまだ体調が回復していないのだろう。無理はさせられない。
「ありがたいが、無理の無い範囲で。だがあると助かるからよろしく頼む。予算は出すから」
「王太子殿下にツケときますね」
街の騎士団の懐具合をよく把握してくれて助かるな。
まあ、魔物の大群が押し寄せれば街も無事ではすまないだろうから、騎士たちで食い止められればそれに越したことはない。
アスティが帰って、長く息を吐いた。
奴は親が不貞して生まれた私生児だった。
不貞する奴を心底嫌い、調査するのも執念じみていた。
自分は結婚なんかしない、不貞の因果を子どもに引き継がせたくないと言っていた事もある。
散々悩んだだろうし、何度も話し合った事だろう。
今は幸せそうに見えても、当人たちにしか分からない悩みは沢山ある。
それを乗り越えて嫁さんとの間に子を儲けた。
「俺には真似できねぇな」
自分の身に流れる因果を、愛した人との間に儲けた子に受け継がせるとか俺には無理だ。
……まあ、その前に、愛する女なんかいないんだがな。
そう考えて、たった一人が脳裏を過ぎる。
いやいや、ないない、一番可能性が低い女性だ。
確かに好ましいと思ったし、結婚するとしたら、間違いなく選ぶだろう……って違う、違う。
エルシーさんは絶対にダメだ。こっちに巻き込んでいい人じゃない。
彼女は元夫の不貞で十分に傷付いている。
不貞相手の娘と、とか絶対に……ダメだ。
思考が全て埋め尽くされる前に頭の中から追い出す。
頭を抱えて集中していると、扉を叩く音がした。
「おじさん」
「どうした、リリア」
思い詰めたような表情をしたリリアは、俺のそばまで駆け寄って来た。
「エルシーさんがいないの。ギルダに聞いたら辞めて出て行っちゃったって。どうして? リリアがお仕事の邪魔をしたから?」
勢いよくまくし立てるリリアの目に涙が溜まっていく。服を掴む手に力が入る。
「リリアのせい? リリアがいい子にしてないから? だから、ママやパパみたいに、いなくなっちゃったの?」
「リリア、落ち着け。リリアのせいじゃない。リリアはいい子にしてるだろ? エルシーさんはちょっと事情があって、別の場所で働く事にしたんだよ」
両方の瞳から涙が溢れる。
リリアはあまり感情を表に出さない。出せないといった方が正しいか。
いい子にしていればママが迎えに来るから、いい子にする。いつかパパが迎えに来たとき、褒めてほしいから……そう言って、同じ年頃の子より大人しく、素直でいい子だった。
それがエルシーさんの前では気を許しているせいか、ちょっとしたイタズラをしてみたり、子どもらしい一面を見せていた。
ブラントには甘える節も見られたが、大人の前では概ねいい子だった。
「エルシーさん戻って来ないの?」
「そうだな」
「おじさん、エルシーさん好きだったじゃない。どうして引き止めてくれなかったの」
「まあ、俺としても残念とは思うが、こればかりはなぁ……」
納得していない風のリリアに、リリアの母がエルシーさんの大切な人を奪ったから、と言っても、まだ6歳のリリアが理解できるか……。大好きな母親がそういう人だと知って、傷付くのはリリアだ。
「エルシーさん、リリアのこと、きらいになっちゃったかなぁ」
「どうだろうな」
「エルシーさん、嘘つかなかったの。分からないことは分からないって言ってた。知らないことも、知らないって。だから……」
ママはいつか戻ってくる。だからここで待っていよう、と大人は声をかける。だが、戻らないと知っている。それはリリアに嘘をついたことになるだろうか。
「おじさん、ほんとのことを教えて。エルシーさん、リリアを見るたび悲しそうにしてたの。泣きそうな顔をしてたの。ほんとは、出て行っちゃった理由知ってるんでしょ?」
涙を溜めて、リリアはまくし立てる。俺も父親に似たようなこと言ってたっけな。
「……リリアは、悪くないんだ。ただ、リリアのママとは仲良くないから、エルシーさんは離れたんだ」
リリアの瞳が揺れる。不貞の事実はまだ分からないだろうからと曖昧にしか言えなかった。だが、子どもながらに思うところはあったのだろう。今はそれで納得したのか、小さく頷いた。
「みんな、リリアを置いてっちゃうの。ママも、パパも、エルシーさんも、いなくなっちゃった」
「俺は置いて行かないぞ」
「嘘だよ。おじさん騎士だから、パパみたいにいなくなっちゃうんだよ」
リリアの父親は表向きは死んだ事になっている。
それに加え、リリアが養子に行ったから莫大な学習費用は払わなくてよくなったが、少しでも償いとして残したいと金を貯めていたらしい。
魔力が無いため冒険者たちに疎まれ、ほぼソロクエストばかりだとアスティは言っていた。
まだ若いからいいだろうが、パーティーを組めなければいずれ行き詰まる。そうすると命の保証は無い。
結局奴も漏れなく瀕死になり、アスティに助けられた。
その際左目を負傷し、ソロクエストを続けるには困難な状態になった。だから、アスティは裏稼業を紹介したそうだ。
ただ、もう表舞台には出られないし、リリアは2度と会うことができない。
だから頃合いを見て伝えなければと思いながら、時間ばかりが過ぎてしまった。
「いなくならないよ。おじさんは騎士だけど、団長だから余程の事が無い限りはここで指示出す人なんだよ」
「嘘だよ。みんな、みーんな、いなくなっちゃうんだ……」
リリアは置いてけぼりにされた、昔の俺だ。
心に深い傷を作り、大人を信用できなくなった、幼い俺だ。
ただ、幸運なことに、たった一人だけそんな俺に寄り添ってくれた人がいた。それが養父だった。
肩を震わせて泣くリリアを抱き締める。
「大丈夫だ。俺はリリアの養父だぞ? 中途半端な気持ちで引き取ったわけじゃない」
だから、俺も養父に倣ってリリアを育てる決意をした。
たとえ、淡い未来を考えられる人に出会っていたとしても、俺はリリアを手放すなんてできないんだ。
やはり俺にはアスティみたいに幸せな結婚なんか無理だな。
リリアを幸せにするだけでせいいっぱいだ。
自分に言い訳をし、リリアを慰める。
大人になって、上手くなったのは嘘を吐くことだけだった。
大変お待たせして申し訳ございません。
ぼちぼち連載を再開していこうかな、と思います。
休載中悩みはしましたが、当初思い描いていた構想から変えず、物語を展開していきます。
最後まで見守っていただけると嬉しいです。
完結まで、よろしくお願いいたします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾




