12.現実的ではない【side ダガート】
「行っちまったな」
エルシーさんの後ろ姿を騎士団長室の窓越しに見ながら独りごちる。
数奇な運命に導かれてやって来た人だった。
何の因果か、旦那の浮気相手の子がいる場所にやって来て、その子に懐かれた不思議な人だった。
飯も美味かった。仕事も丁寧で、騎士の中には狙ってた奴もいただろう。
だが、エルシーさんは絶望的にここにはいられない人だった。
リリアはここにいる寮母、騎士団員全員で面倒を見ている。
その中でも一番懐いていたが、好き好んで旦那の浮気相手の子がいる場所に留まるお人好しはいない。
リリアはシアラにそっくりだ。瞳の色も同じ。
愛する夫を奪った女の面影を背負う子どもの面倒まで見てくれなんて口が裂けても言えない。
「残念ですねぇ。シーラさんほどではないけれど、無自覚バフの便利さは一度味わったら抜けられませんよ」
エルシーさんが最後に淹れてくれたお茶を飲みながら、目の前の男──アスティは言う。
そう。エルシーさんは、この男の嫁さんのように、食事にバフを盛る事ができるサポーターだった。
エルシーさんが作った料理を食べた者は、いつも以上に力を発揮した。
彼女に魔法を使っている意識は無く、おそらく無自覚だ。
アスティの嫁さんのように、献身的な性格のなせるものだろう。
「まあ、エルシーさんがいなかった時に戻るだけだ」
「それもこれも、不倫ヤロウたちのせいですよ。あいつらが真っ当に別れてから付き合えば遺恨を残す事も少ないだろうに、何で別れてから次に行かないのか」
「安心して戻れる場所があるから、危険に足を突っ込みたくなるんだろ」
「……バッカじゃねぇの」
アスティは苦虫を噛み潰したような顔をして悪態をついた。
この男はこの世の不貞を全て憎み、根絶させるために動いている。
最早私怨とでもいうのだろうか。不貞された過去を持つ女性と結婚してから、その傾向が強まったような気もする。
「まあ、いいや。これ、頼まれてた魔法薬。シーラさん特製だから有難く飲んでください」
「ああ、すまん。助かる」
アスティの嫁さんの魔法薬は相変わらず性能がいい。一本で市販薬の数本分の効果があるのだからリオンがどれだけの逸材を逃してしまったのかがよく分かる。
「シーラさん、また実力を上げたでしょう? 適当に作ってるだけよ、って言いながらすっごいの作るからもうどれだけ実力を隠してるんだってめちゃくちゃリスペクトしますよね!」
……まあ、嫁さんからすればこの重苦しい男の方がいいのかもしれない。裏切る心配もいらないしな。
「でも、ここから去った人を守る魔法なんてかけ続けていたら、ダガートさんの身体がもたないでしょう」
「るせぇ。遠隔操作なんてお手の物だから見逃せ」
「ダガートさんが俺くらいの実力があれば見逃すんですがね。実際、そんなに得意じゃないでしょう?」
「貴重なバッファーを守ってんだよ」
まだ何か言いたそうにしているアスティを黙らせ、魔法薬を飲み干す。
大抵の魔法薬は苦いか無味無臭が殆どなのに、飲みやすくて喉をつるんと通過していくのは性能がいい証拠だろう。
魔力不足気味だった身体に浸透していくのが分かる。
「今度負担が減った改良型の魔法を考案してきますよ」
「へいへいありがとさんよ」
魔法を改良するなんざ、常人にはできないモンだ。それをあっさり改良して持ってくるって言うから、コイツの才能は計り知れない。
「……そういやよ、シアラはどうしてる」
二回不貞したシアラは現在王太子妃殿下の更生施設に収容されているらしい。
リリアは時折母親の面影を求めて門のところに座り込む。いつまでも迎えに来てくれると信じているからだ。
俺の養子にはしたが、シアラがいいってんなら母親の元に返す事はいつでも視野に入れている。
「今の所は模範生ですよ。意外にも」
「へぇ。ってぇと、出所も早いか?」
「さあ。不倫人が簡単に心を入れ替えるとは思えませんがね。二回も既婚者に手を出してる女ですよ」
アスティは目をすわらせ、ぺっと悪態をつく。
不貞した奴を毛虫程嫌うのも珍しいが、まあ気持ちはよく分かる。
一度目の過ちならば騙された、と被害者的立場で、当人同士の話し合いでどうにかなるケースもままある事だが、二度目ともなると意図的、実害のある加害者でしかない。
二度あることは三度あるとも言われている。
浮気する奴は中々直らない。
過去に独身と付き合った経歴でもあればなんだが、既婚者既婚者と続けばもうそれは狙ってるだろ、としか思われない。
そういう奴をアスティはとことんまで嫌う。
自分の母親が不貞した立場で、誰も幸せにならずにこの世を去った事も傷になっているのだろう。
「ま、でもお前はそういう女に引っ掛からなかったから良かったじゃないか」
アスティは口をへの字にして頬を掻く。
不貞調査の過程で出会った今の嫁さんとは上手くいっているようだ。
「シーラさんは真面目で愛情深くてちょっとおっちょこちょいだけどそこが可愛いから、自分の審美眼が素晴らしいと自負していますね」
嫁さんの話題を喋らせたら途端に機嫌がよくなるから、転がしやすいだろうなぁ、と苦笑した。
ま、嫁さん限定だけど、浮気の心配をさせない辺りは最高の相手だろうな。
俺にはそういう人、見つけられる自信も無いが。
──いや、いたな。一途で真面目で献身的な人が。
感情が抜け落ちて淡々としているが、本来ならば熱くてお人好しで面倒見がよくて、底抜けに優しい女。
彼女には幸せになってほしいと思っている。
たったひと月足らずの付き合いだったが、心の底から願っている。
「ままならねぇよなぁ……」
呟くと、アスティが真面目な顔になった。
「ダガートさんは結婚とか……」
「するつもりあるならリリアを引き取ってねぇよ」
元々そんな相手もいないし、予定も無い。
そもそも自分の子を残すという事が罪深いような気がしてそういう行為もご無沙汰だ。
「俺、自分がシーラさんとラルフと出会えて幸せになって、ちょっと欲が出てるから言いますけど、相手がちゃんとした人なら結婚も悪くないと思います」
普段ならこういう言葉は癪に障るが、今なら単純に羨ましいと思うのは、ちゃんとした人に心当たりがあるからだろうか。
「俺にとってのシーラさんみたいな人が、ダガートさんにも現れるといいですね」
お前の嫁さんは唯一無二だから難しいが、俺にとっての唯一無二といつかは……と想像して苦笑した。
現実的ではないからな。
「さ、雑談は終わりだ。今日はこれだけが要件じゃないだろ?」
話題を変えるため終了の合図をした。
アスティも今までと表情をガラリと変える。
「そうですね。王太子殿下のお耳には入れていますが、魔物の大群が押し寄せる兆しがあります。……ちょうど、地図で言うとこの辺り」
そう言ってアスティが指差したのは、俺らが住むマルセーズがある場所の少し離れた森だった。
ご無沙汰しております。
中々こちら更新できず申し訳ございません。
今後の予定をお知らせいたします。
現在アルファポリスにてコンテストに参加中の
「身代わりのあなたに花束を」
こちら現在小説家になろうでも連載中です。
テーマを見てコンテストに参加したくて無理矢理ねじ込みました…
すみません( ;´꒳`;)
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ヒーローの溺愛によってヒロインがツンデレになっていく、甘々なお話です。
ぜひお手にとってみてくださいね( ^ ^ )/
そして、こちらの番外編の本格的更新はもう少し延びそうです…
ですが、ぼちぼち不定期で書いていきたいと思っておりますので、変わらぬ応援をよろしくお願いいたします。




