11.新たな門出
「……決めたんだな」
「ええ。……近々、ここを出ようと思います」
「行くあては決まっているのか?」
「はい。先日見つけて……、先方には了承をいただきました」
「行き先は……」
私は一瞬だけ眉を顰め、曖昧に微笑った。先日ダガートさんからいただいた中には無いとは言えないことは、きっと鋭い彼なら察知しているだろう。
「……そうか。……残念だが、エルシーさんが決めたならこれ以上俺に引き止める権利は無い。短い間だったが、世話になった。ありがとう」
ダガートさんは丁寧に頭を下げた。
頭を下げられるなんて恐縮すぎてぎょっとしてしまった。
「こちらこそすみません。最初のお給料をいただいてすぐに辞めるなんて無責任で申し訳ございません」
「いや、エルシーさんの事情が事情だから仕方ない。俺も……リリアは放っておけないからな」
そういえば、ダガートさんとリリアちゃんは同じような境遇だと言っていた。
とすれば、ダガートさんもきっと……
「まあ、隠すようなことでもないが、実は俺も……いわゆる不貞の子ってやつだ。母親が不倫して、まあ、托卵てやつか。で、離婚したあと、親父の養子になった。ややこしいだろ」
冗談のようにおどけてみせるが、ダガートさんと先程の彼らが重なって何も言えない。
「……だから、リリアを養子にした。親父に倣ってな」
そういう事情があったのか、と納得した。と同時に、シアラに惹かれていたわけじゃないのか、とどこかホッとする自分がいて眉を顰める。
自分の感情が分からず、気持ち悪くて落ち着かない。
「エルシーさん、ありがとう。エルシーさんが幸せを掴めるように、祈ってる」
ダガートさんに手を差し出されたので、握手をする。
ゴツゴツして固いそれは、ダリオの柔らかな手とは違った感触だった。
その後私は荷物を整理し、ギルダさんにも挨拶をした。
「寂しくなるねぇ。まあ、暇があったらまたおいでよ」
ギルダさんに朗らかに言われ、恐縮しながら頭を下げる。機会があれば、と濁したが、それもまたお見通しなのかもしれない。
「そういや、あんた、ブラントに学び舎に行くように言ったらしいね」
「あー……えーと。今思えば説教くさかったな、と反省しています」
「そんなことないよ。学び舎は大事だからね。団長とか団員から言われても、あーだこーだ言って行かなかったやつが、急に行きたいって言うからあたしらも嬉しくてね」
ブラントはあのあと学び舎に復学した。
リリアちゃんを守る手段は1つでは足りないと理解したのかもしれない。
数年のブランクがあるからどうなるかは分からないが、元々素地は良かったらしいからすぐに追い付くだろう。
「それで、ついでと言っちゃなんだけど、あの子を養子として引き取ることにしたんだよ」
「ギルダさんがですか?」
ギルダさんは笑って頷いた。
養親となるならば、通常であれば両親揃っている方が望ましいとされる。
ダガートさんは特例だ。社会的な立場と環境が考慮されて養父となったと聞いた。
「息子の手も離れたし、あたしももう一人育ててみるか、ってね」
そんな簡単に……血の繋がりも無い子を家族として迎えられるのだろうか。
困惑する私をよそに、ギルダさんは話を続ける。
「あの子とあたしの息子、上司と部下みたいな感じでね。息子もヤンチャだからなんか放っておけないみたいでさ。相談したら、『じゃあ俺が兄貴になるか』って。まあ、審査が通ればだけどね」
ギルダさんは苦笑した。養子は基本的に両親が揃っていることが望ましい。1人親で養子を迎えられたダガートさんが異例なのだ。
だが、私生児の養子の件はダガートさんの知り合いに言えばどうにかしてくれそうな気もする。
「ギルダさんが母親になったら、あの子も生意気言えなくなりそうですね」
「ああ。びしばし尻を叩いてやるよ」
生意気に歯向かうブラント、それに対応するギルダさんと息子さん。想像して、思わず笑みが溢れた。
子どもは何も知らないわけではない。親の事情を何となく感じ取り、それがいけないことだと何となく分かれば口をつぐませてしまう。
それは子どもの精神を蝕み、気持ちの面でも憂鬱にさせてしまうだろう。
願わくば、ブラントが思っていることを全て吐き出して、それをギルダさんたちが受け止めてくれたらいい。
ブラントも、不安な気持ちを受け止め、甘えさせてくれる大人がいることに気づけばいい。
裏切る大人ばかりではないということを知り、信用できるようになれば、彼が守りたいリリアちゃんにも本当の意味で手を差し伸べられるだろう。
ギルダさんとの話を切り上げ、自室に戻る。
荷物をまとめ終えたらここを出る予定だ。
短い間だったが、中々濃い時間だった。
夫の不倫相手の子がいるなんて、思いもしなかった。しかもなんだか懐かれたし。
──もし、リリアちゃんと和解する道があったら、と考えて止めた。
連鎖的にシアラを思い出して唇を噛む。
子どもに罪は無い。
だが、親の罪を背負わされているのが子どもだ。
せめてダリオが不貞をしなければ、まだマシだったのかもしれない。
そこまで考えて、バチンと自分で両頬を叩いた。
何度もくよくよ悩むのは私らしくない。いい加減、負のループから抜け出さなければならない。
「よし、荷物を全部まとめちゃおう」
今はカラ元気、でもきっと、明日からは前を向ける。
ネガティブ思考を振り払い、私は荷物の整理に集中した。
数日後。
天気は快晴、新たな出発に相応しい、いい天気になった。
私は窓を開けて清々しい空気を胸いっぱいに吸い込む。
荷物をまとめ終え、自室の掃除も済ませた。
「短い間でしたが、お世話になりました」
ここから再び新しい出発だ。
ここに来たときよりもワクワクしている気がする。
騎士のみんなにも挨拶は済ませたので、出て行く時は無言となった。
名残惜しくなるから見送りも断った。忙しいから気が引けるし、深く親しくしていた人もいない。
門までの道で、何度か詰所を振り返る。
だが一歩、門を出た私は、振り返ることなく前だけを見て歩き出した。
少しばかりの未練を残しながら。




