46話 紡がれた命
いつしか聞かれたことがあった。エレニアに、こんなことを。
「ニーナってなんでクラブ入らないの?」
「クラブ? なんで?」
「だってニーナ魔法化学に興味あるんでしょ? 今フォルトニクスの開発も活発だしいい刺激になるんじゃない? 私は合わなかったけど、ニーナは器用だし将来薬の開発に携わりたいんでしょ?」
「まぁそうだね、入るつもりだけど」
「ならなんでさっさと入らないわけ?」
「うーん、ソフィちゃんには言わないでほしいんだけどね」
「ソフィリア? いいけど、なんで?」
「あたしがクラブに入ったらきっとソフィちゃん寂しがると思うから。せめて彼女が何かしらのクラブに入って誰かと仲良くなったら、あたしも始めようかなって」
「なにそれ過保護過ぎない?」
「そうかも。でもソフィちゃんはあたしの恩人だから・・・。あの子のためにできることはしてあげたいんだ」
ああ、なんでこんな時にこんなことを思い出すんだろう。
あたしの足には鎧の腕がきつくまとわり放してくれそうにない。ソフィリアはもう行った。だったらこれ以上あたしがしがみつくことないのじゃないか。
どっちにしても9年前に終わっていた命だ、ここで終わっても別に・・・。
「ニーナさん!!!!!!!!!!!!!」
「え」
刹那、ニーナの足が落ちる。
奈落が鎧とニーナをまとめて巻き込む。がれきの破片が落ちてきて、ニーナの顔にぶつかる。まだ鎧は彼女の足に捕まったままだ。そして彼女は奈落に落ちたはずだった。
「ソフィちゃん・・・?! なんで—」
「ニーナさん・・・! 壁に捕まれますか・・・?! 上がってこれ、ますか?!」
ソフィリアが彼女の腕をつかみ崖越しにつかむ。彼女の非力な腕力ではニーナと鎧の分の体重を支えるのなんて不可能だ。すぐに落ちてしまう。事実彼女の体はどんどん奈落のほうへ落ちている。
「ニーナさん、ニーナさん!! ちゃんと、捕まって・・・!」
「いいよ。ソフィちゃんもういいよ! もう無理だから、ソフィちゃんまで落ちちゃったらどうするの・・・? このまま私は落ちるから手を離して—」
「いやです・・・!!」
大粒の涙を流し彼女は叫ぶ。涙のかけらがニーナの頬に落ちはじける。
「そんなの嫌です・・・! 私はニーナさんのおかげでここにいます! ニーナさんのおかげで変われました・・・! ニーナさんと一緒に私は、私は—」
ダメだ、どんどん力が弱くなっていく。無理もない、彼女は中毒症状を抱えたままこうやって支えているのだ。今にも気絶しそうなレベルなはずなのに、当に限界は超えているはずなのに。
どうしてここまで、あたしを・・・。
「友達でいたいんです・・・!!!」
だがそこで服がするりと手を滑らせ、大きくニーナの体が縦に揺れる。
落ちたと思った。その証拠に鎧は奈落に落ちていった。落ちる音もなく、深々とそこに落ちていった。
ニーナの手はまだ彼女とつながっていた。あるものを通じて。
右手に巻いていたお守りがソフィリアとの手を紡いでいた。
紐の部分が重さでひしめき合っているがかろうじて繋がっている。
『アンのために作ったんだから、貴女が持っていなさい。きっとあなたの役に立ってくれる』
ふと脳裏に浮かぶ、母の声と姿。ニーナの帰りを待つたった一人の家族の顔が。
「・・・そうだね、そうだった。ごめんねソフィちゃん。足掻くのあきらめちゃってた」
「ニーナさん・・・!」
鎧も落ちたおかげで重さがかなり軽減された。だけど、彼女に力は残っていない。
壁伝いに行こうにも脆い土のようなものになっているので掴んでもすぐ綻ぶ。支えにはならない。多分両手で彼女を引っ張れば上がることはできる。だがそうすれば彼女が落ち来てしまう可能性もある。
どっちにしろ、詰みだ。
「待たせた! ソフィリア!! 私も力を貸す!!」
紫色の光が放たれた先からは、一人の人物が出てくる。
どこかで聞いたことのある声と、それは遠隔話術でも会話していた声とも酷似していた。
そしてソフィリアの体を支えるようにして彼女は覆いかぶさる。
その人物の手がニーナにも差し伸べられた。
「大丈夫、ではないな・・・。左手をこちらへ、1年生」
「先輩・・・!」
ニーナの腕を緩めることなく、ソフィリアはそう叫ぶ。
同時にヴィアトリクスの屈託のない笑みが2人を導く。
「よくがんばった。帰ろう、2人とも」
一連の騒動が落ち着きを取り戻し始めたのはそれから1週間後だった。
まず取り調べ兼報告も含めての調査が2人、ニーナとソフィリアには入ったが、ニーナは軽傷だったもののソフィリアはかなり重いマナ中毒にかかっており、集中治療室に運ばれる段取りとなった。その間ニーナは治療を受けつつも、魔法連盟の調査員による取り調べをされていた。
事件の間、生徒会とローズ含めたメンバーはアリーナ大倉庫に出現していたレイブンの調査のためアリーナ大倉庫でひと悶着あったらしく。今はレイブンはあそこにはないらしいが、あっちはあっちでもめていたらしい。なので事件が起きている間も対処が遅れた旨をヴィアトリクスは説明していた。
レムリアの当時の監督責任者として取り調べが行われたが、ある程度の短い期間のみの謹慎でその後すぐに復帰となった。彼女が悪いところなど何もないのだから当たり前なのだが・・・。
問題は今回の事件の首謀者だ。アリーナ大倉庫の件をニーナは知らない内容だったので、調査員からそれを聞かされて驚いていたという。ただその被害者がソフィリアだということは伏せられていた。これはヴィアトリクスとローズの意向である。
首謀者はソフィリアの証言からフレリシア教団ということが判明。レイブンが行使されていた痕跡からも確定した情報として認定された。フレリシア教団は元々過激派な宗教団体で、世界の洗浄と言う名目で各地でちょっとしたボヤ騒ぎを出していた。今回のような大きな事件が今まで例になかったので、フレリシア教団の名前が出てきたときはソフィリアの取り調べをしていた調査員も困惑していたらしい。
「あんたも運がいいわよね、アリーナ大倉庫の件と言い今回の件といい。どんな豪運なの?」
病院の一室でベッドに腰かけるソフィリアにアルドーラは壁に背を預けながらそうぼやく。
日付は5月12日。一通り調査も終わってソフィリアが回復してきたときに、生徒会のメンバーは総出で彼女の様子を見に来ていた。
「お前はもう少し言い方考えたらどうだ? こいつだって巻き込まれたくて巻き込まれたんじゃねぇんだし、そもそも生死を彷徨った後にお前の顔なんて見たくないだろう」
「はぁ? ファドリックに言われたくないんですけど? あんたも大概よその人相。子供が夜見たら泣いちゃうわよわーんて」
「二人ともよさないか、病人の前だ。きちんと静かにしていなさい」
アルディオラが2人を静止させながらソフィリアに謝罪する。副会長となるとこうやって取りまとめるのも大変だなと感じる。ソフィリアは「お構いなく・・・」とだけ言って布団を胸まで被る。
正直、寝ていたい。ここ数日治療や謎の胸の痛み、聞き取り調査でろくに寝れていなかった。今にも枕にうずくまって眠りたいのだが、先輩方の前でそれは失礼だ。
ヴィアトリクスがため息をつきながらも、果物を剥きながらこう言った。
「すまないソフィリア。どうしてもローズ先生が君に尋ねたいことがあってというのでな」
「先生がですか・・・? わたし、なにか悪いことしましたか・・・?」
「いやそういうわけではないだろうが、大事な要件ということは賜っている」
「なるほど・・・」
こういうパターンはいつだっていやな感じだ。変なことに巻き込まれないようにだけ祈ることにする。
「遅れたな、邪魔すんぞ」
ガラッと扉を勢いよく開けて入ってきたのは、あのいつも見慣れた顔のローズだった。いつもとは違うラフな格好に目が行くが、それよりも目の周りのクマのほうが気になる。
「遅いですよ先生」
「悪い悪い、少々例の教団の調査で忙しくてな。まぁなんだ、許せ」
「全くあなたって人は」
ヴィアトリクスがこれまた大きなため息をついて言う。果物を剥き終わったのか、ソフィリアの手に届く位置の机に置きそのまま立ち上がる。
「ヴィアトリクスだけ残ってあとは出ててくれないか?」
「私も残るのですか?」
「ああ、お前には知っておいてほしいからな」
なぜかわからないが、ヴィアトリクスはそう受けるとそれぞれのメンバーに目配せをしてそのまま退室を促す。
ヴィアトリクスは椅子を用意してソフィリアの横に、ローズは背中を大窓に任せて立つ。
「単調直入に言うぞ、お前が持ってたあのブローチ、どこで手に入れた?」
ブローチ? 一体何の話かわからなかったが、ヴィアトリクスが補足でこう続けた。
「ソフィリアが身に着けていたブローチ。悪いが解析させてもらった。あれは疑似的なゲートの役割を持つ古代遺物だ」
訳が分からず硬直した。




