45話 2年前の君へ
ありえない!ありえない! 私の攻撃をあれだけ受けてなぜ倒れない・・・?!
情報ではこいつは間違いなくクレドだったはず・・・。邪神眼で見たように奴のゲートはなかった!! なぜこんなにも魔法を行使できているのだ・・・!!
いや、魔法を行使できるのはまだ理解できるあの魔女もクレドだったが魔法が使えた。理屈はわからんが、それと同じ理由ということであれば納得はできる。だが、なぜだ・・・!
「なぜおまえは無詠唱で魔法を行使できる・・・?! お前は、魔女の後継者ではないのか?!」
「うるさい」
瞬間、ソフィリアの放った柱と矢が交差して男に降りかかる。
「プロティクト・・・!プロティクト!! この私がこんな後手に回るなど・・・! 許せぬ!!」
「敬語はどうしたんですか・・・? 顔、怖いですよ」
ソフィリアは多重行使というものを行っていた。一つの魔法にプラスして別の魔法に乗せて放つ技術。ただこれは詠唱が重なる関係上かなり実践向きとは言えないものだ。なので大抵は詠唱した後に放つまでに準備がかかる魔法の後に軽い魔法を詠唱して重ねて打つのが基本だ。
だが彼女はそれらの工程をすべて無視して魔法を乱発していた。
なんなんだこいつ・・・! 詠唱なしで4つ多重行使してきた・・・?! こんなもの魔法でも何でもない・・・! 攻撃に転じ得ん! プロティクトを行使するのに精いっぱいになってしまっている・・・! これはまずい!!
ペネントーラとセブンスアローの多重行使をソフィリアはし、それらが彼を追っている間に彼女は一瞬の隙をついてニーナの元へ駆け寄る。
「大丈夫ですか・・・、ニーナさん。治癒魔法を掛けておくのでもう少し待っててください」
「んん・・・・っソフィちゃん、逃げて・・・」
意識はないらしいが、命に別状はなさそうだ。刺さったままの柱を除き高速で止血する。
「こんなに難しい魔法をエレニアさんは・・・。すごいなぁ、ほんとに。私には難しい」
止血を済ませたころには彼はすべての攻撃を捌き、息が絶え絶えになりつつも、こちらには目線をしっかりと向けていた。
「はぁ・・・はぁ・・・。なんなんですか・・・?! 一体どういう力なのですか・・・! 私の50の槍を《《プロティクトを自身に50回かけて防ぐ》》など、明らかに常軌を逸している・・・!!」
「そうですか? あなたが弱いだけなのでは?」
「・・・貴様・・・!! ず、図に乗るなよ小娘が!!! 貴様の脳天をかち割って内臓まで引きずり出してやる!!!!」
「ご自由にどうぞ」
だが、ここで思わぬ状況に陥る。
ソフィリアの視界が急に歪む。おかしい、今の一瞬でめまいと動悸が一気に駆け巡る。
耐え切れずソフィリアは咳をしながら倒れこむ。息ができない様に男は言葉を止めて、高らかに笑いあげる。
「はは、ははははははは!!! なんですか、効いてるじゃないですか私の黒いマナが! 取り込んでるのにどうしてマナ中毒にならないか疑問でしたが、ただのやせ我慢でしたか! 滑稽なことですねぇ?」
笑いながらこちらに近づいてくる彼、だが今のソフィリアにはそんなことを気にする余裕はない。アリーナでマナ中毒らしき症状に陥ったときと感覚が似ている。これが本格的な中毒症状、明らかに、異常事態だと体が反応していた。
「まぁ、こんな引き際も悪くはないですね・・・。とりあえず、あなたは殺しますよ・・・。私のプライドと誇りを汚した罰として、一番痛ましい方法であなたを殺すですねぇ」
彼が止めにかかろうとした直後、何者かが彼とソフィリアの間に割って入る。
ニーナだった。止血されてある程度意識が回復した彼女は、両手を広げてソフィリアを護るような形で前に立つ。
「なんですか、あなた」
「ソフィちゃんには、指一本触れさせない・・・!」
「まぁ、健気ですねぇ。でもその娘は私を愚弄し、罵倒し、コケにし、馬鹿にした大罪がありますゆえ、それは難しいお話です」
「それなら私を殺してからにしなさい・・・!」
「それもまた良き、いいでしょう。ではまずあなたから—ん?」
突然彼の意識が別のところへと向けられる。恐らく彼が今しているのは遠隔話術という魔法だろう。遠隔から会話ができる魔法だ。マナの消費も最低クラスで常用されている恒常魔法。
「今いいところなのです、邪魔、しないでいただけますか? 学園の教師陣が・・・? 生徒会も、なぜそれをもっと早く報告しないのです!! そうすれば私も油断など・・・。いや、こっちの話です。・・・・わかりました。・・・・・・・引き上げます」
彼の意識は再度二人に向けられる。
視線を向けられたニーナは思わず肩を震わせた。
「運がよかったですねぇ、その友情のすばらしさに、今回は見逃しましょう。ですが、これで終わりなのも味気ない。最期にちょっとしたプレゼントを差し上げます」
彼がぱちんと指を鳴らす。刹那、食堂のテーブルだったところが床から崩壊していき、奈落へと変貌してしまう。
「この出口のない屋敷でその奈落と戯れるがいいです。幸運を祈ります、若き魔法使いたち」
次の瞬きの合間に彼は忽然と姿を消してしまった。
奥に倒れていた鎧も跡形もない。本当に現実だったのか疑いたくなるほどの衝撃でめまいがするニーナ。だがそんな悠長にしていられない。どんどん崩壊がこちらに迫ってきている。これも恐らく空間干渉の一種だろう。床がどんどん削れ、このままだと二人とも死んでしまう。
「ソフィちゃん起きて! このままだと落ちちゃう!」
ソフィリアは中毒が抜けきれず過呼吸になりつつあったが、なんとか彼女の呼びかけには応じることができた。
「ちょっと待ってて、入り口が本当にあっちにつながってないか確認してくるから」
ニーナがソフィリアを奈落から少し離れたところに放置して一人で入り口まで向かう。
見た目は来た時と何ら変わらない様子だが、確かに触れても何も起こらない。
「どうしよう・・・! このままだと本当に・・・」
辺りを伺う。周りには扉があったが来た時にその扉が開かれないことは確認していた。窓などもこの食堂にはなく密室状態だ。戻ろうにも大広間につながる扉はすでに奈落と化している。
こんな時に、自分が魔法を使えていたらと、ニーナは後悔した。
(ソフィちゃんは、ずっとこんな思いで過ごしてきたんだな。魔法が使えない人生なんて今まで想像もしなかった)
どんどんタイムリミットが近づく。自分では何もしてやれない、絶望するニーナの耳にふと声が聞こえてきた。幻聴かと最初は思ったが、耳を澄ませる。
〈飛べ!!〉
「—な、なに?」
脳内に直接語り掛けてくるこの感覚、知っている。これは魔法を行使した遠隔話術だ。その声は聞き覚えのある女性の声で、そう彼女に問いかけてきた。
〈レイブンに飛べ! 今なら間に合う!〉
「レイブンってこの入り口ですか? ダメです! 触れても何もならなくて・・・!」
〈それはさっきまで転移の阻害魔法が働いていたからだ! 今ならその阻害魔法を解除してあるから、こっちに来るんだ!〉
そう言われてハッとする。それが本当であれば、帰れる。嬉しさと安堵感で肩が落ちかけるがまだだ。ソフィリアを一刻も早くあちらに届けなければ。
「ソフィちゃん! 帰るよ! 立てる?」
「はい・・・それより、お腹の傷大丈夫なんですか?」
「何言ってるの、ソフィちゃんのほうがよっぽど重症だから」
変わらずほほ笑むニーナは、ソフィリアに肩を貸して預けるような姿勢をとる。
奈落はすぐそこだ、早く帰還しなければ。
まずはソフィリアを先に行かせる。横幅に人ひとりやっと入れる大きさなので先に彼女を行かせる。これでやっと帰れる・・・。
彼女が入り口に向かって歩みを出したときだ—。
「え」
左足に何かが捕まれる。硬い何か、その力はぐっと後方に引きずり出され入り口に行けない。
彼女の左足には消えたはずの鎧の上半身のみが動き、彼女の足をつかみ奈落に道ずれにしようとしていた。
奈落はもう、4メートル先まで迫っていた。




