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44話 覚醒

「ティアマト、お前には立派な魔法使いになってほしい。だからこうやって魔法を教えている。わかるな?」


「はい」


「基礎は終わりだ、あとは攻防魔法の応用だ。まずはゲートにマナを溜めるイメージをしろ。そこから魔法行使をする姿と形を想像して詠唱する」


「わかんないよ」


「やれ、ここで躓いていてはソフィの二の舞だ。やるんだティアマト」


 なぜこんな光景が今になって。


 子供のころの話、父は妹であるティアマトの魔法訓練に励んで一年経った頃だ。

 隔離された地下室で妹のティアマトが父にもう訓練を受けていた時、私はこっそりその光景を階段から見ていた。父にバレないようにこっそりと。今に思えばバレていないわけがなかったのだが、父としては私がいようがいまいが、どうでもよいといった感じだった。


「みぞおち辺りに力を込めて、溜めたマナを魔導輪を介して放出させる。とりあえず魔法の詠唱はいい、やってみろ」

「わからないです」

「いいから! もう一年しかないんだ! お前が頼りだティアマト! 姉妹そろって俺にまた恥をかかせるつもりか?!」


 雨の日も風の日も、嵐の日も、晴れの日も雪の日も、2年間ティアマトは練習に明け暮れていた。その風景を私も時々見守っていた。


「姉さんに何がわかるの? 魔法も使えない姉さんに私の苦労なんてわかるはずがないじゃん!」


 落ち込んだ妹にお菓子を作って持っていったが、その時にはそんな言葉を吐かれた。当時の私はまだ頑固で妹にも強く当たってしまった。掴み合いになり喧嘩をしていると、父が血相を変えて私の頬を叩いた。


 なぜティアマトには叩かないのか。疑問だったがあの人が言い放った言葉で私は納得した。


「俺の大事な娘に何をするんだ!?」


 この人にとって私はただの他人、ティアマトは大事な家族。

 魔法が使えないクレドの私は、あの人にとっての人生に邪魔なだけだったのだ。


 誰にも必要とされない人生だった。












「さてさてさて。顔はきれいなので取っておくとして、腹は傷が邪魔で売れそうにないですねぇ。私としたことが、失敗、でしたねぇ!」


 鎧に連れられて行く狭間にそんな会話が聞こえた。

 ダメだ、私には何もできない。何も変えられない。何も守れない。

 何もしてあげられない。何も与えてあげられない。


『魔法は好き?あなたはなれますきっと、だってこんなにも勇気があるんですから』


 お姉さんの声が聞こえる。昔の聞いた声だ。


『大丈夫、きっとできます』


 無理ですよ。ゲートないんですから。非力な私では体術もろくにこなせませんし。


『信じて、きっと大丈夫』


 待って、これなんだ。


『イメージして、だまされたと思って、魔法を紡ぐ光景を』


 これ知らない。なんだこれ。


『あなたならできる、あなたは魔法歴史きっての最強の―』


 魔法使いなのだから―。









 ガシャ


「ガシャ? 何ですか今のは」


 何の音か、男はわからないでいる。ニーナのローブをはいで柱を抜こうとする手を一旦止めてソフィリアがいた方向を見る。


 なぜか鎧が倒れていた。それも何か大きな軌跡を描いた柱が鎧をしたから突きさすような形で。


 その中央にはあの魔法が使えないソフィリアの姿があった。


(なんですかなんですか、何が起きたんですか? 奴はゲートがなく魔法が行使できないはず。それは間違いなく邪神眼ボイドで確認したはずです・・・。この女が魔法を、いやそれも違う。この女はここで気絶しているし、あんな膨大なマナを宿した魔法を魔導輪なしで的確に行使できるはずがない。つまり、どういうことです?)


 男は立ち上がり手に持っていたローブを捨てる。

 彼はソフィリアを怪訝そうな目つきで睨み、邪神眼ボイドを発動し彼女を見る。


「な、そんな馬鹿な・・・!」


 彼は絶句した。目の前の光景に感動と衝撃を受けたからだ。


 ソフィリアのみぞおちの上あたり、確かにさっき見たときゲートはなかった。だが今確認すると彼女の胸辺りにはクレートほどの大きさはないもののゲートは確かに存在していた。そのゲートは明らかに活性化しており、マナを大量に吸収していた。


 あの小さなゲートでここまでの吸収力。それはまるで―。


「あの忌まわしき魔女。フレリア・ダズリーン並み、ですね・・・!!」


 彼はこの状況でも不敵な笑みを浮かべていた。この状況を明らかに楽しんでいたのだ。

 興奮の絶頂にある彼はソフィリアにこう投げかける。


「その力はどうし、ました?? なぜ隠していたのか甚だ疑問です、ね!! こんなにお友達がボロボロになっていたのにどうして助けなかったんです!? 若き美しい友情のかけらもない言動に私はがっかりしておりますよ!!」


「それがなんですか。気持ち悪い」


 ソフィリアには似つかない低い声音でそう彼に言う。彼は先ほどまでの彼女のテンションの変わりように驚き若干後ずさりする。


(何を恐れているのです・・・! 所詮彼女は魔法学生の1年! こちらが多重行使を仕掛ければすぐに陥没するのも知れています! いくらあの魔女とマナの吸収力が同じだからと言ってその行使力とはかけ離れているはず・・・!)


「スタブ・ラッシュ」


 男は行使した後目にもとまらぬ速度で彼女に接近した。

 この魔法は教団が固有する魔法で一般には出回っていない。当たれば一時的に行動不能にする魔法でどちらかというと体術に近いものになっている。


 マナを両足に集め一気に距離を詰めつつ、そのマナを打撃する腕に瞬時に集めて攻撃に転じる。

 ソフィリアは完全に後れを取った。


 当たった衝撃で彼女の体は後方へ吹っ飛ぶ。壁に当たって軽く天井が崩れるが、男は煙たくそうにして彼女に歩み寄る。


「ゴホゴホ、おとなしく抵抗せずいたらお友達も楽に死ねたものを・・・。まぁこれでお友達の一人は死んで・・・」


 刹那、埃まみれの間合いから衝撃が走る。何かの魔法を誰かが、というよりもこの状況ならソフィリアしかいないのだが、彼女が放った魔法が彼に激突する。


「くっ、私としたことが彼女の詠唱を聞き漏らすとは・・・!」


 煙がなくなりソフィリアの姿が目に入る。

 彼女の体は無傷だった。ローブに若干埃がかぶるがその程度でほかには特に外傷はない。

 それよりも、男は彼女の姿の一部が目に入って激昂する。


「や!は!り! あなたは彼女の後継者だったのですね?! そのブローチ、久方ぶりに拝見しましたゆえ! 興奮が止まりませんぅ!!」


「何を言ってるんですか?」


「わからないですか? そうですかそうですか、それもまたよし・・・ですね!! まぁあの魔女の後継者ということがわかっただけでも対策のしようはいくらでもあります!!!」


 男は次なる魔法を行使した。


「アローズ・グラント」


 男の上から赤い矢が二本現れソフィリアに向かっていく。

 ヴィアトリクスが入学式で行使したセブンス・アローとは違い禍々しく、矢の数は劣るもののその大きさは比ではない。


 彼女はそれをよけるが矢は追尾性で後ろから彼女を貫こうとする。


「おしまいです、ね!」


 だがそれが彼女の体を貫くことはなかった。触れる寸前で矢ははじけ飛び、辺りに分散する。分散したマナは彼女の胸に集まっていく。


 その動きは、明らかに魔法を行使したものだった。彼女はいつの間にか自身に防御魔法のプロティクトを行使していた。


(おかしい、二度も詠唱を聞き逃すとは・・・。なんなんですかこいつ)


 笑みが消え苛立った顔立ちになりつつ男は次の魔法を行使しようとする。

 だがその前にソフィリアの行動が早かった。


「遅い」


 ダァァン!!! 鈍い衝撃音が食堂中を駆け巡る。


「がはっ・・・?! な、なんだ今のは・・・! 何が起きて—」


「結構難しいですね、足から手にマナを高速で置き換えるのは。練習しないと使い物にならないですね」


(こいつさっきから詠唱をしていない・・・? どうなってるですかこれは・・・!!それに今の魔法、私のスタブ・ラッシュではないのか・・・?! なぜ今の一瞬で―)


 男は衝撃を受けた右肩を抑えながら彼女を正面にとらえる。彼女の表情はひたすらに無だ。なにもくみ取れない、だがマナは彼女に一定量集まっていく。このまま消耗戦となれば確実に男がマナ切れを起こして敗北を期する。


(ならば、あの魔女が苦手だった黒呪魔法で圧倒するのみです・・・!)


 男はさらに腰を低くして手を地面にたたきつける。


「ブリッジ・アーティファクト。これで終わりです!!!」


 粒状の氷が何十個も形成される。黒く変色したそれらは一斉にソフィリアに向かって走り抜ける。


(あの魔女が唯一被弾した奥義です・・・! マナの消費が激しくもう撃つことは叶わないが、これをもってお前を沈めます・・・!!50の槍をとくと味わっていただきましょう・・・!)


 一斉に降りかかる氷の槍。黒く変色しているからか当たった直後に黒く飛散して飛ばす。


「その黒く変色したマナを取り込めばあなたは無事ではすみません! まぁ槍で穴だらけの貴女には関係のないお話だとは存じますが!!」


 すべての槍が当たり、黒い霧が周りに立ち込める。煙にも見えるこれはマナの粒子体で、これを吸ったものは重度のマナ中毒に陥ってしまう。ニーナは遠いので大丈夫だが、これをまともに受けた彼女は被弾することになるが。


「終わりですか?」


「・・・・なぜ、なぜ・・・?!」


「次は、こっちから行きます」


 彼女の目に宿る閃光が、辺りの黒霧を一斉に飛散させて男の元へ駆けて行った。

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