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43話 友情の利用

 

 完全にミスをした。

 魔導輪を置いてきてしまった。まさか使う羽目になるなんて思わなかったから。

 ソフィちゃんを連れ戻すだけだと思ったから。そもそも試験にも魔導輪は使わないし、授業でも実技の授業はまだなかったから寮のカバンに入れっぱなしだ。


 目の前の男、相当の手練れだ。対人戦の経験がないあたしでもわかるこの男の適性レベル。すべてのマナが彼に集まっていくような軌道になってる。きっとここであたしが魔法を行使しても彼には届かない。


 それにこの怪我、これじゃあまともに戦えないし逃げることすらできない。もしかしたらここでそのまま死ぬかもしれない。


 そうなったら、ソフィちゃんに申し訳ないな。入学してすぐにこんなんじゃ、きっと引きずってしまう。一生、優しいソフィちゃんのことだ。気に病んで学校も本当にやめてしまうかもしれない。


 それだけは絶対に、嫌だ。


 魔導輪がなくても魔法は行使できる。

 だがその正確性は魔導輪があるのとないのとでは雲泥の差がある。

 例えるならば花に水をやるとして穴のないジョウロで水を上げるのとそこに穴だらけのジョウロを使うのとで水やりの効率は圧倒的に違ってくる。行使はできるがうまくいくかも発動すらできるかも怪しい。


 そんな一か八かの賭けだ。


 痛みになんて負けていられない、魔法が使えないソフィちゃんはもっと怖いんだから。

 私がなんとかしてあげないと・・・。


「おや? おやおやおやおや?! そ、その傷で動くとはなかなかなかに素晴らしいですねぇ?! なぜそこまであなたは強いのですか?! は、まさかそれは友情! お連れのお友達を護るために体を張ったその熱い感情! いいものですねぇやはり神聖な友情は!! 敬意!にあたいしますぅ!!」


「うる、さい!! 魔導輪が無くてもあんたなんか倒せるに決まってる」


 立ち上がったはいいけど、これやばい。血の量がかなり多い。今はあいつのペネン・トーラの柱が運よく塞いで出血を減らしてるけど、動いたらやばいかもしれない。


 極力運動量の少ない魔法で奴を行動不能にまでさせられれば、ソフィちゃんだけでもなんとか。


「ではその素晴らしい友情に敬意を表して、殺して差し上げましょう」


 一気に冷たい声音になり、彼は魔導輪をした右手をかざす。

 彼の魔導輪は、真っ黒に染まっていた。


「ラコン・レクシドール」


 彼の放った魔法はあたしが知らない魔法だった。

 黒い模様が彼の周りを取り囲み、すかさず魔法を行使して彼に放つ。


「ペネン・トーラ!!」


 手から出た赤い光は柱を形成しつつあったが、すぐにそれらは崩壊する。

 やはり、魔導輪がないと無理だ。すぐにマナが飛散してしまう。


「ダメですよ、そんなに力を込めて詠唱しては。ゆっくり愛撫するように、なめからに、そっと蝶にキスをするようにして、行使しなければいけません。先生からナニヲオソワッタンですかぁ?」


 いちいち耳障りな発言をする。

 このままでは、2人とも・・・!


 途端にあたしの体に激痛が走る。


「っ・・・?! ああぁあああああ!!!」


「痛いですよね!! ああぁイタイイタイ!! 可哀そうに! 見てくださいお友達の表情を! 苦しみに耐えた結果さらなる苦しみへ誘われる地獄を!! この魔法はね古代の禁じられた死の魔法なんですよ! 黒呪魔法コクジュマホウと呼ばれるものでして、レイヴンなどの上級魔法とは雲泥の差がある最恐の魔法なのです!!」


 頭が割れる。まるで体が押しつぶされるみたいだ・・・。

 こんなの、死んだほうがマシなくらい酷い苦痛だ。


「やめてください!!! なんでもしますから! 私がなんでもしますからニーナさんを解放してください!!」

「なんでも??? なんでもって言ったらなんでもなの知ってマスカァ??」

「なんでもします・・・! 奴隷でもなんでもしますから!! ニーナさんだけは・・・!」

「ああ素晴らしい!! ゲートがないにも関わず捨て身で友達を庇うその覚悟! 感銘を受けました!! ええいいでしょう、なんでもですよねなんでも」


 彼は魔法の行使をやめた。その瞬間あたしの体から一気に黒い靄が消え去り、体が楽になる。お腹に刺さった柱なんて今の苦痛に比べれば角に足をぶつけたようなものだ。

 だけどそれよりも体の限界が近い、立ってられそうにない。


 倒れた衝撃で腹部に痛みが来るけど、まだ意識は保てる。

 彼がソフィちゃんに近寄っていく、ダメ、逃げて。何されるかわかったものじゃない。


 お願いだからあたしを置いて逃げて・・・!


「ソフィ、ちゃん」












 男はソフィリアに一歩、一歩近づいてくる。

 近くで顔を見ると一層気持ちが悪い、まるで悪魔の使徒なのではないかと思うほどにその表情は下劣だった。


「ではまず一つ目は何をしてもらいましょうか。そうです! あなた、私たちの仲間になりなさい」

「え・・・」


 思いもよらない言葉にソフィリアは絶句する。

 仲間ってなんだ? そもそもなにをする集団で何が目的かもわかっていない。

 何がほしいのだこの男は、まったく意図が読めずに混乱する。


 目と鼻の先にまで来た彼は、こうつぶやく。


「ん? あなた、ローブかなり痛んでますねぇ? なるほど、顔をよく見たらアリーナの件の学生でしたか・・・! これはこれは、運の悪い方ですねぇ! 一度ならず二度までも我々の計画に巻き込まれるとは・・・! なかなかなかに興味深い・・・!」

「あの、仲間って、具体的に何をするんですか」

「そうですね、興味ありますか? ありますですよねぇ? ふふふふ、我々フレリシア教団はこの世界の転覆を目的として動いています。邪神フレリシア様の元、我々は信仰崇め奉り、奔走しているのです・・・!! この世界に安寧を求めて!」


 何を言っているのかさっぱりわからない。

 宗教集団なのだろう、それもテロ行為を良しとしている犯罪集団だ。こんな人間が目の前にいるなんて、何かの悪夢か。ここには先生もヴィアトリクスもいない。完全に孤立無援。


 だがまだゲートは存在している。あっちから先生が応援に来てくれればどうにか・・・!


「期待、してますね?」

「え・・・」

「応援、救助を期待していますね。期待している顔をしていますですはい。それはノンノン、失行ですよすなわち間違った思考で考えていますねはい。残念ながらあちらとの綱渡りは終わっていますです。応援はおろかあちらに帰ることすら、できません」


 絶望のあまりソフィリアは卒倒しそうになる。

 なぜこんなことになったのだ。ニーナを置いて帰るのが正解だったのか? いやそうなればソフィリアは逃れたとしてもニーナはいたぶられてもう殺されているはずだ。ここまで奴が執拗に弄んでいるのはソフィリアとニーナの仲に思うところがあるということ。


 時間稼ぎが意味ないということを知ったソフィリアは覚悟する。

 自分があちら側に落ちることを。


「それで、ニーナさんが助かるなら」

「ダメ!!! ソフィちゃん!」

「いいですねぇ!! 友達を庇い、闇に落ちる幼き少女。素晴らしいですよ本当に! これに免じて殺すのは、やめておきましょう」


 だが、彼の行動は常軌を逸した領域のものだった。


「彼女は鎧に取り込みます。それがあなたにとっても一番いいでしょう」

「え?」


 理解できなかった。

 何を言われたのか、取り込む? どういう意味だ。わからない、思考が追い付かない・・・。

 殺さないといった直後に、どういうことだ。


「一度殺します。ですが鎧に取り込むことで息を吹き返します。まぁ、その時には今の彼女は存在しないですがね・・・」

「ふ、ふざけないでください!! 今殺さないって・・・! なんで!!」

「永久に保たれる友情、それを補完できるのです。素晴らしい考えだと、思いますが? あなたの身柄は鎧に任せます。私は、この少女を殺して追いましょう」


 彼の目は本気だった。ソフィリアから目を放し、ニーナの元へ歩いていく彼の背中はまさに怪物。魔獣よりももっと恐ろしい悪魔だ。鎧がソフィリアの元へ歩いてくる。剣をしまっているのか手元には剣はない。魔法が使えないソフィリアだと分かって臨戦態勢を解除させたのだろう。


 ニーナは倒れたまま顔をソフィリアに向かせる。


「・・・・・え・・・て」


 声にならない声を絞り出し、彼女が何か言っていた。


 逃げて。


 口の動きからそう悟った。


 助けの言葉を言えただろうに、彼女は最期まで他人の心配だけをしていた。

 最期の時までずっと。


 それなのに、ソフィリアは何もしてあげられない。離れないと約束したのに。


 ソフィリアの感情は、マグマのように吐き出される寸前だった。


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