42話 巨悪の根源
ひとしきり二人が泣いた後、あたりは未だに静けさに取り込まれていた。
あんなに騒いだのにあの鎧たちが犇めく様子はない。やはりあいつらに聴覚はないらしく、内心ソフィリアとニーナはほっとしていた。
ニーナがソフィリアの隣に座ると、作戦会議が始まる。
肩が触れる距離にニーナが座り、温かい感触がソフィリアの肌に伝わる。ローブ越しでもかなりわかるものだ。
「ここからだけど、あいつら二体だけだと思う?」
「わかりません、私が来た時には食堂側の鎧はいなかったんですけど。あいつらなんなんですか・・・? 幽霊か何かですか?」
「きっと魔法で動いてるんだと思う。空間干渉の魔法の類ね、かなりのマナを消費するから誰でも扱えるわけではないけど」
「つまりあれを動かしている人間がいるってことですか?」
「多分」
あれの正体が魔法によるものだということが分かればこっちのものだ。
幽霊だと思っていたが、人間の仕業というのであればその人間を倒せばいい話だ。
だがそんな技量はソフィリアにはない。ニーナは魔法でなんとでもなるが、それは彼女次第。命優先で帰還するか、こんなことをしている人間を正義感を盾にして捕縛するか。
そうなれば一躍学校の有名人扱いになるだろう。だってこんな前代未聞の事件の犯人を入学して1年生の立った二人が捕まえたとなれば、ヒーローに踊り輝く。
恐らく以前のアリーナ大倉庫での出来事もこの件と一緒のように思える。ニーナには極秘なので言うことはできないが、ここを逃せばまた同じ被害者が出てくるかもしれない。現状死人は出ていないがそれは運がいいだけで、いずれ必ず犠牲者は出る。
そんな考えでソフィリアはニーナに提言する。
「ニーナさん、この場所にいる犯人捕まえたいです」
「ダメよ、何が何でも帰還が優先。そんなのあたしたち二人では絶対無理」
一瞬で否定されてソフィリアは悲嘆にくれる。
その様子を見たニーナは先ほどの1件で敏感になっているのか、慌ててフォローにかかる。
「ソフィちゃんの気持ちもわかるけどね?! 二人だけじゃ流石に危ないから、帰って先生に報告するのがいいと思うの! ソフィちゃんの考えを否定してるわけじゃないから!」
「ぐす、ありがとうございます」
「そうと決まれば、出るよ。あの鎧も2体とは限らないから慎重に行きましょう」
そう言ってニーナは外に一歩出る。
靴はある程度乾いたのかすぐに履いていた。靴下はもう履けないと悟ったのかローブのポッケに入れてそのまま外に行った。
ゆっくり扉を開ける。鎧の姿はない。食堂につながる階段にもそれらしきものは見当たらず、続けて左のろうそくがあった部屋の扉も見る。そこからも特に何か見えることはない。安全なようだ。
「行こう、ゆっくりした歩幅で」
「はい」
小声でそうやり取りする二人、慎重にじゅうたんの上を歩き食堂を目指す。
扉の周りにはランタンが飾られておりそこは若干明るく見える。だがそれが逆に不気味に感じた。
「離れちゃだめだからね」
「はい」
ぴったりと後ろを歩くソフィリアにニーナはそう声を掛ける。
心配の意味を込めた言葉でもあるのだろうが、裏を返せばニーナだけが頼りの状態だ。油断はできない。
食堂の扉まで到達してゆっくりとここも開ける。
誰もいない、物音ひとつしない。暗いが目が慣れてきたのか道筋はある程度分かった。
奥にあの入り口がある、よかった消えてない。そう安堵して二人が進んだ直後。
右からガシャっという音がした。ソフィリアは一瞬の判断でニーナを両手で前へ押し出す。
ガン!!!という金属音のたたきつけられた音が食堂中に響く。その衝撃で机に並べてあった皿のいくつかも振動して共鳴する。ソフィリアの耳もその衝撃で鼓膜が軋んだ。
「ソフィちゃん!!」
「ひ?!」
ニーナの呼ぶ声で気づくことができたが、いつの間にか後方に鎧が立っていて、ソフィリアのローブに手をかけようとする。
それをすんでのところで回避したソフィリアはニーナの元へ駆け寄る。
「ニーナさん! 大丈夫ですか?」
「大丈夫! ありがとねソフィちゃん」
笑みを浮かべるニーナだがさすがの彼女も余裕がない様子で、すぐに鎧に視線を向けて睨みつける。
ここから入り口までダッシュすればなんとかなるか?
「走れますか?」
「うん大丈夫、入り口はこっち側だから走ったら間に合うはず。5秒後に二人で走り抜けましょう」
「はい」
そうやり取りしている間に鎧は体勢を整える。剣をたたきつけた鎧はなぜか剣先の刃に手を当てて確認している。刃こぼれを見ているのだろうか? とても人間らしい動きが逆に気持ちが悪い。
そして5秒後、2人は息を合わせて入り口に駆ける。
持久走後の彼女は少しきつかったのかスタートダッシュが遅れる、だがソフィリアについていこうとしてなんとかくらいつく。
これなら確実に間に合う、そう確信した。
だが、それは蜘蛛の糸のごとく絶たれる。
「ペネン・トーラ」
どこからか男の声が聞こえる。
どこかはわからない、だけどそれは魔法の詠唱そのもの。
男の声なのでニーナではない。誰だ? というよりも今の魔法は、誰に向けて放たれて―。
「いっ・・・! あぁ・・・!」
入り口寸前でニーナの悲鳴が聞こえる。
ソフィリアは止まり後ろを振り返った。
彼女の右腹に赤い柱が1本突き刺さっている。地面に映る赤い液体は魔法によるものではない。明らかに出血したものだった。
「ニーナさん!!!!」
「だめ! 早く逃げて・・・!」
状況が一切わからない! なぜニーナに魔法が行使されているのだ? あの鎧は魔法も使えたのか? 何一つ状況がわからなかった。
奥から3体目の影が現れるまでは。
「素晴らしい! とても素晴らしい! 友情というやつだね? いいぞ、もっと見せてくれ・・・。学生の友情ほど美しく気高いものはない!」
黒いコートを羽織った男が現れる。身長は170センチ台、鎧の間から縫って出てきたそいつはおそらく鎧を動かしていた張本人。その証拠に鎧はその男に見向きもしない。どころは敬礼のような形のポーズまで取り敬意を示していた。
「あんた・・・、誰なの・・・?」
「いやはや今どきの若い学生は礼儀もわきまえていないようですね。人に名を訪ねるときはまずは自分から名乗ること。これは社会の常識ですよ?」
いちいち気に障るしゃべり方のその男は不敵な笑みをうかべながらそう話す。
ニーナは変わらず男を睨みつけ、無言を貫く。訳の分からない人間に自分の素性を明かすものはいない。それを男も分かっているようで再び笑みを浮かべる。
「いいですねぇ、いいですよ。その顔、いいですいいですいいです!!そうですよねぇ、こんな得体のしれない妙な人間に馴れ馴れしくされては不愉快ですよねぇ。その苦痛に満ちた顔、いいです」
「何が目的なの・・・!? あんた、ハープネスにこんなことしてただじゃすまないわよ!」
「威勢も、いいですねぇ! ですがそれはノンノン、失策ですねぇ。そんなこと言っては手の内がないこともバレちゃいますよぉ?」
「な、なに言って」
ソフィリアの分からない問答をしている二人に彼女はただ困惑した顔で傍観するほかなかった。ニーナはかなり辛そうだ。倒れて刺さった柱に手を触れているが、止血できそうにもない。深く刺さったそれはもう魔法を使わないと治癒できない。
男はニーナに指をさしてこう高らかに叫んだ。
「なぜならなぜなら! あなたは今成す術がないから! これからただただなぶり殺しにされるというのに抵抗するすべがない!? これはこれは、なかなかに詰んでますねぇ?」
「はは、こう見えてもあたしはハープネスを実技枠だけで合格した人間、あんたみたいな変態になんか負けないわ!」
「おやおやこれはこれは、なかなかなかに威勢がいいですねぇ。それはお連れのお友達に心配をさせないためですかねぇ? どう思いますかジョニー?」
男は右に立つ鎧に近寄り、耳打ちをするような体勢をとってやり取りする。その鎧もなぜか彼に話しかけるような素振りをとってジェスチャーする。
実際は声なんて出ていないのだが、その行為が2人の嫌悪感を倍増させる。
「ふむふむ、そうですねぇ。ジョニー。彼女の姿は仲間想いでとても健気で初々しいですねぇ。あなたのタイプにもばっちり合っていますか。ボルディックはどうですか?」
反対の鎧にも同じ作業を施す。
「うんうんそうですねぇなるほどなるほど。確かに魔法が使えないのにそんなはったりをかまして相手の様子を伺うその度胸は敬意に値、しますねぇ?」
ギロっとニーナを睨む男の顔は、もはやこの世のものではないのではないかと思うほどにおぞましいものだった。
それよりも、魔法が使えない? どういうことだ。今のはソフィリアに向けられて放った言葉ではない。
「・・・っ」
「あらあら?! 図星を突かれて声も出せないようですね? これはこれはいいですねぇ?! 仲間を護りたい一心で付いたはったりがいとも簡単に破られて可哀そうに・・・! さぁこの状況どうします? ハープネスの若き魔法使いたちよ! まぁ、奥にいる女の子に関しては、そもそも魔法が使えないみたい、ですけどねぇ!」
すべてが見破られている。何もできない、逃げることも戦うことも。
実質1対3のこの状況、どうすれば・・・。




