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41話 交わり

 ニーナとソフィリアはあそこから離れて元来た道に走り駆けた。

 だが食堂につながる扉にまたも同じ鎧がおり立ちふさがれる。その鎧はこちらには気づいておらず、ただ体をゆらゆらさせるだけで時計のほうをボーと見ていた。


「ここにいったん隠れよう!」


 ニーナはそのままソフィリアの手を引いてあの水が溢れている部屋に駆けこむ。ソフィリアがあの部屋の扉を閉め忘れていたのでニーナはここへ逃げられると思ったのだろうがここは浸水して先に進めない。もし奴らにバレれば袋のネズミだ。


 扉をゆっくり閉めると、ニーナは「なにこれつめた!?」と声を上げる。水に気づかずそのまま進んでしまったようで片足を水に突っ込んでしまったようだ。右足は濡れ靴下まで水にさらされる。水下は階段になっており下に行けるようだが、とてもではないがこの水温と深さでは行く気にはなれない。


「とりあえずここでやり過ごしましょ・・・」


 ニーナは靴を脱ぐと壁伝いに背中を預けて腰を下ろす。ソフィリアは向かいの壁の端に座り込み、心臓の高鳴りを落ち着かせようとしていた。


 正直まったく状況がわからない、一体どうしてこんなことになってしまったのか・・・。

 整理していると、靴下まで脱いで乾かしていたニーナがぼそっとソフィリアに向かってこう言った。


「怪我無かった? 危なかったね」

「はい。大丈夫です、それよりも足大丈夫ですか?」

「うん、まさか水浸しとは思わなかったな。すごく冷たかった」


 落ち着いた声音でそう話すニーナ。

 今すぐにでも取り乱して大声で助けを呼びたかったソフィリアに比べて彼女の様子に特段変化はない。これが魔法を使える人間の慢心なのか。

 ソフィリアは不意にそんなことを想って聞いてしまった。


「なぜそこまで冷静なんですか?」

「なにが?」

「だって、ニーナさんいつもと変わらない感じなので。こんな、訳の分からないところに飛ばされて、意味の分からない化け物に追い掛け回されて、なんでそこまで落ち着いていられるんですか」


「なんでって、冷静じゃないけどなぁ。来た道戻れるようになんとかして試験に戻らないとね」

「魔法が使えるからですか?」


 愚痴に近いそんな質問に、ニーナは顔を上げる。

 ソフィリアは彼女の目線に合わせることはなくただ床をじっと見つめていた。


「魔法が使えるからそこまで安心なんですよね? いざ襲われても大丈夫だからそこまで冷静なんじゃないですか?」


「・・・・・・うーん、そうなのかな・・・。怖いけど、魔法でいざとなったら私がおとりになってソフィちゃんは逃げられるから。ソフィちゃんもそこまで怖がらなくてもいいと思うよ」

「そういう問題じゃなくて―!」


 思わず声を出してしまったソフィリアだったが、それを気にする余裕なんてなく、今の正直な気持ちを吐露する。


「なんで私を追いかけてきたんですか?」

「試験の途中だったから」

「試験はニーナさんには関係ないですよね。私が試験断念したところであなたには、関係ないんですから」

「・・・なんでそんなこと言うの?」

「ニーナさんこそ、なんでそこまで優しくするんですか・・・!!」


 ソフィリアは思わず立ち上がりそう叫んでしまう。聴覚があるかわからないが、鎧にもし気づかれたら一巻の終わりだ。だが、そんなこと知らないというように彼女は言葉をつづける。


「もう、私にかかわらないでください」

「いや」

「・・・っ、なんでですか?! こんなにニーナさんを否定して、大事なお守りもあんなことして・・・。そこまでされてどうして追いかけてきたんですか!!」


「友達だから」

「友達って、友達だからこんなわけのわからないところにまで助けに来たっていうんですか? そもそも私はここに来てなかったのにニーナさんが入っちゃうから二人でここに閉じ込められたんですよ」

「そうだったの? それは、馬鹿なことしたなあたし」


 ニコッといつものように笑みを浮かべるニーナを見てソフィリアはまた顔をゆがめる。


「私はニーナさんに何もしてあげられない。友達でも何でもないです、私がニーナさんの隣にいるべきじゃないです。なんでそれがわからないんですか」


 涙を流すソフィリアはそのまままたうずくまる。

 頭を抱えて吐露するソフィリアをただ黙って見守るニーナは、密かに首に下げたお守りを片手に握りしめていた。右手に紐を括り付けて、まるで自分を律するように。


 彼女は立ち上がり、ソフィリアの元へ駆け寄り頭を胸に寄せて抱きかかえる。

 ソフィリアは今何をされたのか一瞬わからずに目を右往左往させる。目の前にはニーナの服しか見えない。


「あたしはね、ソフィちゃんだから隣にいたんだよずっと」

「それは私が―」

「クレドだからってわけじゃない、同情の気持ちであなたの隣で生活してきたわけじゃない。ずっとお友達になりたかったの、それは入学式の時に伝えたはずなんだけど、伝わってなかったかな」


 変わらず優しい声音で話す彼女、ソフィリアは抱きかかえられたまま抵抗することはなく、彼女の言葉に耳を傾ける。

 そうであってほしかった。同情の気持ちで傍にいてくれていたなら、思い切ってこの手を突き飛ばせられるのに、そうさせてくれない。


「ソフィちゃんの気持ちが知りたい」

「私の気持ちですか・・・?」

「うん、ソフィちゃんが何に怒って、何に感動して、何に喜ぶのか。それを知りたいの。だってあたしのことばっかり知ってるのにソフィちゃんのことをあたしが知らないのは不公平じゃない」

「それはそうですね」

「だから、今の貴女の本音が聞きたい。あなたはどうしたいの?」


 どうって、どうって決まってるそんなの。

 学校をやめてここを離れる。それがニーナさんのためで、私のためで、エレニアさんのためで、この学校のためで。お母さんには申し訳ないけど、帰った後に仕事についてすぐにお金を入れるようにすれば許してくれる。


 決まってるそんなの。

 クレドである私が、ニーナさんの周りにいたらだめだ。

 きっと同じ目に遭う。クレーシアさんが言ってたように、それが私に課せられた呪いであり、罰なのだ。

 だから、だから―。




 言え、嫌いだと。

 学校から去ると―。

 言え。


























「離れたく・・・なぁいですっ・・・!!」


「ソフィちゃん!!!!!」


 再度強い力でニーナはソフィリアを手繰り寄せる。あまりの力強さにソフィリアは一瞬息ができなくなるほどだったが、それは多分吐露させた気持ちに対する安堵から来た嗚咽のせいだろう。


「ごめんなさい・・・! ひどいこと、言ってごめんなさい!! お守りも投げてごめんなさい!! 迷惑かけてごめんなさい・・・!!」

「ううん迷惑なんて思ってないよ・・・。無事でよかった・・・、あたしこそごめんね。もっと早くにこういうべきだった。ごめんね、ソフィリア」


 真っ暗闇の中、互いに漏れる感情。あふれだす本音。

 それが混ざり合ったとき、ソフィリアの心が揺れ動く。

 それに共鳴するかのように、かすかに彼女のかけたブローチが青く発光する

 がそれに二人が気づくことはなかった。

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