40話 イレギュラー
ソフィリアは無我夢中で走った。
みんなからできるだけ遠くに逃げようと、逃れようと必死で走った。
視界は涙で滲み前が見えずらかったが、行先は決まっているので見えずともたどり着ける。
以前ローズがサボりに使っていた小さな空間。偶然にも先ほどの異質な部屋の近くにその空間はあったが、今の彼女にはそれを気にする余裕なんてなかった。
小さくうずくまり体操座りのまま彼女は嗚咽を走らせる。
やっぱり駄目だった。お姉さんに言われた通りここまでやってきたけど結局ダメだった。
結局クレドはどこに行っても邪魔なだけで誰にも必要とされない。なにもできない、何も得られれない。ただただ気持ちが押されるのみ、誰かに迷惑をかけてこうやって一人で泣いて。
「もう、帰りたい」
カツカツという足音が聞こえてくる。
誰かが彼女を探しに来たのだ。居場所が悟られないようにソフィリアは、はっと息をのむ。嗚咽を必死に我慢してこらえる。この場所はかなり奥まったところにあるので目の前に来ても息を潜めておけばバレる心配はないはずだ。大丈夫。
「ソフィちゃん・・・?! どこ!? ソフィちゃん!」
探しに来た人物がニーナと知ったときには思わず肩を震わせた。
なぜ彼女はここまで人にやさしくできるのか。以前あんな酷いこともして謝罪もできていないのに、どうしてなのか。彼女にはさっぱりわからない。
だけど、探しに来てくれたことがうれしく感じる自分も確かに存在していた。それが嫌で嫌で、自分の行動と本音が逆行している状況に吐き気を催す。
「ソフィちゃん、先生も心配してるしクレーシアさんも言い過ぎたって反省してるから・・・! だから一緒に帰ろう? 出てきてソフィちゃん」
嘘だ、あのクレーシアが、広場で待機していた時にあんなことを言っていた彼が反省なんてするはずない。だってアンジェリーナにさえあんな酷いことを言っていたのだ。今更謝罪なんてされても困るだけだ。
それに彼が言っていることはすべて事実。否定することはできない、受け入れるしかないのだ。
受け入れて生きていくしかないが、それを真正面から受けて彼女は逃げ出してしまった。周りの人間にも大きな迷惑をかけて。
「戻れないです」
自分にしか聞こえない声量でソフィリアはそうつぶやいた。
「ここかな・・・? ソフィちゃん、いる?」
ニーナが不意に立ち止まり、ある一室の扉を開けていたようだ。当然そこにソフィリアはいない。早々にあきらめて切り上げて帰ってほしいところだった。
だけど彼女は進んでしまう、ある言葉を廊下に置いて。
「この入り口・・・なに? なんでこんな・・・。ソフィちゃん、この中にもしかして・・・」
ソフィリアの背筋が凍る。はっとして彼女は急いで狭い空間から顔を出してニーナのほうを見る。
ニーナが開けていた扉はまさにさっきソフィリアが空間干渉魔法で作られた入り口があったと錯覚した部屋だった。だが再度確認したときはそんなものなかったはず、それはクレーシアも目視で確認してくれたはずだった。なぜ、また現れているのか。
部屋からは紫色の光が漏れ出ている。確実にあの入り口だ、アリーナ大倉庫で見たあの地獄の門に違いなかった。
「ダメ!! ニーナさん!!」
ソフィリアが思わず叫ぶが彼女は消えてしまった。遅かった、言葉を放った時には彼女は中へ進んでしまっていた。ただ声は聞こえたはず、すぐに出てきてくれれば大丈夫なはず・・・。
だが20秒ほど待っても彼女が出てくる気配はない。入ってしまったのか、それともあの部屋の中で魔獣に・・・。
「ニーナさん・・・!!」
最悪の展開が脳裏をよぎる。今は生徒会の人もレムリアもいない。ローズもアローラも、一年生ながらある程度の治癒魔法が使えるエレニアもいない。クレドのソフィリアしかいない。
自分の力ではどうしようもない、だからって友達を見殺しなんてできるはずがない・・・!
ソフィリアは部屋の扉を開ける。あの入り口がまたあった。アリーナの時よりは小さいが、人が入れるスペースはある。周りに魔獣はいない、そしてニーナの姿もない。
入ってしまった。直感的にそう感じる。
「今、行きますニーナさん・・・!」
彼女は誰かを呼ぶことなど頭からすっ飛ばして中に飛び込んでしまった。
ただ実際この時の彼女の行動は正しいと言える、目を放せばまた消えてしまうかもしれない。もし入り口のさきに魔獣が待ち構えているのであればそれこそ助けに行く時間なんてない。
それにニーナを見つけたらすぐにまた入り口を介して戻ってくればいい、この時はそう思っていた。
肌に冷たい空気が刺す。辺りは暗闇に覆われよく見えないが、どこかの屋敷のようだった。
においは腐乱臭にもにた不快なにおいが漂う。視界もかなり悪いが、少なくとも周りにニーナはいないようだ。ソフィリアは目を凝らしつつ辺りを散策する。
ここは食堂のようなところでかなりの数の椅子とテーブルが円を囲むようにして並べられている。どこかの貴族の屋敷のようで、その広さはB寮の大浴場よりも広い。
食堂を出ると大きな広間に出る。赤いじゅうたんの上には何かシミができていて、まるで血のようにも見える。その空間はまるで舞踏会に出てくる会場のようだった。
瞬間大きなゴーンという音が鳴りソフィリアは驚き後ずさる。壁に立てかけられている掛け時計がなっていた。時刻は6時の針を刺している。時間がかなりずれていて、秒針もいったりきたりでめちゃくちゃだ。それが異質な空間の違和感を強めている。
「に、ニーナさん・・・? どこですか・・・?」
魔獣の姿はないが、どこかしらから物音は鳴り響き続く。どこへいったらいいのかわからないが、とりあえず広間の中央に出てみる。
シャンデリアが天井から下げられているがどれもかなり古い。光源としての役割は当の昔に果てているのかところどころ錆びて朽ちていた。今にも落ちてきそうで真下を歩くのを阻まれる。
広間の壁側には扉がいくつかあり、そのどれもが閉められている。唯一開いていた扉の奥はなぜか水が溢れていて通れなかった。地下水か何かが漏れ出ているのか、それとも別の理由か。
広間の奥にも大きな扉があった。鉄製のもので人ひとりがやっと通れるほどの小さな隙間。
奥もまた真っ暗、だがかすかに明かりがある。ろうそくの明かりのようだ。ろうそくが灯されているということは直近で人間がつけたということ。内心彼女は安堵した。
が、彼女がその空間に足を踏み入れた途端についていたろうそくの明かりが一斉に消える。
風なんてない、だって室内なのだから。彼女の体も風に当てられたような感覚などなかった。
心臓の鼓動だけが鳴る。大きすぎて外にも聞こえているんじゃないかと思うほどの高鳴りだ。
「誰か、います、か?」
恐る恐るそう声を掛ける。
返事はない。
「だれか、いないですか?」
ガシャ。
何かを引きづる音がする。真正面だ。
暗くてよく見えない。ゆっくりと近づくソフィリア。もしかしたらニーナか? もし彼女じゃなければ確実にソフィリアの知らないものだ。
そうであってと祈るソフィリアだったが、その祈りも空しく、目の前にある光景はあまりにも歪なものだった。
見た目は物語に出てくる聖騎士と言った様相の甲冑を着た人型の《《何か》》だった。
何かという言い方をするのは、それはあまりにも人間のそれとはかけ離れた姿だから。
鎧の頭、バイザーと呼ばれる戦闘時に装着して頭部を護る部位があるが、そこが開かれ顔が見えるのだが、そこには何もないのだ。
生気も感じない、ただ鎧のガシャガシャと音がするのみ。まるで鎧が生きているかのように。
その鎧は右手に剣を携えており、それを力なきまま床に引きずり持っている。剣先が床にこすれる音はとても不愉快なものだ。それが部屋に響き反響する。
ソフィリアはまったく動けず声も出せないまま立ち尽くしていた。
魔獣の時とはまた違う異質な空間。完全に彼女は正気を失っていた。
残り三メートル、そこを切ればあの鎧の攻撃はこちらに届く。それほどまでの近距離になったときに、左から声がした。
椅子を持ったまま突進してくるニーナの姿があった。ソフィリアは思わず彼女の名前を呼ぶが、反応することなく彼女はその椅子を鎧にぶつける。
反動で鎧は倒れガシャン!という大きな音を立てて倒れる。
だがなぜか鎧の継ぎ接ぎ部分はそのままになっており、部位が崩れることはなかった。
「こっち! ソフィちゃん!!」
ニーナに手を握られてソフィリアは勢いよく駆けだした。




