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39話 学校辞めます

「二人はそこで休んでて、私はお水でも買ってくるから」


「私が買ってくるからわざわざそんな—」


「いいのいいの、お嬢さんはゆっくり休んでて~!」


 エレニアのかなり強引な言葉にニーナは気圧されてそのままソフィリアと取り残されてしまった。

 試験は滞りなく再開されて4組目が今走り出したばかりだ。

 クレーシアは見当たらない。どこかに行ってしまったのだろう、すぐに戻ってきてくれると嬉しいが、今は隣のニーナのことが気がかりだ。


 2人は広場の端にあるベンチに腰掛けていた。ニーナはかなり息が上がっていて肩で息をしているような状態だった。汗もかなりかいているのでエレニアの水分補給はナイスアイディアと言ったところ。ソフィリアは様子を伺いつつも彼女の状態を気にかけていた。


 息がある程度整ったところでニーナが口を開いた。


「失敗しちゃった」

「失敗ですか・・・?」

「うん、なんかここに来てからマナの集まり悪くて・・・。全然、ダメだった」


 かなり落ち込んでいるらしく、顔を地面に伏せているので表情は見えないが、悔しそうだ。

 こんなに弱弱しい彼女を見るのは初めてなのでどう声を掛ければいいか、かなり悩むソフィリア。


「だめだなぁあたし・・・。あははは、ソフィちゃんと組まなくて正解だった」

「え」

「あたしと組んだらソフィちゃんに迷惑かけちゃうところだった」

「それは・・・、そんなことないですよ。調子が悪かったのなら再試験とかもしかしたら」


 彼女は懸命に元気づけようとそう答えるが彼女が首を横に振って否定する。その拍子で汗が地面に落ちて滲む。大理石のようなタイルにそれが染みて灰色に変色した。


「多分無理、そんなに甘くない。調子が悪かろうとそこで結果が伴わなかった時点であたしが悪い。自業自得だから仕方ないよ」


 顔を上げた彼女の姿を見たときにドキッとする。

 彼女の首元に、例のお守りがあったからだ。ソフィリアが意図せずともぶつけてしまった大事なものだ。それを彼女に謝らなければ。


 きっと相当大事だったはずなのだ、ソフィリアにはわかる。理由はわからないけど、ニーナは他人を自分以上に大切にしてしまう節がある。このお守りも自分よりもソフィリアが持っていたほうがいいと判断してくれたものだったはずだ。


 言わなければいけない、初めての仲たがいだ。仲直りの仕方なんてわかるはずない。だからといって逃げるわけにはいかない。彼女が自分といるべきではないとしても、これは自分の問題だ。謝って仲直りした後に離れればいい。そう思った。


「ソフィちゃん」

「ニーナさん」


 二人同時に話してしまい両方が困惑する。


「す、すみません!! どうぞお先に」


 ソフィリアが譲りニーナが「ありがと」と言ったあと彼女にこう聞かれた。


「ソフィちゃん、試験ってどうするの?」

「試験ですか。知っての通り私はクレド症なので、ローズ先生に頼んで実技は免除にしてもらってます」

「そっか、よかった」


 心の底から安堵したように言ったニーナ。あんなあとなのにどうしてここまで人にやさしくできるのか。ソフィリアは不思議だった。


 ここまで歩み寄ってくれている人に、ソフィリアも自分の気持ちを伝えなければいけない。

 彼女が怒ったとしても、ソフィリアが隣にいるべきではないということを伝えて、説得しなければいけない。そう直感した。

 それを言いかけた刹那、前方から声がした。


「クレドって・・・本気で言ってるのかよ」


 心臓が跳ねる。一瞬時が止まったのではないかと感じた。

 なぜか、クレーシアに話しかけれたことに対してではない。昔その言葉からの始まりで罵詈雑言を浴びせられたからだ。

 だから、顔を上げて彼の顔を見たときにソフィリアは気が気ではなかった。彼の顔は、昔に見たクラスメイトの顔にそっくりだったからだ。


 あの人間を見下すような目、憎悪と嫌悪感にあふれた表情。忘れるはずもない、父親にも毎日された顔だったから。


 だから、そんな顔をしないでほしい。


「クレドって、お前本気で言ってるのかよ・・・? は? な、なんでそんな病気持ちがこの学校で平然と授業受けてんだ」


 声が擦れきり、声としてギリギリ成り立っている状態でそんな言葉が彼から漏れ出る。


「く、クレーシア・・・さん」


 いつのまにかエレニアも帰ってきていたが、彼女の腕には二本の水が抱かれていた。

 一本は普通の水で、一本はレモン水だ。彼女の顔もまた困惑していた。彼女にも明かしていない、ソフィリアの最大の秘密だ。一部のB組の生徒もこちらを一瞥している。


 この感覚、中学一年以来だ。この背筋から悪寒が走ってみぞおち辺りがぞわぞわする感覚。

 2度目でも慣れることなんてない。


「すみません。黙ってるつもりとか、そんなつもりは・・・、アローラ先生からもう伝えられて知ってるとばかり―」


「そんな言い訳どうでもいいんだよ!!!お前、魔法も使えないでどうやってこの初回技能試験乗り切るつもりだったんだよ・・・!? 最悪僕の成績にまで影響するじゃないか・・・!!」


「でも、先生はあくまで・・・個人の現在の技能を確かめるだけで成績には影響は―」


「そんなの建前に決まってんだろ!? 兄さんも言っていたことだから間違いないはずだ・・・!お前それを知っててわざと僕に・・・!!」


「ち、ちが・・・!」


 ソフィリアは必死に否定するが彼の目は血走り、正気を明らかに失っていた。

 ここまでの執着は最早異常だ。彼の正しさが、正しさゆえにここまでの傲慢さが彼の中では曲がり通っているのだろうか。

 彼はソフィリアの胸元を掴みかかると、自らのほうにぐっと引き寄せて怒鳴り散らす。


「いい加減にして!! 不満ならあなたが先生に直談判すればいいじゃない!ソフィちゃんのせいにして何がしたいのよ・・・!」

「黙れ!! ろくに魔法も扱えないような雑魚が僕に話しかけるな!!」


 瞬間、彼の振りほどく右手がニーナの頬に激突する。ガッという鈍い音を立てて彼女は短い悲鳴とともに地面に倒れこむ。

 彼女の頬は赤く腫れていた。左手を抑える彼女だったが、痛みで動けそうになかった。


 ソフィリアの感情は完全におかしくなっていた。


 怒り、哀しみすべての感情が有象無象にあふれ駆け巡る。

 目の前では水を地面に落としてクレーシアに殴りかかるエレニアの姿がある。彼はソフィリアの胸元から手を離すとそっちに抵抗しようと反撃する。


 やめて、もうやめて、私が・・・。私が悪いから。


 私がいなくなるから・・・もう―。


 胸の痛みが増す、いやこれはみぞおち辺りか・・・。

 どっちにしても痛みは増す一方だ。

 周りの喧騒もうるさい、もうどうでもいい。


 私が悪いから、私がいなくなればいいだけだ。


 それだけだ。


「もうやめてください!!!!!!!!!!!!」


 ソフィリアの叫びが戦術広場中を駆け巡る。

 レムリアも試験を執り行っていたがこちらの騒動に気づき振り向く。走っている生徒も走りと止めてこちらに視線を向けていた。


「私、私もうやめます」


「え・・・?」


 ニーナが倒れた体勢のままソフィリアに疑問の声を投げかける。

 ソフィリアは涙しながら吐露する。


「学校をやめます。クレドの私には結局無理だったんです、私のせいでこんなにも人に迷惑がかかるなら、消えます。それでみんな、みんなが・・・。し、幸せ・・・ならそれ、で」

「な、なに言ってるのソフィ!? 完全にこの馬鹿が悪いせいであんたは悪くない!!! あんたも何とか言いなさいよ!」


 エレニアが彼に馬乗りしながら殴り言う。彼はそれに抵抗しながらも自分の意思を強調した。


「僕は間違ったことは言ってない・・・。力あるものが生き残りないものは立ち去るべきだ。クレドだということなら猶更な。それが魔法が扱えない人間の顛末だ」


「そうです、実際一回目の試験でこんな様じゃこれからなんてやっていけるわけないですから・・・。だから、もうやめます」


「そうだそれでいい、力のない人間はすぐぶふぁ?!」


「あんたはもうしゃべるな!!」


 エレニアが傍に転がってきたペットボトルを彼の口に放り込む。


 ソフィリアはそのまま走り去る。この場から離れないとまた誰かを傷つけてしまうかもしれない。これ以上自分の存在で誰かを貶めるのは嫌だ。


 彼女の心は入学して1か月もたたないまま壊れた。


 これが彼女の人生で2度目の挫折となった。
























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