36話 味のしない朝食
ソフィリアは朝6時にアラームと同時に起床した。何ならアラームが鳴る寸前には起きていた。
目が覚めた瞬間に感じる。緊張する自分がいることに、ハープネスに来て初めての試験。これでこければ今後の学園生活にも悪影響を与えるかもしれない。それくらいにソフィリアは重く考えていた。ほかの生徒にとっては当たり障りのない簡単な適性試験。だけど、ソフィリアの適性試験は苦い思い出しかない。
今回は自分たちが主役の試験。実技試験では参加できないが、クレーシアのサポートぐらいはきっちりこなしたい。そう考えていた。
心残りがあるとすれば、やはりニーナの件。
良かれと思ってしていた行動が、彼女を怒らせてしまった。そんなことをするつもりはなかったが、これくらいしないと彼女はソフィリアに構ってしまうはずだ。
だって、彼女はそれほどに優しくいい子だから。
私が、悪い人間になればあの人だって離れるはず。
不器用ながらにソフィリアはそう思った。
カーテンを開ける。ちょうど夜明けだ。オレンジ色の太陽が森から見え隠れして、次第にその全容が現れる。木々の影が寮に伸び、ソフィリアの部屋まで駆け上がる。
「よし、頑張ろう・・・」
試験は午前9時から。現地集合で行われB組は2番目に執り行われるため13時からとなる。最初はA組、午後はB組。そして明日に残りの2組が実施される予定。
だからこんなに早く起きても仕方ない。今日は技能試験以外に授業の予定はない。だから意味はないのだが・・・。
戦術広場には観客席がある。元々生徒間の決闘目的が作られたので、小規模ではあるが観客席がある。そこでA組の状況を見ることができるらしいので、ソフィリアはそれに参加することにしていた。実のところニーナから誘われていたので3人で行くことになっていたが、こんな状況だ。1人で行くことにはなるが仕方がない。
おさがりのローブを着てほこりをとる。
その動作の際にポケットに何かが当たる。あのアリーナ倉庫で拾ったブローチだ。返すのをすっかり忘れていた。もらったローブは何着かあったので、このローブを着るのはこれで2度目。着る機会がなかったため完全に存在を忘れていた。
だが、アリーナ倉庫から帰還した際の唯一のアイテム。何かいいお守りになると思って彼女はブローチを握って首から下げて服の下に隠す。
「ニーナさんには悪いことしたな・・・」
事故とはいえ彼女からもらったお守りを投げつけてしまったのだ。怒って当然、最低なことをした。だけどこれで彼女がソフィリアに愛想を尽かしてくれるならそれもいいとさえ彼女は思っていた。
クルルの朝の食事が今日はバイキング形式になっていた。恐らく決起会ではないが、彼なりの激励の気持ちなのだろう。ここまで食べることはできないが、ありがたくいただくことにする。
食堂にはニーナの姿もあった。7時過ぎ、エレニアとニーナ、イオルノが3人で食事していたので、ソフィリアはかるく挨拶をして皿におかずを盛り付ける。
背中に刺さる視線が痛いが、流石にクルルの気持ちが詰まったこのバイキングを食べないのは失礼に値する。ので、ささっと皿を取り素早く盛り付け、ソフィリアは自室に戻ろうとした。
「待ってソフィ、今日はここで食べなさい」
イオルノが彼女を静止した。思わぬ出来事で体勢を崩しかけ、おぼんをこぼしそうになる。
振り向くと、イオルノが席を立ちそこに座るようにと言いたげに立ち去る。
長机の中央にエレニア、その左にニーナ。そして右にイオルノが座っていた位置になる。
イオルノが食堂を立ち去る際、耳打ちをするようにソフィリアにこう言った。
「仲直りしてとまでは言わないけど、とりあえず今日くらいは同じ場所でご飯を食べていきなさい」
「わかり、ました」
少々気が引けるものの、ここで断るわけにもいかないためソフィリアは席に座る。
着座した瞬間から気を使ってくれているのか、エレニアが積極的に声を掛けてきた。
「おはよー、ソフィ。晴れてよかったね」
「そう、ですね。戦術広場は地下なのであまり関係ないですけど・・・」
「いやいや、晴れてるからこそ本領を発揮できるっていうものだから。そうだよね? ニーナ」
「天候によってマナの吸収量は変わるとは言われてるから、まぁそうなのかも」
牛乳を飲みながらニーナはそう答えた。
しばし沈黙の時間が流れる。はさまれているエレニアが一番気まずそうにしていたが、ソフィリアは気にせずサラダを口に運ぶ。真ん中に座った彼女が悪い。普通先輩をはさんで座るものだと思うが、それを無視してそこに座ったエレニアが悪い。そう言い聞かせて彼女が困っていても無視していた。胃がキリキリしたけど。
「そういえば午前のA組の試験見にいくよね?」
「いきます」
「いくよ」
同時に発言してしまったニーナとソフィリア。ニーナは表情を変えずにテーブルをじっと見つめているが、ソフィリアは動揺のあまり目を右往左往させる。
「3人でいくよね・・・?」
エレニアが続けてそう言ったが今回はどっちもしゃべらない。
「・・・えっとぉ2人とも?」
「私は3人でいくつもりだけど」
ニーナがそう冷たく言う、それはエレニアに言ったのではなくソフィリアに向けられたものだと察せた。エレニアもそれを感じてソフィリアに視線を送る。
「お二人で、どうぞ・・・。私は1人で行くので」
「あっそ!!」
途端、ニーナは声を上げて同時に立ち上がる。立ち上がる時に両手を机にたたきつけたせいで彼女が飲んでいた牛乳が倒れてしまう。
「私、先行ってる」
怒ったように言った彼女は速足で食堂を後にした。
「ああぁ。なんであんなこといったのソフィリア・・・」
「すみません」
「あんたって意外と意固地ね、負けず嫌いっていうか。まぁニーナも相当だけどさ」
牛乳をペーパーでふき取りながらエレニアはブツブツと文句を言う。
板挟み状態の彼女には悪いがこれはソフィリアにとって必要なことだ。ここで中途半端に彼女に歩み寄ったら今までの苦労も水の泡となってしまう。
「私は1人で行くので、お2人でお気になさらず行ってください」
「あのねぇ、あんたはそれでいいかもしれないけど・・・。あぁもういいや。意固地のあんたに言っても仕方ない。アイシャほどじゃないけどさ」
アイシャの名前が出たのは数日ぶりだったので一瞬誰かわからず混乱する。
「あの人も誘ったんですか?」
「うん、朝5時ごろに出かけるところ声かけたんだけど華麗に無視された。なんなのあの子」
彼女曰く、アイシャに挨拶をしたところで完全に無視をされてしまったらしい。一瞥すらもせず逃げるように出ていった彼女をエレニアは怒った口調で文句を言う。
ソフィリアはそれを黙って聞くが、聞いている限りは自分も他人事ではないので何とも言えない気持ちになる。ニーナがいなければアイシャの立ち位置と完全に逆だった可能性はある。
そう思うほどに自分が今している事もどうなんだという話になる。
「A組の試験、3人で行こう? きっとそれをニーナも望んでるしソフィもそれがいいでしょ」
「私の気持ちは別に・・・」
エレニアは呆れた顔でそう問いかけてくる。
「まぁどっちにしてもあっちで会えるか! 会ったら合流してきなさい、待ってるからさ。あとあんたの好きなレモン味のジュース? 買ってあるから飲んでいって」
ニコッと笑いかけてくる彼女にソフィリアは小さな声で返事をして会釈する。
変な人と思っていたがこういう面もあるのだと思って少し驚く。何かと彼女なりにも気にかけてくれているのだ。
ソフィリアは彼女が去った後に皿に乗せたウィンナーを口に運ぶ。
ニーナと一緒にいる空間に緊張してしまったのか咀嚼しても全く味がしない。
何か粘土でも頬張っているかのように無味に感じた。
とりあえず今は午後の試験のことを考えなくてはいけない。
いくら実技を免除してくれると言ってもなにもしなくていいなんてことはありえない。ペアのクレーシアの事もあるし、少しは気を使ってサポートとかしなければ。
「クレーシアさんの邪魔にならないように隅でおとなしくしていよう・・・」
邪魔をしないことがソフィリアにできる全力のサポートである。
なので彼女はただただ息を潜めて、時々飲み物でも支給してあげるようにしようと心に決めた。




