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33話 交差する悪感情

4月20日 今から一週間前。ソフィリアはある科目でペアで一緒になったクレーシアと話す機会があった。主に相手の話だったが。


『お前、アンジェリーナに嫌われてんの?』

『え?』


 唐突にそう言われ、ソフィリアの頭は混乱する。一度もまともに話したことのない彼からそんなことを告げられて、持っていたフラスコを落としかける。


『いや、聞いた話なんだけどさ』


 そのあとに彼が話した内容は、ソフィリアにとって苦く、三年前のトラウマを思い出すものだった。彼がなぜそのことを知っていてわざわざ話したのかわからないが。





「ソフィちゃん? いるよね? 少しだけ話せるかな?」


 17時過ぎ、ソフィリアがベッドで仮眠をとっているときに扉をノックされる音がして、細い声がする。

 いつも聞きなじんでいるあの子の声だ。走って帰ってきたのか、息も絶え絶えで若干過呼吸にもなっているみたいで少し心配になる。


 だけど、そんなこと思っちゃだめだ。


「なんですか?」

「よかった、起きてたのね。入ってもいい?」

「今散らかってるので」


 それだけ言うとソフィリアは布団をさらに被る。ニーナは「わかったわ」とだけ言い中に入ろうとはしない。

 そのまま彼女との扉越しの会話が始まってしまった。


「あのね、ソフィちゃん。最近調子どう?」


 まるで久しぶりに友達にあったかのような言い回しで違和感を覚える。あのコミュニケーション能力が高い彼女がこんな入り方の会話をするなんて、どうしたのかとこれまたソフィリアは心配になる。


 彼女は布団から顔だけ上げると扉のほうに目を向ける。当然彼女姿は見えないが、気配があることは扉越しでも分かった。

 すでに太陽も落ちかけていて夕日が窓から差し込む。窓枠の形どった影が床に広がり伸びていた。その先にはニーナがいる扉へ続く。


 その影はどんどん扉に近づいていた。まるで何かの予兆みたいだ。


「調子は、普通です」

「そっか、普通か。あ、そうだ。前言ってた技能試験のペア、どう? 考えてくれた?」

「ペア・・・」


 すっかり忘れていた、ペアのことも技能試験のことも。二週間近くまともに誰かと会話をしていなかったせいで外界からの情報が仕切りをたてたかのように入ってこなくなっていた。中学時代はそれが当たり前だったのに、ニーナが近くにいたときはいつも情報が耳に入っていたんだと気づく。


「私よりもニーナさんにはいい人がいます。その人と組んだほうがいいですよ」

「なんで? 私はソフィちゃんと組みたいって思ってるの。だから、その、ソフィちゃんの気持ちが知りたいな。私は、貴女と組みたい」

「それこそ、なんでですか?」


 ソフィリアは思わず声を上げた。それを聞いてエレニアが部屋から「どったの?」と顔を出すが、ニーナはそれにこたえる余裕もなく、返答する。


「なんでってどういうこと?」


「わかりますよね? 私が言いたいこと」

「だからわかんないよ、ソフィちゃんが思ってること全部、わかんないからこうやって―」

「私がクレドだからですか?」


 心臓が跳ねる。ニーナの声はそこで完全に止まった。立ち尽くす、エレニアは何のことか全くわからず、ニーナの様子をじっと見ていた。掛け時計の針が進む音だけが廊下に響く。下ではクルルが料理の準備をしているのか、水の音もする。それらだけがこの状況で音を発する環境音だった。


 だが、ニーナの心臓の心拍が上がり、彼女にはその音しか耳に入らなくなっていた。エレニアが声を掛けても反応できないのはそのせいだ。


 2人だけの世界が広がる、意図しない形で。


「クレドだからじゃないよ。私は、私はソフィちゃんが友達だから」


「友達、友達だから同情してくれてるんですか? クレドだから、試験であぶれるから自分が誘って孤独にさせないようにって、そういうことですか?」

「違う! 私はちゃんと、自分の意思でこうやってソフィちゃんと話して—」

「だったら、だったらなんで、嘘ついたんですか・・・!!」

「・・・え? 嘘って・・・?」


 ソフィリアは激高した。入学初日以来だ、こんなにも声を上げたのは。そしてそれは悲しくもその時の相手と同じだ。


「クレーシアさんから聞きました、ニーナさんのこと」

「ちょ、ちょっと待ってなに? クレーシアって一緒のクラスのあの子よね・・・? 何の話をして」

「私といることが楽しいって、嘘なんですよね? ニーナさんが座学枠で通った私の悪口を言いふらしてるって、聞いたんです」


 ニーナは何のことかわからず硬直する。人違いなのだろうと内心思うが、なんて言えばいいかわからず思考が止まる。さっきフィリックに言われて思い描いていた展開とは全く違う。すべてがニーナの思い描く真反対へと運ばれていく。


 何もかもうまくいかない感覚を初めてニーナは感じた。


「そんなこと言ってないよ私、多分何かの間違いだと思うし、もう一回クレーシアさんの話聞いてみよ? それで間違いだってわかるはずだから」

「だから私はニーナさんとはペアを組みません」

「なんでそうなるのよ! ちゃんと私の話を、聞いてよ!」

「帰ってください!」


 何かを投げつける音でニーナは後ずさる。

 その衝撃で扉が少し開く、夕日の光が窓から差し込み、ニーナの顔を赤く照らす。眩しそうにソフィリアを見つめ、目が合ったと思えばソフィリアのほうが目を背ける。


 ニーナは自然と床に視線を向けた。何を投げたのか気になって。


「これ・・・」


 透明な箱が衝撃で角がへこみ床に落ちている、そしてその中から出ていたもの。


 受験時にニーナがプレゼントしていた猫のキーホルダーだった。


「ニーナ、大丈夫? ソフィリアも」


 エレニアがしびれを切らし廊下から中の様子を見る。


 ニーナはキーホルダーを拾い上げ、握りしめる。


『アン、これを持っていきなさい。受験の時にきっと力になってくれるわ』

『なにこれかわいい、猫? お母さんが選んだの?』

『選んだもなにも、お母さんが作ったんだから』

『完成度すごいね、売り物にできるかも』

『アンのために作ったんだから、貴女が持っていなさい。きっとあなたの役に立ってくれる』


「ソフィちゃん、なんでこれ。投げたの」

「え?」


 ソフィリアは思わず視線をニーナに合わせる。思わず傍にあったものを投げたが、それは神のいたずらなのかニーナがくれたお守りを入れた箱だった。


「それ、は! ちがう、投げるつもりじゃ—」


「・・・私、なにかした・・・?」


 涙声と嗚咽が混じったニーナの声が部屋に届く。ソフィリアの心拍は上がり、彼女に聞こえるのではないかと思うほどに高鳴る。


 夕日の影はすでに部屋全体を覆いつくしており、明るい光は地平線の底へと沈む。


 ニーナの目は、哀しみに満ちていた。


「私、あなたにそんな嫌われることした? ここまで拒絶されること、したの?」

「えっと、そんなんじゃなくて・・・」


「同情・・・、ええそうね。最初は同情で近づいたわよ、3年に上がったころずっと1人で居たあなたを見て可哀そうと思っただから声を掛けたの。しゃべりづらそうだったからしつこく声を掛けるのはやめて、あなたが寝たふりをしている昼休み中あなたが興味ありそうな話題をみんなで話して反応見たりもした。最初はそれくらい気を使ってた。でも、受験が終わった後くらいからはそんなこと思わなかった。ちゃんと友達として、同じ学校の女の子同士で仲良くしたいと思って、今の今まで過ごしてきた」


「ニーナさん・・・」

「ちょ、一体何言って―」

「エレニアさんは黙ってて!!」


 ニーナの悲鳴にも似た叫びが廊下をこだまさせる。エレニアは今まで見たこともないほどのニーナの変貌に2歩後ずさりする。


「ソフィちゃん、もう一度聞くね。これを投げたのはどうして・・・? 答えて」


「投げたのは・・・それは」


 ソフィリアの目は左右に泳ぎ言い訳を考える。

 だけど、彼女の心の中にはもうすでに決まっていた。彼女の隣にいるべきではないというソフィリアの考えが固まってしまった以上、言い訳をすることを自分自身が許せなかった。


「ニーナさんが、嫌いだから・・・です」

「・・・わかったわ」


 酷く絡まった二人の意思はすれ違い、ほどけないほどにボロボロになっていた。

 真意をソフィリアが吐露しない限り、ニーナの怒りのほとばしりは消えることはない。


「え、ニーナ!? どこ行くの!」

「どこって、お風呂。あ、そうだ。エレニアさん技能試験のペアって決まってないよね? 私と組まない?」

「それはいいけど、ソフィリアは・・・?」

「あの子は私と組みたくないらしいから、もしエレニアさんがいいならって思ったんだけど」

「あたしはもちろんいいけど、ソフィリア。あんたはいいの?」


 ソフィリアのいる部屋に目を向けるが、彼女は放心状態のままベッドの上に座り固まっていた。今話しかけても音沙汰は全くない。


「決まりね」


 冷たいトーンでそう言ってニーナは階段を降りる。


「一体全体何事って、え、なにこの状況、え?」


 フライパンを持ったままクルルが駆け上がっていく。酷い顔をして降りていくニーナと動く様子のないソフィリア。エレニアすらも状況がわからず、困惑していた。


 この日を境にソフィリアは3年前と同じように孤立した。


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