31話 刺客
「動くな」
そう言った後ろの男からは殺気を感じていた。基本的にこういったマナを使って機能する乗り物の中では魔法を行使できない。乗り物の中に大量のマナを保管して走らせているので、搭乗人が魔法を行使すればそのマナも行使した人間に集まり墜落の危険が伴う。
なので間違っても行使できないようにこう言った乗り物には人間のマナの吸収を抑制する安全装置が機内に設置されている。この機体も例外に漏れずそれはある。
だが、マナを使った殺傷銃器に関しては例外だ。あれは飛行前にマナを武器の中にためて使えば、マナを吸収させることなく発砲できる。その男の懐には恐らくそれらしきものが握られていた。
「誰だお前」
ローズはあくまで落ち着いたトーンで黒男にそう尋ねる。
ほかの乗客はこちらに気づいていない。それぞれ荷物を片付けたり、用事をしていたり忙しい様子だった。だがそれは黒男にとっても好都合というもの。
「名乗る意味はない。必要もない。今から言うことをお前たちの校長へと伝えろ」
ハープネスの校長の事だろう、黒男はそのまま言葉をつづける。
「我々は、お前たちハープネスに宣戦布告をする」
「宣戦布告だと・・・?」
ローズは前を向いたままにそう復唱するが、男は息を止めることなく言う。
「今すぐ、フォルトニクスの開発を中止しろ。さもなくば、入学式の時よりもさらに悲惨な結果を招くことになる」
言葉から察するに、この男の言うところはテロ行為を続けるということだろう。あくまでもあれは余興に過ぎない、学園の生徒丸ごとを人質に取るつもりということらしい。
ローズは生唾を飲んだ後、ハッと笑ってこう言った。
「そんなことをしてどうする? フォルトニクスは政府も関与している一大プロジェクトだ。よくわからん連中のいたずらに付き合うほど俺たちも暇じゃないんだ。それに入学式の時のって何のことだ? 何のことを言っているのか見当もつかないな」
「しらばっくれても無駄だ。情報はこちらにも渡っている。すぐに開発をやめろ、さもなくば」
彼の腕の銃の引き金が下ろされる。だが、それを間髪入れる前にローズは行動に出た。
まず座席の下に身を捩らせてスライドレバーに手をかけた。それを思いっきり後ろに倒して男の体にぶつける。その反動で銃は手から離れ、男の態勢も崩れる。
ヴィアトリクスは完全に後れを取り、ローズが彼に飛び掛かっていく様を見ているしかなかった。
「ちっ」
黒男のフードが若干外れるが顔を見るまでには至らない。彼は立ち上がり、手元にあったナイフを持ちファイティングポーズのような体勢で廊下に行く。
「体術専門の術士にかなうとでも?」
ローズは戦闘態勢を取り、両手を顎にまで持っていく。男は息を整えたかと思いきや、すぐにローズに向かって襲い掛かってくる。
周りの乗客は何事かと思い席を離れだす。悲鳴を上げるものや自分の大事な荷物を持ち後方に逃げる者もいた。
ローズは襲い掛かってきた男に対して右ストレートをかますが、相手はそれを左によけその体制のままアッパーをかます。
顎先に男の指が触れ、ローズの顎は赤く腫れるが直撃は免れた。
そのまま男は体勢を変えて右の蹴りを入れてくる。それをすんでのところで回避すると、ローズは体勢を大きく下にしてその勢いのまま男に左ストレートを入れる。
「なんだ、その動きは—!」
「企業秘密だ」
ローズの急な接近から逃れた男は、座席に体をぶつけるも彼に視点を向ける。
だがそこには彼はいない、どこにもいない。
「後ろだ馬鹿野郎」
相手の死角に入り、ローズは完全に後ろをとる。
右ストレートが男の顔に入り、ぐしゃっと嫌な音が機内に鳴り響く。
骨の折れるような音だが、ヴィアトリクスとローズはその音が良いものではないことにすぐに気づく。
攻撃が直撃した個所から、男の体は泥のように溶けていく。まるで太陽に晒されたアイスのようにドロドロと溶けていき、最期には彼が羽織っていた黒のポンチョだけが残った。そしてナイフと銃も床に落ち、奇怪な音を立てて沈黙する。
「やられたな、幻影魔法だ。最初から仕込まれていたらしい」
「先生、今のはいったい・・・!」
「わからんが、敵対的な勢力なのは間違いないだろうな・・・。フォルトニクス、魔法薬学の研究クラブが開発している特薬だったな」
奴らの狙いはなんだ? 開発の中止が目的であれば他社の薬学会社の妨害か? だがフォルトニクスは完全な秘匿開発中のものだ。知っているのは学園内の人間とアラン政府のみ。どこかしら漏れたのか、それとも・・・。
考えても仕方のないことだ。とりあえず犠牲者が出なかったことを喜ぶべきだろう。
「みなさんすみません、少しトラブルがありましたが何も問題はありません。引き続きゆっくりおくつろぎください」
とはいったものの、信じてくれる人間も少なく、ローズは自分の信頼性のなさにがっかりした。まぁ先ほどの戦闘を見ていたら、警戒されるのもうなづける。
「先生、この銃は偽物のようでした」
「なに?」
「このナイフもおもちゃです。殺害を目的とした人間ではなかったのでしょうか・・・」
「わからんな・・・。とりあえず今の件は俺から報告しておく、お前はいったん休め。見張りは念のためしておく」
「申し訳ありません、私としたことが不覚でした。こんな場所で犯罪組織が跋扈しているなど想定できませんでした」
似合わないほどに落ち込むヴィアトリクスに、ローズは笑いそうになるが、そこはぐっとこらえて教師らしい一言で納める。
「お前は生徒、俺は教師。お前ばかり活躍していたら俺の仕事がなくなるだろうが。俺を給料泥棒にさせたくなかったらとっとと寝ろ、ガキ」
「ははは、なるほど。そうですね、わかりました。先生がそうおっしゃってくれるならお言葉に甘えさせていただきます」
ヴィアトリクスは苦笑しながらもローズの言うことを聞いて二人とも席に座った。
ディレクに到着するまでの間、ローズは一睡もせず監視をしていたが、それ以降何か特段怪しい動きをする場面はなかった。
少なくとも、《《乗客の中》》では。
臨時報告—。
飛行機内でヴィアトリクス・シャルロード並びに引率教員であるローズ・キズメルに遭遇。
予定通り、機内のマナ元素爆発による暗殺を決行しようとしたが、第三勢力からの妨害が発生。幻影魔法によるダミーだったため正体まではつかめず。
イレギュラーな状況だったため作戦は急遽中止。
本件は上席のみの最高秘匿事項とする。
ヴィアトリクス暗殺事項よりも第三勢力、仮称 ファントムとするが、これの勢力の調査を優先事項とする。
以上、通信終了—。




