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30話 前兆

 クラブ見学が終わった後、ソフィリアとニーナは二人並んで寮に帰路に就いた。

 彼女は変わらず明るく話題を振ってくれていたが、ソフィリアはクラブ内で見た彼女の顔を忘れられないでいた。


 あの顔は本来彼女がするべき顔だ。ソフィリアと一緒にいてもあの表情を浮かべることはできない。こんなことしてないで彼女も魔法化学の専門的な分野に携わるべきだ。それが母親のため、ひいては人助けのためにもなる。


 入学して、いやそれよりもっと前から、私は彼女に甘えていた。


「ねぇどう思う? ソフィちゃん」

「え?」


 公園広場あたりでそう聞かれ、ソフィリアは足を止めてしまう。質問の内容は来月の技能試験についてだった。ペアで組むことになるのだが、一応最初は任意のペアで臨んでよいとのことで、彼女はソフィリアにペアの打診をしていた。


 多分それは、ソフィリアだからではなく私がクレドだからだろう。なぜかそう感じた。


「なんで私なんですか?」


 ソフィリアは思わずそう聞いてしまった。彼女がどう反応するか、もしかしたら私が納得できる理由があるのではないかと。


「なんでって、それは友達だから? かな」


 と、ニーナは当たり前のように答えた。


「・・・それは、本当なんですか?」

「え?」

「・・・いえ、すみません。それは、少し考えさせてください」


 歯切りの悪い回答をした後にソフィリアは歩みを再開させた。それに後続くニーナだったが、彼女の顔はソフィリアに対しての懸念からか曇っていた。それをソフィリアが気づくことはなくそのまま一言の会話もなく帰路についた。


「おかえりなさい、お風呂湧いてるから先入ってね」


 寮に着くなりイオルノが二人に掃除機をかけながら言う。この掃除機もマナで動くもので、マナを封じ込める特別な瓶を掃除機の装着口に入れ込む。そうすれば電源なんていらない便利アイテムに早変わりだ。


「ありがとうございます。先輩はいつも家事をされてるんですか?」

「まぁほかの人がしないからねぇ。エミリーはともかく男どもに関しては本当にだらしないというか、あんな奴らみたいなと結婚なんかしたらダメだよ二人とも」


 苦笑いするしかないニーナ。ソフィリアはそそくさと自室に向かって階段を上がっていく。


「ソフィちゃんどうかしたの?」

「わからないんです。帰ってくるまであんな感じで、私怒らせるようなことしたかな」


 珍しく落ち込むニーナを見てイオルノはニヤニヤと笑みを浮かべる。


「青春だね」

「そんなんじゃないと思いますけど、男の子の友達なんていないので」


 いつもソフィリアは静かで物言いも少ない。だからこそなのか、今日の彼女は少し系統が違って見えた。なにか遠慮しているような、言葉にするのが難しい。


「時間置いてみるしかないんじゃない? あの子みたいなタイプは一人で色々考え込んで、解決してる場合も多いから」

「さすが先輩、人間のこともお詳しいんですね」

「なんか語弊招く言い方だけど・・・。いつでも相談乗るから、とりあえずお風呂先入っちゃいな。じゃないと男どもが帰ってきてのぞきされるよ」

「ええぇ!? 先輩たちってのぞきの前科もあるんですか?」


 ニーナは驚きのあまり大きな声でそう叫んでしまう。すると食堂のほうから三角巾を付けたクルルが顔だけ出してこう指摘した。


「のぞきが趣味なのはジルだけだから。それ以外の男はみんな潔白だよ」

「そうなんですか?!」

「うん、だから軽蔑して憎悪するのはジルだけにしてね~」


 とだけ言って彼は食堂に戻っていった。中からはおいしそうな匂いがこちらまで漂ってくる。この匂いからして今日はカレーのようだ。毎日人数分の食事を作ってくれる彼には頭が上がらない。お風呂から上がったらお手伝いしようとニーナは心の中で思う。


「まぁそういうことだから気を付けてね」


「わかりました。でも流石に先輩も入寮仕立ての女の子のお風呂は覗かないんじゃないですか?ある程度仲良くなってからのぞくものだと思いますけど」


「いや覗きに親密度みたいなのって関係ないからね? あたしも仲いいからって覗きされ放題になったらこの寮出るから!!」


 顔を赤らめてそう否定する先輩の姿が面白く、ニーナは笑う。それを見たイオルノも、もう大丈夫だと思ったのか「掃除に戻るから、ソフィちゃんにもよろしくね」とだけ言って階段を昇って行った。


「ありがとうございました」


 元気づけられたからか、自然と彼女からはそう言葉がでる。イオルノは片手を上げてこちらに合図すると、奥の部屋へと消えていった。


「よし、もっとソフィちゃんの事知らなきゃ」


 一人でそう決意し、言葉にした後に彼女は自室へと向かった。





 時を同じく、ヴィアトリクスの視点に移る。


 彼女はあの事件以来、学園から離れて事件の概要を報告しに魔法教育連盟というアランという世界最大の魔法組織の本拠地があるディレクという都市に来ていた。魔法飛機という乗り物を使って約片道7時間。ハープネスは中央大陸の東に位置するところにあるが、そこから中央へ向けて航路を向けたところにあるのがこの都市。


「わざわざ同行していただき申し訳ありません、学園のほうは大丈夫なのですか?ローズ先生」

「ああ、B組の様子はAの担任のレムリアに任せてある。何かあってもあいつの責任になるし大丈夫だ」

「それは教師がしていい発言のものなのですか・・・?」

「それより、お前体のほうは大丈夫なのか?」


 魔法飛機が離陸する合図のアナウンスが流れる。この機体はせいぜい10人程度が定員だ。ほかに6人程度いる乗客はみな黙って席に座っている。どれもみな同じような様子で沈黙していて少し不気味にも思える。


「体って何のことですか?」

「マナを酷使しただろ、やせ我慢はやめろ。まだ子供のくせして何かっこつけてんだ」

「別にかっこつけてなんてないですが、生徒会長というものは威厳があってこそ意味があるものなので。私が弱いところを見せるわけにはいかないのです」

「生徒会長だろうがただの20超えたガキだ。そのままじゃお前つぶれるぞ」

「・・・そうですね、たしかにその通りかもしれません」


 案外素直な返答にローズは目を見開く。反抗されると思っての発言だったが、彼女は不敵な笑みを浮かべたと思ったら次にこう告げた。


「20歳を超えたので、私はもう子供ではないですからね。10代はあっという間でした。ね? 先生」

「あ、そっちか? お前年齢気にするタイプだったのか? 確かにここまで来たら30歳はもう目前だし一年生からはお姉さんよりもおばさんと言われることも多くなるかも―」


「先生? 少しお疲れのようですが、少し寝ていかれては? ディレクにつく前に倒られては引率の教師としてもどうかと思いますので」

「は? いや俺は別に疲れてなんて—」


 刹那、ローズは息をのむ。


 離陸したからではない、2人のやり取りが変で息詰まったからでもない。

 明らかな異常事態で硬直したからだ。


 この機体の乗員はクルーを除いて8人。そしてそのうちの一人がローズとヴィアトリクスの後ろに座っているのだが。


「・・・めんどくせぇな」


 ローズは思わずこぼす。誰に向けての言葉ではない、ただ自然に零れた独り言だ。


 後ろに座っている人間、黒いローブに身を包み、黒の帽子を室内でかぶっている。それだけでもおかしいが、男の手には黒いピストルが握られていた。


「動くな」


 そう言った後ろの男からは殺気を感じていた。

























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