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29話 いるべき場所

「いやだったら無理してついてこなくてもいいんだよ?行くって言っちゃったのは私だし。ソフィちゃんこういう場って苦手でしょ?」

「いえ、試練と思えば、こんなのへっちゃらですから・・・」

「クラブ体験は試練じゃないんだけどなぁ・・・、無理そうだったらいつでも言ってね?私も一緒に抜けるから」


 場所は西区、二階。アローラが言っていた第二薬学研究室の扉の目の前でそんな問答を行っていたニーナとソフィリア。中からは大勢の声が聞こえ、エレニアの声もかすかだが聞こえてくる。


「それじゃあ開けるね?」

「はい・・・」


 ニーナが扉を開ける。中からは大勢の声がよりはっきりと聞こえ、一番最初に飛び込んできた光景は、エレニアの地べたをはいつくばっている姿だった。


「すみませんすみませんすみませんすみません!!!!死んで!死んでお詫びをしますのでどうか!退学だけは!!退学だけはお許しを・・・!!」


「「!?」」


 いきなりの意味不明な状況に二人は硬直する。鼻につくのは薬特有のツンとした匂いと、消毒液の匂い。そして中は意外にも明るく、ただ普通の教室とは違いかなり広々とした空間だった。幾重にも長机が並べられ、その周りには白いカーテンのようなもので仕切りが施されているようだ。恐らく各ブースでそれぞれの持ち場があるのだろう。


 一番手前の机にも仕切りがあり、そこからわずかに見えるのは、先ほど言っていた土下座するエレニアと、その周りに落ちている何かの液体。エレニアをフォローする先輩が、地に膝をつけて何か話しているようだ。


「エレニアさん落ち着いて・・・。君が落としたのはただのクリミネっていう替えの利く薬だから。大丈夫だから」

「でもそれがもし今開発中の特薬だったらどうするんですか! こんなことじゃここでやっていくことなんて無理です!」


 白衣をきた黒髪ロングの女性が、エレニアをフォローするが、彼女は頑なにそれを拒否する。何が起きているかはよくわからないが、とりあえずちょっとしたアクシデントの場面に遭遇してしまったらしい。


「エレニアさん大変そうね」

「これが、格差社会・・・、上下の関係に左右される地獄の日々・・・」

「ソフィちゃん?」


 明らかに様子がおかしくなっているソフィリアにニーナは彼女の表情を伺いながらそう声を掛ける。彼女の表情はいつもの一人の世界へと旅立っているときのもので、完全にニーナの声を拒絶してしまっているときの状態だった。


「驚かせて済まない、君たちがアローラ先生の言っていた一年生だね?」


「あ、突然お邪魔してすみません。私はアンジェリーナで、この子はソフィリアって言います。今日は体験入部のお願いで来させていただきました」

「話は聞いてるよ」


 身長は180センチ以上あるであろう好青年が奥から出てきて二人に話しかける。茶髪の髪と紫紺の瞳は、目も合わせることすら憚れるほどの高貴な容姿だ。


「僕はレーネ。このクラブの部長をやらせてもらってます。五年生で、年も離れてるけど全然普通に接してもらっていいからね」

「レーネ先輩はずっと魔法薬学部で研究を?」


「うん、一年生のころからずっとね。二年生の時から開発していたフォルトニクスが完成しようとしているところなんだ。聞いたことあるかい?患者の代謝の促進をして、今までなしえなかったマナの強力吸収をしてさまざまな病の進行を食い止める効果があるんだ」


 彼の嬉々とした話し方に、思わず聞き入るニーナ。そして、妄想から帰ってきたソフィリアもはっとしたときに立ちはだかる巨人の存在を視認して後ずさりする。


「あ、ソフィちゃん戻ってきた。この方は五年生のレーネ先輩で、このクラブの部長さんだって」

「はははは、はじめ、はじめまして。ソフィリアです。年は15歳です。本日はよろしくお願いします」

「いやお見合いじゃないんだから。失礼だよソフィちゃん」

「あはははは、面白いね君。それに15歳かぁ。アンジェリーナさんも15だよね?若いなぁ、僕はもう20で、目も当てられないほどにおじさんになってしまったもんだ。まぁ今日はゆっくりしていって。といっても、今日は早々から少し騒がしいけどね」


 苦笑しながら彼はエレニアのほうを見ながらつぶやく。すでにことは収まっていたようで、別の作業に移っていた。だが、周りの先輩はエレニアの行動に注意しながら作業しており、明らかに効率が下がってしまっているように見える。


「うちの生徒がすみません・・・」


 ニーナがそう言って彼に謝罪をする。


「君たちもB組なんだね。彼女のおかげでぎすぎすしていた雰囲気も明るくなったよ。確かに作業効率は落ちてしまってるけど、新しい空気が入ってきたおかげで、いい息抜きになってるし、今の課題も見つかった。彼女こそ、今はたじたじだけど、研究に対してはすごく真剣なものだよ。今まで僕たちが持っていた熱を彼女はそれ以上に持っている。まだ体験期間中だけど、彼女にはぜひ、来てもらいたいね」


 さわやかなスマイルを浮かべながらそう言うレーネ。さすがに5歳も年が離れていると話し方にも品性が芽生えるようで、ソフィリアが今の内容を話そうとしたら恐らく5倍以上の時間がかかるだろう。なんなら途中で体力が続かず失神する可能性だって・・・。


「そこまで言っていただいて恐縮です・・・。私たちは邪魔にならない程度に見学させていただきます。白衣か何か来たほうがよろしいですか?」


「ご丁寧に、気遣い感謝するよ。それじゃあ扉横にある白衣と防護眼鏡と手袋をしてもらえると助かる。ここは薬品もたくさん取り扱ってるからその中には皮膚に触れるだけで危ないものもあるからね。そこだけ気を付けてもらったら、基本何してもらっても大丈夫だよ」


 横を見てみると、確かに大きな箱が置かれており、その中には白衣などの一式装備が4つほど用意されている。その二つを取り、ニーナは一つをソフィリアに渡す。


 白衣を装着して、各ブースを見て回る。


 エレニアのいるところはただでさえ大変な状況だったので、そこはあえて避けてほかのブースだけ見て回ることにした。アローラが言っていた通り、基本的な作業は五年生と四年生が行っているようで、特薬の開発チームは奥に設置されているようだった。流石に三年間開発してきたこのクラブの最高機密ということもあり、そのチームが配属されている空間だけは別室に用意されていた。恐らく隣の教室にでもつながっているのだろう。まぁ教室と言ってもここと同じような研究をするためだけに用意された特別な部屋だ。


 それ以外のブースは、調合や簡単な薬学の開発など、一目でわかるほどに簡単な作業を行っていた。そうはいっても研究は研究。知識のない二人が見てもなんの研究を行っているのかなんてわかるはずもなく、淡々と作業を見ていった。


 最終的に行きついたのは、その特薬開発チームがいる別室だ。入ることはできないらしいが、そこにつながる部屋の扉、横に縦長の大きな小窓が用意されていて、そこから中の様子を見ることができた。


 中には7人の生徒らしき人物が、完全防護装備で研究作業を行っていた。何かの液体を入れて居たり、その液体を何かと混ぜて居たり、他と同じような作業のはずなのに、他のブースとは全く違う雰囲気を感じる。


 見張り番とも取れる生徒が扉の横に座っており、ニーナはふと彼に質問した。


「ここは特薬の開発をされてるんですか?」

「ああそうだよ、悪いが中に入れることはできない。そこから様子は見れるから」

「あの7人の先輩方は特別な方々だったりするんですか?」

「そうだね、全員5年生、一人は留年してるから実質一人だけ6年生なんだけど、あの7人はアローラ先生が直々に選んだ選りすぐりの研究生徒だよ。あの7人は国家特薬開発ラボのあるメビウスに就職できることが決まっている。つまり、エリート中のエリートだな」

「すごい・・・、なんかハープネスの生徒って感じがしますね」

「まぁそうだなぁ。俺からしてみれば孤高の存在だけど」


 皮肉じみたことを口走り、彼は黙り込む。あまりいい気はしなかったらしくニーナはいたたまれない気分になる。果たしてソフィリアはこの7人のような人間になっているのか、はたまた門番をしている彼の立場になっているのか、それとも途中で挫折をしてるのか・・・。


 ただ一つ言えることと言えば、この学園は間違いなく魔法に対しての専門性はトップクラスで、その力は誰もが夢物語だと思っているものを現実化させてくれる。もちろん当人の努力と力、才能で決まるものだが、普通に生きていてはたどり着けないところに導いてくれる。


 ここへきてしゃべっていないソフィリアだったが、7人を見てそれを改めて実感して唇をかみしめる。

 7人のうちの生徒一人が、恐らく魔法を行使したのだろう。薬学が2つ、混ざり合わさり、青と緑の軌跡が空気中に飛散する。なにか、さらに真剣な面持ちになり、雰囲気が強張る。


 奥にあるケージから何かが取り出される。見たところ瀕死状態のネズミのようで、足が折れてしまっているようだ。恐らくは実験体。さきの薬学を容器に流し込み、それをネズミに注射器を介して注入する。


 ネズミは瞬く間に回復し、折れていた足が徐々にではあるが再生していくのがここからでもわかる。研究生たちは防護服越しで抱き合うようにして喜んでおり、何かの実験が成功したのだと素人目にもわかった。


 門番の男が立ち上がり、おもむろに小窓の向こうを見る。


「成功したのか、あいつら」


 嬉しそうな、だがどこか悔しそうにしてそういう男。ニーナはその男の言うことには耳を貸す様子はなく、小窓のほうをずっと見ていた。


「すごいですね。魔法って」

「・・・・・」


 ソフィリアの呼びかけにも珍しく答えることのないニーナ。

 小窓に両手を当てて、くいるように中の様子を凝視する。変わらず中では7人が喜び歓喜している状態で、彼らがニーナの様子に気づくものもいない。


「素敵・・・・」


 ニーナはただ一言そう言った。それは誰かに向けて放った言葉ではない。自然と漏れて出た独り言だ。そして今更ながらにソフィリアは思い出す、彼女がなぜこの学園へ来たのかを。


 生まれつきゲートの力が弱い母の疾患を治してあげる。

 今二人の前で起きたことは人知を超えた奇跡と言える。ニーナが目指すべき場所が目の前にある。


 あぁそうか。ニーナさんは元々このクラブに入りたかったんだな。


 ソフィリアは直感でそう感じた。


『うーん、入ろうとは思ってるんだけどね。一旦全部のクラブ見てから決めようかなって。一応体験クラブは今月末までだから余裕あるし』


 嘘だったのだ、何が理由かなんてわからない。そんなウソをついた理由なんて。少なくとも彼女はこのクラブを第一候補に定めていたはずだ。今の彼女を見れば一目瞭然だ。彼女がいるべき場所はここだ。ソフィリアの隣にいる場合じゃない。


 私がせき止めるわけにはいかない。私なんかが、邪魔しちゃいけない・・・。


 そう思うと同時に、今まで感じたことのない孤独感と自分の心の中にはなんにもないという事実で、胸が締め付けられる思いだった。

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