25話 当たり障りのない炎
「今日はどうだった?初めてのハープネス、身近に感じてみて」
「そうですね。何と言いますか、すごい圧巻というか、いろんなことが体験できそうな気がしてます」
「そうね、この学校だったらいろんなことを体験させてもらえるから楽しみだよね」
ソフィリアの言葉はこの学校で執り行われる催しやイベントに対しての発言ではなく、間違いなく白昼に起こった事件に対しての言葉だった。あんな死にかけた出来事も今まで体験したこともなかったし、あんな攻撃魔法を間近で見たのも初めてだった。
「少し寒いね、ちょっとだけ火を灯そうか。イグルド」
彼女はそう言ってテーブルの上にあった皿のようなところに魔法を行使する。
ぽっと明るい炎が上がり、あたり一面をオレンジ色に燃やす。ほのかな明かりが目の前に広がり、共にあたたかな空気がソフィリアの肌を触る。
「きれいですね、魔法って。何もないところから何かを生み出して、人を護る力にもなって。うらやましいです」
ソフィリアは珍しく、そう言葉を詰まらせることもなく優しい声音でつぶやく。
イオルノはその反応を見て、こう言葉をはさんだ。
「この学校ならあなたもできるわ。人を護る力を身に着けることも、なんだって。ソフィリアさんは将来そういう人を護れる仕事に就きたいの?」
「まだわかりません。でも、魔法がすごく好きで魔法関係の仕事につけられればとは思うんですけど」
歯切れの悪い物言いにイオルノは違和感を覚える。ソフィリアも歯がゆいような態度で、目を泳がせる。
「ソフィリアさんならきっとできるわ。あなた、優しいもの。人を護れる人間の素質は当人の意思の力に比例するわ。あなたならきっとできる。私はそうおもいます、ってこの言葉は私の恩師からもらった言葉なんだけどね」
「イオルノさん。いいひと、ですね」
ソフィリアはにこっと自然と笑みを浮かべる。それを見たイオルノは「やっと笑った」と喜んだ様子で声を上げた。
「え?」
「あなた、ここへきて一度も笑ってなかったから心配だったの。もしかしたら色々思い詰めてたりとかしてるんじゃないかと思って。クルルも心配してくれてたんだよ?」
クルルと言えば、さっきまで食堂で一緒にいた独り言が激しかった男の名前だ。変な人とは思っていたが、彼も彼なりにソフィリアの身を案じてくれていたらしい。意外な人相の事実にソフィリアは驚く。
「まぁ、ここからは一蓮托生、B寮のみんなはいい人ばかりだから困ったら相談してね。いつでも力になるから」
「お気を使わせてしまってすみませんでした。イオルノ先輩」
「イオでいいよ、私もさ、ニーナちゃんみたいにソフィでもいい?あれすごくかわいいから」
「もちろんです、でも私はイオルノ先輩でだいじょう―」
「えー、ソフィって冷たいんだねぇ」
じっとりした目でがっかりしたような表情を向けてくる彼女に、ソフィリアは「ううぅ・・・」と謎のうめき声をあげる。困る彼女の反応で、イオルノは「あぁごめんごめん、いやならいいからね」と言葉を付け加えた。
「努力します・・・」
「いやあだ名に努力も何もないからね。ほんと無理しなくていいから! 全然イオルノでもいいから、気にしないで」
「すみません」
ぺこりと座ったまま一礼するソフィリアを見届けて、イオルノは椅子から腰をあげて言う。
「私は寮に戻るけど、あんまり夜更かししちゃだめだからね?火は消しとく?」
「いえ、このままで結構です」
「わかった。水掛けたら普通に消せるから、じゃあおやすみ、ソフィ」
「おやすみなさい。イオ・・・・ルノ先輩」
「あははは、おやすみ」
苦笑し、彼女は寮の扉を開けてそのまま中に消えていった。
辺りは一気に静けさを取り戻し、燃える炎だけがぱちぱちと音を立てている。風に吹かれて火の粉が舞うが、すぐに空気中に消えて無くなっていた。火の粉は魔法で行使した際に工夫して、炎から離れた瞬間に消えるように工夫されているようだ。その工夫がどれだけ難しいかソフィリアはわからないが、すごいことなんだろうなと思う。それと同時にイオルノのソフィリアに対する当たり障りのない思いやりがその炎から感じて取れた。
炎を見ながら彼女は思った。
「そういえば、なんでこんなにわたし、魔法に憧れてるんだろう」
自分が使えない力だから、という理由で飲み込んでいたが、よくよく考えればなぜここまで魔法に固執しているのか。
その時強い風が吹きソフィリアの肌をさす。この時間帯の夜はかなり肌寒いようで、流石にイオルノの炎があるといえどかなり体は冷え込んでいるようだ。
特にこんな場所で感傷に浸る理由もないので、彼女もそそくさとテラスから退場しようと腰をあげる。
明日のスケジュールはかなり過密らしく、朝から各授業の教師陣がそれぞれの授業のレクリエーションを行う予定らしい。それが四限まで続く。そのあとは学級内での自由時間になり終わり。
授業は選択制になっているのでそれぞれが受けたい授業を決めることになる。あまりに生徒の選択数が少ないと教師側に何かしらのペナルティがあるとかないとかとエレニアが自慢げに話していたのを思い出す。
「いい先生ばかりだといいなぁ」
寮に戻った後もせわしなく談話室からは和気あいあいとした声が漏れてきていた。ニーナの笑う声、先輩たちの声も聞こえてくる。さぞかし盛り上がっているのだろう。その活気にソフィリアも自然と胸がざわつく。
(私があの輪に入れる日もいつか来るのかな)
そういつの間にか思ってしまっていた。
彼女の性格は簡単には変えられない。だけど、確実に彼女の心境はこの一日を通して変化していた。それはソフィリア自身気づけていないことだったが。
この学園での生活はまだ始まったばかりだ。彼女の心のうちはまだ不安が七割を占めている状態、とてもじゃないが一般生徒のようにこれからの学校生活に希望を持てているとは言えなかった。そんな彼女も、今までないくらいに頑張ろうという気概を胸に抱いていた。
だが、そんな淡い熱望の気持ちも、数日足らずで打ち砕かれてしまう。
それは彼女にとっての、幼いころに経験した適性試験以来の後悔と挫折となった。
「クレドって、お前本気で言ってるのかよ・・・? は? な、なんでそんな病気持ちがこの学校で平然と授業受けてんだ」
クレーシアが怒号にも似た声でソフィリアに告げる。戦術広場という試験に使われる場所で、ソフィリアとクレーシアは向かい合わせにしてそんなやり取りをしていた。周りにはB組の一般生徒もおり、ニーナとエレニアもその中に当然いた。心配そうな目でこちらを見るニーナに対比して、エレニアは今にもクレーシアに殴りかかりそうになるほどの憤怒の表情を浮かべている。
「すみません。黙ってるつもりとか、そんなつもりは・・・、アローラ先生からもう伝えられて知ってるとばかり―」
「そんな言い訳どうでもいいんだよ!!!お前、魔法も使えないでどうやってこの初回技能試験乗り切るつもりだったんだよ・・・!?最悪僕の成績にまで影響するじゃないか・・・!!」
「でも、先生はあくまで・・・個人の現在の技能を確かめるだけで成績には影響は―」
「そんなの建前に決まってんだろ!?兄さんも言っていたことだから間違いないはずだ・・・!お前それを知っててわざと僕に・・・!!」
彼は怒りのあまり、彼女の肩を強く押す。その反動でソフィリアは地面に体を叩きつけるようにして転倒してしまう。
それを見たニーナが、ついに激昂の声を荒げた。
「いい加減にして!! 不満ならあなたが先生に直談判すればいいじゃない!ソフィちゃんのせいにして何がしたいのよ・・・!」
その後も言い合いが続く、続く。先生が不在の時にどうしてこんな。
もう、もうやめて。私が悪いから、私が、いなくなるから・・・。
どうしてこの学校にきてしまったのか。ソフィリアは後悔する。やはり、無理だったのだ。いるだけで周りに迷惑がかかる。わかりきっていたことなのに、いざこうなると自身の精神力の低さに落胆する。
5月1日、一年生で行われる最初の適性試験。初回技能試験が執り行われていた。
次に語るのは、その前日談となる13日の出来事だ。




