24話 外の風へ
テーブル奥の席、見たことのある顔だ。女子生徒で、白髪の短髪で耳までかかる髪を後ろ側に回している姿がなんとも魅力的だ。とても静かで、なにか冷徹な雰囲気も醸し出しているような気がする。
その視線をニーナも感じ取ったのか、「同じクラスのアルシャさんだよ」と耳打ちをしてくる。自己紹介の時に聞いた名前と顔が一致し、あーとなる。だが、あちらはあちらでテーブルをじっと見つめたままで何か話そうという意思などは感じられない。だから話しかけたらいいのかとても気まずい状態だったのだが。
「アルシャさん」
ニーナが気を使わせて彼女に声を掛けてくれた。ソフィリア自身なにも話せることはないのでどちらでもよかったが、ニーナが仲介人になってくれるのであれば、ある程度会話もできるはず。そんな希望的観測を元に、ニーナに託す。
「なに?」
想像通りの低い声音で反応するアルシャ。
「えっとね、同じクラスのソフィリアさんだよ」
「ソフィリア・アズベルトです・・・。よろしく、お願いします」
「よろしく、アルシャ・マークヴェンです」
軽く会釈をしてアルシャはそのまま視点をテーブルに落として黙り込む。
ニーナやエレニアと違い落ち着いた雰囲気が特徴的な彼女。ソフィリアとしては同じ教室内で過ごす分には話しかけずにすむのでありがたいが、同じ寮に住むとなったとあれば話は別。談話室で彼女と一対一になるようなことがあれば、気まずさで一生モノのトラウマを植え付けられる可能性だってある。
つまり、ソフィリアとアルシャのコンビはまさしく地雷。この一瞬でソフィリアはそれを理解して震えあがっていた。
だがそんな様子を初対面の人に見せるわけにもいかず、唾を飲み込んで一旦気持ちを落ち着かせる。
「アルシャさんもB組なのよね?」
いつものごとくコミュニケーションの化け物であるニーナは笑みを浮かべながらそう質問する。アルシャは視線はこちらには向けないものの静かに反応する。
「そうだけど」
「アルシャさんは結構ここの寮にきて長いの?」
「どうして?」
「同じ一年生だけどなじんでるような感じがあったから」
アルシャはそう言われて再びニーナのほうへ視線を向ける。きれいな紫紺の瞳が二人の姿を映し、離さない。逆にソフィリアのほうが緊張で思わず目を放してしまっていた。ニーナはきょとんとした顔で彼女の顔を見続けているようで、無言の時間が流れる。
「アルシャも今日、君たちと一緒に初めて寮に来た子だよ」
フィリックは淡々とそう言葉をはさむ。意外な人物からフォローが入ったことに驚いたのか、フィリックを見るアルシャの顔が少しだけこわばる。ニーナは「そうなんですね。ごめんね変なこと聞いて」と一言誤りを入れて謝罪した。
「いいの、別に」
それ以上アルシャも何か言うことはなく、彼女との会話は終わってしまった。
それから少しして食堂に来る前に会った先輩が食堂に入ってきた。彼は大きな皿をワゴンを押して入ってくる。彼が来た方向は入り口とはまた逆の方角で、恐らくあちら側にキッチンがあるのだろう。イオルノが言っていた料理長というのがこのクルルという青年らしい。眼鏡をかけた勉強のできそうな、そんな感じがする。感じだけだけど。
「お待たせ、これで今日の晩餐のメニューは終わりだ。おかわりはいっぱいあるからほしかったら一年生も遠慮なく言ってくれ」
皿には大きなステーキ、サラダ、スープなどがあり、これまで見たことのないほどの豪勢な料理に圧巻されるソフィリア。ニーナは「ありがとうございます、こんなにいっぱいの料理・・・!」と目を星形にして喜んでいた。
だが、一番喜んでいたのはジルバレンという男だった。
「クルル、俺の分はどれだ?」
「お前はこっちの皿だ」
「わかってんじゃねぇか・・・・、このミディアム加減と肉厚。最高だなクルル」
「当たり前だ、僕を誰だと思ってんだ。天才料理長クルルとは僕のことだからな」
他の人はまったく気にしていないようだが、ソフィリアは目の前に広がるそんな会話に鳥肌を覚えてしまう。なにか自分とは違うコミュニケーションの次元に驚きを隠せない。
それに気づいたのか、隣に座るイオルノは耳打ちしてこう話す。
「二人の会話はずっとあんな感じだから気にしないで上げて」
「は、はい。わかりました」
自分もあんな感じで話せる友達が欲しいとも思うが、あれを他人に見られると思うとその気持ちも少しだけ陰ってしまう。本当の友達とは何なのかを考えてしまいそうだ。
それから、皆々が皿を盛り付け、好きなように食卓に並べられた料理を頬張っていった。あまりの寮にニーナとソフィリアは圧倒されて食べきれずにいたが、目の前のジルバレンが残り物をすべて平らげてしまい、それをエミリーにどやされるという一連の流れが繰り広げられていた。
ソフィリアは心の中で思う、本当にこんな環境でずっとやっていけるのだろうかと。
ちなみにエレニアは大浴場でのぼせ倒れているのが発見され、食卓に顔を出すことなく一晩中部屋で療養することとなったのはここだけの話だ。
食事を済ませた二時間後、各々は自室に戻ったり談話室で話していたり、食堂で時間をつぶしていたり色々していた。ニーナはフィリックとジルバレン、エミリーの四人で談話室で話を、クルルはなにかレシピでも開拓しているのか食堂でうねりを上げて居たり。そしてソフィリアはというと、誰かと会話ができるわけもなく、一時間食堂で暇をつぶしていた。だが、一人で勉強をしていたが、突然クルルがぶつぶつ独り言を話し出したので、気まずさと恐怖のあまり外に出てきたところだ。
外の空気は少しだけ冷たく、あたりに明かりが少ないからか星々が鮮明に見ることができた。
周りが木に囲まれているせいか、森林の独特な香りがソフィリアの鼻につく。この匂いは嫌いじゃない。ソフィリアの実家を思い出す。あの家も都市部から離れたところにある村だったからか山の香りをいつも感じていた。まだあの家を離れて一日もたっていないのに早くも恋しく思ってしまう。
「お母さん今頃なにしてるのかな」
寮を出てすぐ右がテラスのようになっており、そこに二つ椅子と丸いテーブルが並べられている。その一つの白い椅子にソフィリアは腰かけた。
椅子に座ると風が彼女の髪に向かって吹いてなびかせる。冷たい。肌にツンと付くこの冷たさは今のソフィリアには少し肌寒かった。家の中に戻りたい気分だが、戻ったところで居場所もないし、部屋に戻る気にもなれない。
「ソフィリアさん、なにしてるの?」
「あ、イオルノ先輩」
扉が開かれ中からイオルノが掛毛布を手にして外へ出てくる。毛布を彼女は「寒いでしょ?使ってこれ」と言って片手で渡してくる。ソフィリアは最初こそ遠慮したが、すぐに押し負けてしまい腰の上に毛布を掛ける。
「隣座っていいい?」
「は、はい。どうぞ」
がががと椅子を引く音が鳴り、イオルノはテーブルをはさんだ先の椅子に座った。
イオルノは何か言うわけでもなく、寮の外へつながる森林のほうをじっと見ていた。その横顔はとても凛としていて、ソフィリアは自分と同じ高校生徒は思えないと感じる。
何か話しかけなくてはと焦るソフィリアを横目に、イオルノは静かにこうつぶやいた。




