11話 閃光
押し倒されるような体勢になり、魔獣の手足がローブに突き刺さる。鋭い爪が服に入り込み、彼女の体を蝕む。咄嗟に彼女は物置から崩れ出ていた袋を手に持ち、その中からいくつか取り出す。一つ目に出てきたのは厚い本。それを魔獣の体にぶつける。衝撃が右手に走るが、魔獣は勢いを弱めることなく、彼女の顔に食らいつく。
紙一重で本を魔獣の口に入れ、噛まれることを阻止する。が、ビリビリと本の破ける音が聞こえると同時に、本をかむ力で魔獣の手足にも力が入り込み、彼女の肌に爪がさらに突きささった。
「ぎゃああぁ!!い、った・・・・逃げないと。にげ・・・誰か・・・誰か助けて・・・!」
逃げようとしたときに足が動かないことに気づく。噛まれて力を入れようとすれば激痛が走る。体にも爪が刺さったままなのでそれ以上動くこともできない。本も完全にかみ砕かれ、紙のかけらが彼女の顔に落ちる。
これ、本当に死んだかも・・・。
もはや痛みの声を上げる元気すらなくなった彼女は、天を仰ぐように地面にあおむけになり、勝手に力が抜けていった。目じりからは涙であろう水分が流れて床にいく。無表情でただ死を待つしかなかった。
結局、何もせず終わるんだな。
「ごめん、お母さん」
必死に絞り出した声は、空しくも虚空に消える。
だが、その虚空からまるで魔法のように赤い光が視界に現れていた。
それは小さな光から大きなものへとなり、やがてそれらは魔獣の体を突きさして建物の奥へと彼方へ追いやる。
赤い光がある前に小さな声が聞こえた。女性のようで、それはおそらく魔法の詠唱だ。
「ペネントーラ!!」
続いて声が発せられ、今度ははっきりと彼女の耳に届いた。またしても赤い光が彼女の上を飛んでいき、起き上がりソフィリアの体めがけて飛んできていた魔獣の頭を光が突きさす。短い悲鳴のようなものが聞こえて、魔獣は地面にたたきつけられる。血だまりができていたのか、ぐしゃっと生々しい音が建物に響いた。
何が起こったのか一切わからなかったソフィリアは、足音がこちらに近づいてくるのだけ聞こえて、そちらを見やる。
「ルーフス」
近づいてきた女性がそう唱ええるとまばゆいほどの閃光が頭上に出現する。そこでやっとあたりの状況がわかる。涙であふれる瞳を瞬きで慣れさせ、目のまえの人物の姿と現状の自分の状況を視認させる。
気を失いたくなるほどの惨状だった。噛まれた右足は爛れ、肉が完全に裂かれていた。服もボロボロで、爪をたてられたところからは血が滲み地面に滴り落ちる。鉄の匂いで鼻がおかしくなりそうだ。もはや痛みなど感じない、ただ寒いという感覚だけあった。
「待ってろ、今治癒する」
「あなたは・・・」
「この学園の生徒会長、ヴィアトリクス・シャルロードだ。今はしゃべるな一年生」
「先輩も早く逃げて、ください」
「何を言っているんだ。君は生きる、私は医療術の天才だからな。病までは治せないかもしれないが止血やある程度の傷は癒せる」
軽く笑みを浮かべながらそういう彼女、マントは白色で綺麗なマントだったがソフィリアの血のせいで赤く汚れてしまう。それに気づきソフィリアは思わず口を開いてしまう。
「先輩・・・血で、わたしの血で先輩の服が汚れて・・・」
「そんなこと気にするな。マントの替えなどいくらでもあるが命に替えはきかないぞ。いいから休んでおけ。怖かったろう」
「・・・・・」
どうしてか、そこまで今は恐怖を感じていなかった。一度本当に死ぬと思ったからか今の自分が信じられないほどに落ち着いている。
(汚れを気にしないなんて・・・すごく優しい先輩なんだろうなぁ。ていうか、もう入学式はじまってるよね。ニーナさんごめんね、結局行けなくて、あとで・・・謝らないと)
「しっかりしろ、頼む・・・! 失血がひどいな、こんなときにペーネアルガンを使ったことが裏目に出るなんて・・・! 今のマナじゃ足りない・・・」
なにかしゃべっているがソフィリアにはよく聞き取れなかった。よくしてくれていることは確かなので、お礼を言いたかったがなぜか口が開かない。どうしてだろうと考えてもよくわからなかった。
右手に何かが触れる、さっき本が入っていた袋だ。中はほとんどなにもなくなっているようで、厚みも全くない。でこぼこした何かが手に触れている、その感触だけが今ソフィリアに感じられる唯一の感覚だ。
後方から音がする。からんと何かがぶつかる音だ。誰か来たのかとヴィアトリクスは思ったが、振り返るとどうにもそれは的外れらしく、彼女は軽く舌打ちする。
「一年生、あと40秒だけ持ちこたえてくれ・・・。心配するな、すぐに片は付く。だから、信じて待ってて」
にこっと笑みを浮かべるが、すぐにきりっとした真剣なまなざしへと変貌する。
「ルーフス フィルムス」
彼女の手からまたしてもオレンジ色の光が飛び出し天井に張り付く。さっきまであった淡い閃光と入れ替わりでそれは出現し、先刻よりも倍近い明るい光源が生まれる。
その光のおかげで見えた魔獣は2匹。さきほどよりも体は小さい、だがその乱暴性は同じようで、よだれを流し、赤い瞳でヴィアトリクスを強くにらむ。
「ペネントーラ!」
刹那、ヴィアトリクスは魔法を行使する。またしても赤い光が魔道輪から生成され2つの柱がそれぞれに向かって走る。一匹は華麗に躱すが、もう一匹は躱しきれずに左足に直撃する。だが致命傷には至らずにそのまま彼女のもとへ突進する。
「くそ・・・! こっちへこい、魔獣!! お前たちの相手はこの私だ! コンジェロイド!」
追ってきた一匹に対して飛び掛かれる前にその魔法を行使する。すると魔獣の足先が凍り、身動きのできない状態になる。そこにペネントーラを打ち込み、魔獣の脳天に赤い柱が突き刺さる。肉片があたりに散乱し、もう一匹の魔獣はそれを見て一瞬鈍る。
そこをヴィアトリクスは見逃さなかった。次いで彼女は魔法を行使した。下級魔法のテムーノを放とうと行使する。相手に軽い斬撃を食らわせる魔法で、基本的に身動きをとれない程度の傷を負わせるものだ。少量のマナで行使でき、非殺傷性から相手を制圧するのに愛用されることが多い。
だが、ヴィアトリクスの魔導輪は輝きを失い、ルーフスの照明も途絶えてしまう。
「・・・マナ切れか」
彼女は苦笑いを浮かべてはめていた魔導輪を腰にあるポーチに入れる。それに気づいた魔獣も様子を見ていたところから一気に距離を詰め、こちらに攻撃を仕掛ける。
「人間が魔法行使しか能がないと思ったら大間違いだぞ」
言って、彼女はポーチに手を入れたままだったところから何かを出して、それを魔獣に向ける。
小型リボルバーだ。こちらにも魔道輪に嵌められている輝石が内部に嵌められており、マナを消費して弾を形成して打ち込む。イメージとしてはペネントーラに近い効果となる。
あらかじめ6発分のマナをリボルバーに貯めていたため、マナ切れを起こした時にも使えるアイテムだ。
一発足当たりに打ち込むが、外れる。床に跳弾した弾はどこかに飛んでいく。もう一発、打ち込む。だがそれは床に当たってしまってどこか彼方に飛んでいってしまった。
だが、彼女はその魔獣に背を向けてソフィリアの倒れているところへと一目散に走っていく。隙だらけの背中を魔獣が好機と言わんばかりに飛びつく。
だが、さきほど撃った弾が跳ね返り、ちょうど魔獣の頭を上から貫いた。頭を貫いた弾はそのまま勢いよく床に激突し、消滅する。
「よく跳弾する弾には気を付けるんだな」
走り際にそんな一言をヴィアトリクスは魔獣の遺体に向かって吐き捨てたのだった。
そんなヴィアトリクスの激闘をソフィリアは片目をギリギリ開いたまま見ていた。ヴィアトリクスは止血だけはうまくしてくれていたようで、意識は少しだけ回復した。傷もさっきよりかは幾分か感じないレベルには回復したようだ。
「かっこいい・・・」
「え?」
「かっこ、よかったです先輩・・・」
「こら、まだ止血段階で治療もろくにできていないんだ。無理してしゃべるんじゃない」
「先輩・・・、鼻血が・・・!」
安心させるためか、笑みを浮かべていたヴィアトリクスの鼻から赤い血が漏れ出る。マナ切れを起こした人間に起こる現象だ。ゲートを酷使すると脳にダメージが行く。そのまま無理やりマナを吸収してゲートを使うと、行使者は文字通り死に至る。これは脳からの最後通告というわけだ。
だが、そんな非常事態にもかかわらず、彼女は笑って見せ、袖で鼻血をふき取ってこういった。
「マナ切れをしてしまったようだな・・・。大丈夫、これくらいどうってことない。それよりも早く君を連れ出す。私の肩を貸すが、立てるか?」
(嘘だ、マナ切れを起こした人を試験で見たことがあった。立ってることすらできないレベルで、緊急搬送された子もいたのに)
どうしてここまで強いのか。この学園のトップになれば身につくものなのか。いや、無理だろう。なぜならソフィリアはクレドなのだから。こんなに強い人が目の前にいても、今彼女が行使していた下級魔法の一つすら何十年経っても身に着けられない。それがわかっているからこそ、心の底から目の前のこの先輩があこがれて見える。
「そういえば、君の名前を聞いてなかったな」
「わたしですか・・・?そんな、語るに足らないです・・・」
「名前に語るに足らないことなどないと思うが・・・。言いたくないのならいいんだ」
「いえそんなつもりでは・・・!ソフィリアです。ソフィリア・アズベルトです・・・」
しゅんとした顔でそういったヴィアトリクスに思わずソフィリアは即答した。ヴィアトリクスの顔はハッとした表情を一瞬浮かべて目を閉じてほほ笑む。変な名前とか思われたらいやだなとかいろいろ思って心配したが、そんな気持ちも彼女の言葉で一瞬で吹き飛んでしまった。
「ソフィリアか。いい名前だ、覚えておこう」




