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10話 死の慟哭

医務室には合計15個のベッドが並べられており、全体的に白を基調とした色合いの部屋だった。かなり広く、彼女は一番奥の右手のベッドへ運ばれる。


 中には他に誰もおらず、ソフィリア独占の部屋と化す。白衣の女性も入学式に参加するのか、それとも何か別の用事があるのか、ソフィリアに少し出てくると言って外へ出てしまう。


 一人が好きな彼女も孤独には弱い。誰かしらいてほしいものだったがそんな贅沢も言っていられない。ここまで世話を掛けてくれた人たちに感謝をしなければ。感謝をして、感謝をして、寝よう。そう思い、彼女は重い瞼を閉じる。


 寝ようとは本気で思っていなかったが、瞼を閉じた瞬間に一気に眠気が襲ってくる。朝からどたばたした一日だったせいか、どっと横になって疲れが出たのだろう。まだここにきて二時間しかたっていないのに、と自分を責めたりもしたがそれで眠気が収まることもなく、そのまま浅い眠りに落ちていった。


 夢の感覚だったが、おそらく現実だった。仕切りである布のカーテンを閉めていなかったせいで、扉のほうが丸見えだ。そこに見えるのは男二人。朦朧とした意識で眼を開けるが、うまく開かずに声だけ聞き取る。あちらはこちらの存在に気づいていないようで話に夢中だった。


「もう後戻りはできないからな」


「わかってる、準備は万端だ。すべて順調に話は進んでるからな」


「始めよう」


 入学式の準備生徒なのか、青のマントと赤色のマントをした生徒がそんな話をしている。

 そういえばもう入学式の時間だ。一生に一度の入学式、出たかったな。少しの後悔と寂しさで胸がずきっとうずく。折角ニーナと友達になれて、エレニアという子とも少しだけ話せたのに。学校始まっての行事にいきなり参加できないとなるとかなり悲しいものがある。

 男子生徒たちは話を切り上げて医務室から離れていく、その足音が聞こえなくなるまでじっと息を潜めるようにして布団へ隠れたソフィリアは、その中でふとおもった。


「いや、まだ間に合うのでは・・・」


 さっきの生徒たちが言っていたのを推察するにまだ始まったばかりなはずだ。大抵の入学式は先生挨拶と学園長の長い挨拶と相場は決まっている。幸いソフィリアはこの学校の構図はある程度理解しているのでこの医務室からアリーナへ向かう道筋は大方わかる。


 そう思い立ったソフィリア、行動はかなり早かった。一瞬で布団から抜け出し、靴を履く。ローブについた埃やチリたちを払いのけて一気に医務室のとびらへと直進する。

 がらっと扉を開けて右左と確認する。人影なし、医務室の先生の影もない。もし見つかったら医務室で安静にしてろと命令が下るはず。そうなればソフィリアのワクワクドキドキの初日はおしまいだ。


「たしか医務室を出て右に行ったところが大食堂。そこを通り抜けて中央区のほうに走り抜けて、そこに裏階段があるはずだからそれを上って、何かの準備室があったはず。そこを通ったら大広間にでて、大階段を上ったらアリーナ。ここまで覚えていると自分の力が怖くなる・・・」


 一人にやにやして悦に浸っていると、立てかけてある古時計が鳴り響く。11時の音だ、予定では入学式が始まる時間帯。もうこんなに過ぎていたとは。悠長にしていられない・・・。


 時計の音とともにソフィリアは右通路を走り抜ける。幸い先生などはいないはずなので廊下を走っていても誰かに咎められることはない。味わったことのない罪悪感が今は妙に心を躍らせる。


「次は・・・、食堂を抜けて、裏階段を目指す・・・!」


 食堂に職員がいたらめんどくさいかと思っていたが食堂ももぬけの殻だった。廊下にも全く人がおらず、往来する人間と出くわすこともなかった。これは幸運だ、悪目立ちたくない彼女からすればこの状況は追い風となる。このままの勢いで裏階段を上る。


 かんかんと階段を昇る音が響く。音は彼女が発するものだけとなり、ほかには何もない。あるのは彼女の足音と息を吐く呼吸音だけ。


 裏階段を昇り廊下に出る。廊下にも幸い人はいない、不気味なくらいに物静かで、それが少し焦りにも感じる。まるで自分以外がこの世界にいないかのような、そんなありえないが奇怪な世界の片鱗がこの廊下につながっているような気がしてならなかった。


「なに変なこと考えてるのわたし・・・! いくんだぞ、ニーナさんと入学式に出るんだ」


 鼓舞するように己に向かってそう叫ぶ。その声も廊下に反響して跳ね返ってきた。


 十字路に分かれている廊下に出て構図を思い出す。確かこの十字路の道を真っすぐ行って三つ目の部屋の奥に大階段につながる近道があったはず。それを目指して彼女は足を速めていった。

 その部屋は倉庫?のようなもので、とてつもなく大きな建物となっていた。幾重にも奥に連なる物置、真っ暗であまり奥が見えず、ゆっくりと歩くほかなく慎重に進む。


「ここ寒いな、こんなところに本当に繋がってるの・・・?」


 そんな文句を言いながらも彼女は足を止めない。どころか、歩く速度を少しだけあげてこの場所を早く抜けようとする。気持ちの焦燥からくるものが行動に現れ、冷たい汗が額に零れる。


 奥に何か見えた。それは紫色に光るなにかで、じっとこちらを見つめていた。見つめていたとはいってもそう見えただけで、実際にはただの紫の塊にも見える。それが何なのかなんてわかりもしないけど。


「これって」


 10メートル近くまで近寄ってわかった。今朝教室へ向かうときにあった紫の入り口のようなものと同じ形状だった。ニーナは確か空間干渉の魔法で作られた入り口と言っていた。なぜこれがここにも存在するのか。


 階段にあったものよりも周りが暗く、しかも一人なせいかすごく不気味だ。毒々しい姿はソフィリアを中に吸い込もうとしているようで気味が悪い。


「早く離れよう・・・!」


 なにかよくない気がしてそうつぶやくソフィリア。なぜか鳥肌が一気に立ち、身震いしながら入り口を通り過ぎる。


 刹那—。

 彼女は後頭部から床に倒れる。衝撃が遅れて脳に届き、強打した頭と腰に激痛が走った。

 声を上げる暇もないほどに、その痛みは全身に走り、鈍い声でジタバタする。

 なにが、起こったのか。


 前方を見る。暗闇、それは変わらない。だが、紫の入り口から光がかすかに漏れ出て、その周辺がかろうじてわかる。彼女が来た方角からは死角で見えなかったが、入り口の後ろにそれは潜んでいた。いや、潜んでいたのではなく彼女が近づいてくるのを待ち構えていた。


 鋭い牙からは幾多にも唾液が零れ、四つん這いでこちらを睨んでいるそれは、そいつの目は赤く光ってソフィリアを完全に捉えて離さない。尻尾は蛇のようで、顔面は犬のようでヤギにも見える。ただただ悍ましい存在がそこにあった。


「ま、、まま魔獣・・・・?!なんで、こんな建物の中に・・・!どうして!!」


 なぜと問うがわかりきっている。あの紫の入り口が魔獣が行き来するのに経由した手段だったことは。ただそれよりもなぜこんな状況になっているのかが理解できなかった。


 上半身を軽く起こす。下を見ると、ローブに切り傷ができていた。中の下地にまで傷は達していて寸でのところで肌まで裂かれなかったようだ。だがその裂かれた跡を見ただけでソフィリアの背筋が凍る。これをまともに受けたら間違いなく死ぬ。一瞬で殺されて食われる。


「ガググググゥゥウウウ」

「ひっ」


 低いうめき声をあげ、こちらにゆっくり近づいてくる魔獣。それに合わせてゆっくり後ろに下がるが、すぐ後ろは物置の棚だ。下がっても距離が離れないことに混乱した彼女は、完全に錯乱状態に陥っていた。なぜ下がらないのか、距離が離れないことにわけもわからず泣いて懇願する。


「許してください許してください・・・、私が悪かったです、私のせいです。ごめんなさい、だから許して・・・」


 祈りをつづけたところで状況は変わらない。刻々と死が近づいてきているのが本能でわかり、あと数メートルというところで彼女は目を閉じた。


 数秒、何の音も聞こえない。なぜか、わからない。恐怖で目を開けられず、ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。だけど、何が起きているかもわからないのも別の恐怖があり、彼女は意を決して恐る恐る目を開ける。


 目の前には何もいなかった。床には確かにヨダレが落ちて固まった後があり、それがそこにいたのは確かだったが、何もいなくなっていた。

 一安心して肩の荷を下ろす。


「よかった・・・」


 背中を棚に預けたままへこたれるソフィリア、だったが。


「ガルウガアアアェアアアアアアア!!!!!!」


 真左から奇声が聞こえ、ソフィリアは絶句する。

 左には何も見えない、暗闇だからだ。紫の光源もこちらには届かず一寸先も見えないような状態だった。

 だが、それがいることははっきりとわかった。酷い息遣いと動物離れした悲鳴を聞いてはもう否定することなんてできない。


「いた・・・!やばい、ほんとに死ぬ・・・やばいやばい・・・!」


 足に激痛が走り引っ込める。暗闇で何が起きているのかわからない、痛みだけが彼女を襲い、その瞬間それは彼女の体に勢いよくとびかかる。


 感じる、死がすぐそこにある恐怖を。6歳のころに味わっていたはずの慟哭を今ここで味わうなんて、夢にも想ってみなかった。


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