9話 新たな友達
アリーナはかなり広く、人が千人入ったとしても十分余裕のある空間だ。天井もかなり高く、おそらく開閉式の天井になっているようだ。正面には舞台のようなところがあり、まるでどこかの演劇のコンサート会場のように広大なスペースがあった。その舞台を囲むかのように客席があり、そこでは上級生たちが入学式の準備で闊歩している様子がこちらからも確認できた。
ソフィリアとニーナは異常な人ごみに酔ってしまい休憩場所を探して入る最中だった。
「あそこなら休憩できるかも、もう少し歩くことになるけど頑張ろうソフィちゃん」
「ふぁ、ふぁい」
言葉にならない吐息のような声をもらしどうにか答えるソフィリア。肩を担がれながら人ごみをかき分け、後方を目指す。
後ろは人がそこまでいないのに加えて、上のほうに通路用のものなのか足場のようなところがある。そこには組み立て式の椅子もあり、何人かはそこで待機しているようだ。どこで待機するかなんて言われていないのであの通路を使っても差し支えないだろう。そう判断してニーナは頑張って上に向かって歩みを進める。
「ここなら少しは落ち着くよね」
「あ、ありがとうアンジェリーナさん」
「ニーナでしょ?」
「あ、すみません」
「言葉遣いももっとフランクでいいからね。友達なんだから」
「と、ともだち・・・ともだち」
気味の悪いほどの笑みを浮かべそうになるソフィリアと、それには一切目もくれず、下を見渡すニーナ。これほどの大きな施設と、自分と同じ1年生の姿に興奮しているのだろう。鉄格子を体を預けるようにして見ている彼女の眼は輝いていた。
「そんなに身を乗り出すと落ちちゃうわよ」
突然横からそんなことを言われて、無意識に体をひっこめる。声のもとの方向を見ると、すらっとした金髪が特徴的な、可愛げな女性がこちらに顔を向けていた。
胸元にはブローチ、そして赤色のマントと茶色のローブをしている彼女。同じ新入生だろう彼女は笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。ソフィリアはニーナの陰に隠れながらこう言葉にする。
「あなたは、確か教室にいた?」
「え、すっご覚えてるんだ。お察しの通り私は1年Bのエレニア。エレニア・ガーター。エレニアでいいわよ」
すごいなぁ、そんな自然に話しかけられるなんて。わたしには一生無理だな。変わらず深呼吸をつづけながら考えるソフィリア。
そんなことを意に介していないニーナはさらっと自己紹介をはじめた。
「あたしはアンジェリーナ・コロニアって言います。よろしくエレニアさん! こっちの子はソフィリア。今は人ごみに酔ってるから休んでる最中だったの」
「へぇ、二人とも教室で怒られてたよね。すっごい目立ってた」
「めだ・・・・っめだ・・・・」
悪目立つことに人一倍敏感なソフィリアが目立っていたという言葉に反応してしまい挙動不審にする。その様子をエレニアも不審に思い、さすがに顔を怪訝そうにさせる。
まずいと思ったのか、ニーナはすぱっと間に入り言葉を入れてフォローした。
「ごめん、体調今かなり悪くて。気にしないで上げて?」
「入学初日からお気の毒に。まぁ私もそういう経験あるからわかるわ」
「そうなのね・・・。エレニアさんはどこの学校出身なの?」
「気になる?私はね―」
どんどん会話が弾んでいく光景が目の前に広がっていることに驚愕する。
今どんな入り方で会話を始めたのか、まったくわからなかった。今のを真似てと言われても10年先でも同じことをできそうにない。
(完全にニーナさんに気を使わせてしまった・・・。消えたい、いや今消えたらお母さんに迷惑かけちゃうからせめて遺産でも上げられるようになってから消えたい・・・)
妙なことを考えれば考えるほど気分が悪くなってきた、さっきから変に体調がよくない。人ごみに充てられすぎたのか、朝から色々頑張りすぎたことが原因なのかはわからない。
楽しく談笑している二人の空気を悪くさせないようにソフィリアは一人静かに耐える。目をつむればめまいもマシになったし、座っているおかげで幾分か楽だ。だけどこの嫌悪感というのか、胸のしこりが取れないような気持ちの悪い気分が取れない。
(やばい、意識とびそう)
くらっと頭が揺らぎ地面に倒れそうになる。
瞬間、誰かの腕でソフィリアの転倒が免れる。嗅いだことのない香りが彼女の鼻を包み、一瞬気持ちが落ち着く。するとゆっくりと壁に向かって体を預けるように促されそのまま壁に倒れる。
顔を上げると目の前にはエレニアが心配そうに見つめていた。腕は彼女ものだったようで、体調がよくないソフィリアを話しながらも気にかけてくれていたようだ。ニーナもソフィリアを心配そうな顔で見ており、先生を呼ぼうとしているのかあたりを見回している。
「大丈夫?」
「はい、すみませんご迷惑をおかけして。もう大丈夫です」
「嘘。あなた相当無理してる、目の瞳孔が開いたり閉じたりしてるわ。マナ中毒の重度症状の特徴」
「マナ中毒って、でもわたしは・・・」
ゲートがないソフィリアにとってマナ中毒は起こりえない現象だった。でも彼女の眼は真剣で冗談を言っているような風には到底見えない。
ニーナは一目散に上ってきた階段を駆け下りていく。おそらく先生を呼びに行ったのだろう。自分のために必死になってくれていることへの罪悪感とちょっとだけの高揚感でソフィリアは複雑になる。そんな思いも押し寄せる気分の悪さで失せてしまったが。
「ちょっとじっとしてて」
「なにを・・・するんですか」
朦朧とした意識の中、ソフィリアはエレニアが服から何かを取り出すのが見えた。
それを指にはめてやっとそれが何かわかる。魔道輪だ。魔法をゲートを介して行使するための道具。彼女はソフィリアに対してなにをしようとしているのか、混濁した意識の中ではそんなことを考える余裕はなかった。
「大丈夫、変なことはしないから。マナ中毒に対して有効な魔法を行使するだけ、規則では先生の引率がないと行使しちゃいけないから黙っててね」
なぜそこまでしてくれるか。そんなことわからないが、このどうしようもない気持ち悪さがなくなるのなら今は頼るしかない。ソフィリアはお願いしますと言おうとしたが、それを言う気力もわかず、ただ天を仰ぐようにして待っているほかなかった。
「ヒーリング ノーディアス」
彼女は指輪指輪のようなものを右手の中指に嵌めてそう唱える。
彼女がはめたのは魔導輪と呼ばれるもので、取り込んだマナを使って魔法を行使するための必需品だ。この道具がないときちんとした効力を発揮できない。どれも指輪の中央には石がはめ込まれており、エレニアの輝石は緑色だった。
魔導輪から緑色の軌跡が現れ、やがてそれはソフィリアの体を包み込む。視界もぼんやりし始め、意識もはっきりと保てるようになってくる。吐きそうだった気持ちも晴れ、元の状態にまで回復する。
「どう?マシになった?」
「はい・・・! ありがとう、ございます・・・。あの、何をすればいいですか?」
「え?」
「何を代償にお返しすれば・・・?!」
「だ、代償ってあたしゃ悪魔か。大丈夫よ、魔法行使したことさえ黙ってくれていれば。私もいい練習になったし、でもこんなところでマナ中毒って何をしたらこんなひどい状態にまでなるの?」
それに関してはソフィリアはわからないとしか回答ができなかった。心当たりなんて毛頭ないし、そもそもクレドである彼女がマナ中毒になんてなる要因はない。あれはゲートを介してマナを過剰放出、または過剰吸収したものにのみ現れる現象だ。生まれてこの方経験したことのない症状に侵されて、そっちに衝撃を受けているのだから。原因なんてわかるはずもない。
「すみません、よくわからないです」
「そっか。まぁいいや、アンジェリーナさんが先生呼びに行ったから少し待ってて。念のため医務室にいったほうがいいと思う。私の魔法も完璧なわけじゃないから」
「そうなんですか?」
「うん、ヒーリング系の治癒魔法は一年生の夏に学ぶ奴だからね。予習で習得しただけだから」
「そうなんですね・・・」
さも当たり前のことのように言っていたが、予習した魔法を実践で使うなんて誰にでもできることではない。専門的に人間から教わっているのであればまだしも、もし独学となれば相当な鍛錬が必要となる。優秀なのだろう、エレニアは自慢もすることもなくあたりを見渡す。
「幸運にも誰にも気づかれてなさそう。あ、アンジェリーナさんも来たみたいだわ」
階段を覗き込むエレニアに続いて階段の方向を見る。焦った表情のニーナとその後ろに医務室の先生なのであろう白衣をきた女性が後についてきているのが見えた。
その後、先生に軽く症状を見てもらい、結局医務室に念のために運ばれる手筈となった。最後まで見守ってくれていたニーナとエレニアに礼を言いたかったが、担架で大げさに運ばれていく自分の恥ずかしさで声が出せず、そのままアリーナを退館することとなった。その際に、入ってきたときに声を掛けられた先輩方と目が合った時があったが、気絶しているふりをして何とかやり過ごしたのは、ソフィリアだけしか知らないことだ。




