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第七試合 グローブ空手VS柔道 2

 真島の拳が空を切り、難波の腰が、背中が、真島の体を背負う。同時に、ついに顔面から離した右腕で、難波は真島の帯を後ろ手に掴んだ。正規の掴み方ではないが、構わない。

 難波の足が跳ね上がり、真島の足を払い上げる。難波は自らも飛んだ。

 二つの巨体が宙を舞い、そして、真島の体が背中から試合場に落ちた。稲妻が落ちたような音が響く。

 その上から追い打ちのように、難波の体が降ってきて、真島を床に押し潰した。


「ぐあっ!!」


 真島が呻き、会場が地鳴りのように沸く。

 だが、見た目ほどのダメージがないことは難波が最もよく分かっている。

 今のは真島を地面から引っこ抜くために自分も跳んだが、投げ捨てるのでは、駄目なのだ。足で地を噛み、きっちり投げ切らなくては。

 寝技を警戒した真島がすぐに立ち上がる。難波も、この体勢からでは寝技に引き込むことができないのは承知しており、同じく立った。

 そして、距離をとるべく後退する真島よりも、踏み込む難波の方が速い。今度は右手で、難波が真島の奥襟を捉えた。

 その瞬間、真島の腰が鋭く回った。

 腰から肩へ、肘へ、そして拳へ。体重移動と共に全関節が完全に連動した、真島の右拳が放たれる。

 難波には、全く見えていない、近距離でも威力充分の、正拳の逆突きだった。

 だから、技の予備動作のために、難波がダッキングの要領でそれをかわしたのは、完全に偶然だった。

 他の技を選択していれば、この一撃で顔面を撃ち抜かれ、終わっていただろう。

 重心が前に突っ込んだ真島の体を、難波は股間から差し入れた左腕と奥襟を取った右腕で、担ぎ上げる。


『こ、これは、飛行機投げです! 難波、真島の体を、地面と水平にして肩に担いだ! そして投げ落とす――いや、違う!?』


(こいつは重過ぎる。これでは、投げきれない!)

 不完全な形で投げても、同体になるか、悪くすれば相手が立ち上がる方が早くなる可能性すらある。

 真島相手に、きれいに投げを決めるチャンスがそう何度もあるとも思えない。

 ここで決めなくてはいけない。受け身を取られれば、今度は窮地に陥るのは自分だ。難波にはその確信があった。

 難波は担いでいる真島の襟と股から手を放し、一瞬で帯を両手で掴み直した。さらに、水平になっていた真島の体を空中で縦にする。

 そして難波は両腕と肩で、真島の両足を担ぎ上げた。真島が、難波に、前向きで肩車されているような形になる。


『なんと!? まるで、難波が大きな荷物を頭の高さまで持ち上げるような格好で、真島を抱え上げています!』

抱上(だきあげ)かよ!』

『だきあげ!?』

『柔道では、この形になったら投げんでも一本だ。何しろこの格好のまま投げられたら――』

『投げられたら!?』

『帯を掴まれてんだ、真下に投げ落とせば、受け身取らせずに叩き付けることになるぜ!』


 ほんの一呼吸だけ間をおいてから、真島の急降下が始まった。

 プロレスのパワーボムに似ているな、と真島は、頭の片隅で思った。

 しかしあれとは、掴み方も、角度も、そして落下速度も違う。

 真島は両腕を床に羽打ちして、少しでも威力を殺そうとした。しかし、背中から真下に落とされては、受け身のタイミングすら分からない。

 結果、羽打ちに失敗し、真島の後頭部は試合場の畳に高速で衝突した。


 ドガアッ!


 体が今のサイズになってから、こうまでしたたかに己の体重を思い知らされたのは、初めてだった。

 意識が明滅する。呼吸ができない。一流だ。この投げは、一流の柔道家の、積み上げた研鑽がなす、一流の投げだ。

 だが、立たねば。

 しかし、床がどこにあるのかが分からない。天地上下の感覚がない。

 手探りで何とか地面を探り当てた。

 その時、背後に気配を感じた。同時に、頑丈な布で首が絞められる感覚に襲われる。


(ああ、これは)


 柔道の締めは、気道の圧迫とは違い、血流を断つことで三秒で気絶させる。

 急速に思考能力が奪われ、真島の体はくたりと緊張を失った。


『失神! 真島、失神です! 背後からの襟締めで勝負あり、柔道は難波の勝利! 静かな序盤から、たった一度の接触から決着がつきましたアアア!!』

『見た目には、よくある組技と打撃の決着パターンだがな。一瞬の攻防の中に、プライドと戦略、それに運がよく絡まりやがった』


 難波は、落ちて転がった真島が担架で運ばれるのを見ていた。

 でかい。あの体から繰り出される空手技の標的に、さっきまで自分がなっていたのだと思うと震えがくる。

 もし、最初から顔面を狙われていたら。もし蹴りを混ぜられていたら。もし、相手が「巨漢空手家らしい戦い方」にこだわっていなかったら。

 またも冷汗が出てきた。

 まだ騒いでいる観衆から、「やっぱり組技の方が強いな」「空手、なんだかんだ弱いんだよなあ」というヤジ交じりの声が聞こえる。

 難波は、前者よりも後者の声に、余計に腹が立った。


(最後まで戦い抜こうとした、あの闘志を見なかったのか。有利不利を顧みずに真正面から戦おうとした、あの矜持を見なかったのか。一歩間違えば俺の方が一発で失神KOさせられていた、あの強さを見なかったのか!)


 そこの試合場に立って戦ってみろ、と思った。


第七試合

M真島竜胆(まじまりんどう)

N難波剛志(なんばたけし)

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