第八試合 古流柔術VS我流喧嘩術 1
第八試合
O御土垣正美。古流柔術、天振流。二十歳。身長百七十六センチ、体重六十九キロ。素手に黒の柔術着。
P|花連実竹道。我流喧嘩術。十九歳。身長百七十九センチ、体重七十キロ。素手、白の特攻服。
『いよいよ、一回戦の最終試合、第八試合となりましたア!! ここで出たのは何とも異色の対決、柔術VS喧嘩術です! 花連実はこれまで格闘技経験なし、実践のみ――つまり喧嘩のみで磨き上げて来た戦闘術です! それに対し、御土垣が使うのは三百年の歴史を誇る柔術流派です!』
『あの花連実ってのなあ。金髪リーゼントに特攻服たあふざけたナリだが、つええんだよな』
『そうです、花連実はここまでの予選で、空手を倒し、キックを倒し、その他の格闘家を倒してここにいます! 身長は低くはありませんが巨躯でもなく、これといった格闘技も使わずに、ここまで来たのです!』
『しかしねエ。街の喧嘩屋に、格闘技が負けてちゃ話にならねんだよな。そもそも、そういうのをぶちのめすための格闘技だぜ?』
『さあ、伝統的格闘技VS街の喧嘩! 勝つのはどっちだアアア!! 試合開始!!』
「じゃあよろしくゥ、ジュージュツカさん」
「ふざけた顔をしていないで、構えたらどうだ」
御土垣にそう言われると、花連実は急に真顔になった。
「構えなきゃ戦えねえのは、お前らだろ」
そして、花連実は自分の顔の前に右手を開いて突き出した。その陰に隠れて、御土垣からは花連実の顔が見えなくなる。
御土垣はまだ構えずに、自然体でいる。だが、僅かに重心を後ろに下げた。
花連実が右手を出したまま歩き出す。柔術化の御土垣に、その腕を手繰ってくれと言わんばかりである。
間合い、二メートル。
花連実は無防備に歩く。
御土垣が踏み込んだ。
その瞬間、花連実がさっと手をどけた。その向こうに、御土垣は花連実の口が妙に突き出されているのを見た。
ブウッ!
花連実が唾の塊を吹いた。よく練習されている技だ、と御土垣が悟ったのは、それが明確に御土垣の目に飛んできたからだった。
かわす暇はない。眼球に直撃はしなかったが、瞼を閉じざるをえなかった御土垣は、仕組まれた奇手に踏み込んだ自分を叱責する。
だが、この程度の危険に踏み込まずして、何のための武道か、というものでもある。
再び御土垣が目を開くのと、花連実が御土垣の襟首を両手で掴んだのは同時だった。
狙いすました頭突きが、御土垣の鼻面に飛んで来る。
『おおっと先手は花連実! しかしこれはクリーンヒットすれば、もう一発で――』
『いや。決まらねえな。悪手だ』
花連実の上体が、思い切り前に突っ込んで、そのまま空を切った。
「何い!?」
御土垣は、肩をひねっただけで、己の襟首を掴んでいる花連実の重心をコントロールしていた。
思わず手を放した花連実がたたらを踏む。
『素人が柔術家の襟なんぞ掴むからだ。バカかあいつ』
『これは、早くも柔術の技が披露されました! しかし、武術家が路上の喧嘩で不覚を取るのは、珍しい話ではありません! 果たして!?』
向き直った花連実は、野獣のように御土垣に襲い掛かった。意表をついた一発できれいに決める展開は捨て、乱戦に持ち込もうとする。
そして放たれたいくつもの拳を、御土垣は両手で払って行く。構わずに連撃を繰り返す花連実。だが、すぐに違和感に気付いた。
(いてえ!? なんだ、こりゃ!?)
『おや、不良の連撃が緩まっています! どうした花連実!』
『痛め技だ。不良君のやわらけえ腕の内側を、御土垣がかてえ手首の骨で何発か撃墜したろ』
『な、なんと、ここでも柔術技!』
『街の喧嘩屋と、格闘技の違いはそりゃ山ほどある。だがイチバン差がつくのは、なんつっても――』
試合場では、花連実が初めて躊躇を見せていた。
『――防御の技術だ。あのヤンキー、柔術の攻めがさばけんのか?』
御土垣の突き出した拳が、二度ほど、ボクシング風にガードを固めた花連実の腕を突いた。
そのあまりの痛みに、すぐに花連実の腕が緩む。御土垣は、拳の中に親指を握り込み、その親指に中指の第一関節を折って当てる、いわゆる中高一本拳に握っていた。
面ではなく、急所を点で突く柔術の打撃は、喧嘩百戦錬磨の花連実も未経験だった。
(やべえな、すげえ痛え。これをくらうのはまじい)
やはり、柄にもなく防御など考えたのが間違いだったのだ。喧嘩の活路は、攻撃のみにある。
花連実は自分から前に出た。柔術相手に、無造作な攻撃は最も危険だったが、花連実はその攻防の際に乱雑さを持ち込んでこそ勝機が見えるはずだと読んだ。
だが、天振流柔術の真髄は、攻撃のさばき方ではなく、相手の反射を、意図を、意志を逆用することにある。
花連実が振りかぶった右拳が振り下ろされる前に、御土垣が踏み込んだ。
攻撃意識の隙間に入り込む動きは、対人的には物理を超えたスピードを得る。花連実は反応すらできなかった。
御土垣は右手で花連実の左手首を取り、左手は花連実の喉元へ放たれた。
『組んだア! 御土垣が組み付きました!』
『飛んで来た拳を空中でとっ捕まえるなんてSFやるくれえなら、そこにある腕を取りに行く方が手っ取りばええってこったな。それにあの左手だ』
『御土垣の左手は、相撲の喉輪の要領で、人差し指と親指の間で花連実の喉仏を捉えています!!』
『あれをやられると、人間は自動的に後ろへ自分から引く。つまり、こらえられねえんだ、投げを』
御土垣に押し込まれるまま、花連実の体が後ろへ流れる。花連実は、まるで自分が宙を飛んでいるように感じた。
更に、御土垣の左足が花連実の両足を刈った。
『罠を張っておいて、ハメて終わりじゃねえ。その罠に目を奪われた敵の素っ首を、掻っ切るのが古流柔術だ』




