浄化官
白い上着は、十二人いた。
数えられた。歩くのが遅かったからだ。
先頭の男だけが、少し前に出ていた。三十くらいだろうか。背は高くない。上着の下にうすい鎖かたびらを着ている。歩き方が、村の誰とも違った。
足音がしない。
石畳でもないただの土の道を、十二人が歩いてきて、先頭の一人だけ足音がしなかった。
男は広場の真ん中で止まった。焦げ跡のちょうど上だった。
「この村の代表は」
声が通る。大きくないのに、端まで届いた。
「わたしです」
村長が前に出た。腰が引けている。
「神樹教、浄化官のヴィクと申します」
男は頭を下げた。ちゃんとした下げ方だった。
「盗賊の一件と聞きました」
「はい。あの、その」
「六人でしたか」
「六人でした」
「五人、街道でつかまえました」
男が手を上げた。
後ろの白い上着が二人、縄でつながれた男たちを引き出した。
五人いた。
うち一人が、若かった。
俺は、その顔を知っていた。
昨日、頭に向かって撤収しろと叫んでいたやつだ。だったらもう殴ればいいじゃないスか、と叫んだやつだ。
顔がはれている。片目が開いていない。
こっちを見た。
目が合った。
あいつは俺を見て、何か言おうとした。
「あ、あんた」
「黙れ」
「なあ、あんた、あんときの」
「黙れと言った」
言い終わる前に、後ろから頭を押さえられた。
それでも口だけが動いていた。何を言っているのかは、聞き取れなかった。
「もう一人は」
ヴィクが言った。
「納屋に。縛ってあります」
「見せてください」
村長が案内した。ヴィクは納屋へ入って、すぐに出てきた。
「あれは、王都へ送ります」
「あの、あいつだけ」
「昔、冒険者だった男です。名前も残っています」
ヴィクは手を軽く払った。
「聞くことがあるので」
「はあ」
「残りの五人は、ここで終わらせます」
村長の口が、開いたまま止まった。
「あの、ここで、というのは」
「この広場で、という意味です」
「裁きは、王都で」
「王都は遠い」
ヴィクは道のほうを見た。来た道だ。
「ここから馬で十二日。護送に人が要ります。食わせる分も要ります」
「それは、そうですが」
「その十二日で、また三軒焼けます」
「……はあ」
「決まりです。私が決めたのではありません」
村長は、それ以上口を開かなかった。
五人が、広場に並ばされた。
ひざをつかせるのではない。立たせたままだった。そのほうが早いのだと、あとでわかった。
ヴィクは五人の前に立って、目を閉じた。
両手を、胸の前で合わせた。
祈っていた。
長くはない。息を三つ吐くくらいだ。
「よろしいですか」
誰にともなく、そう聞こえた。
誰も返事をしなかった。
右手を上げた。
白い光が、手のひらから出た。
姉の治癒の光と、色が同じだった。
やわらかくて、あたたかそうな色だ。冬に窓から入ってくる日のような色だった。
その光が、一人目に触れた。
音はしない。
その人が、前に倒れた。
二人目。
三人目。
同じ間隔だった。息を吸って、吐いて、次。それだけの時間で一人ずつ減っていく。
四人目のとき、若いやつが叫んだ。
「い、いやだ、いやだいやだいやだッ、俺、火なんかつけてな」
五人目にたどりつく前に、光がそっちへ動いた。
叫び声が、途中で消えた。
言い終わっていない言葉のまま、そいつは前に倒れた。
最後の一人は、口を開かないまま倒れた。
広場は、静かだった。
昨日、俺の名前を呼んだ人たちが、そこにいた。
誰かが小さく息を吐いた。ほっとした、という音だった。それを責める気にはならない。あの五人が、この村に火をつけたのだから。
俺は、それでも、動けなかった。
ヴィクは白い布で手をふいていた。汚れていないのに、ふいていた。
顔を上げて、こっちを見た。
まっすぐ、俺を見た。
「あなたですね」
「……なにが」
「頭を止めたのは」
「ああ」
「助かりました」
ヴィクは、また頭を下げた。村長にしたのと同じ下げ方だった。
「それで」
「それで?」
「あなたが五人を逃がしたから、私が来ました」
責めている声ではなかった。
昨日は雨だった、と言うのと同じ言い方だった。
「街道でつかまえるまでに、三軒焼けています。この村の外です」
返す言葉が出てこない。
「祈りは、足で運ぶものです」
「……歩いてきたのか」
「はい」
「街道から」
「三軒を見てから、ここまで」
ヴィクは足元を見た。上着は白いのに、靴だけが土で黒かった。
ヴィクは自分の靴の先を見た。土がついていた。
「祈っているだけでは、間に合わない。だから歩きます」
ヴィクの目が、下がった。
俺の右手だ。板と布で固めたやつ。
「痛みますか」
「まあ」
「治しましょうか」
手が、上がりかけた。
さっきの光を出した手だった。
「もう治療しました」
声がした。
姉だった。いつのまに俺の横に来ていたのか、わからない。
「私が」
姉はヴィクに向かって、胸の前で手を合わせた。教会のやり方だ。
「シスターですか」
「はい」
「どちらの」
「この村の教会です」
「そうですか」
ヴィクは手を下ろした。
「では、失礼を」
「いえ」
姉は笑っていた。俺のよく知っている笑い方だった。焼き菓子を焦がしたときの笑い方だ。
俺の手を、後ろから軽く引いていた。
ヴィクが道へ向き直った。
「ひとつ、よろしいですか」
「なんだ」
「あなたは、祈りますか」
答えが出てこない。教会で育ったのに、出てこなかった。
「たまに」
「そうですか」
ヴィクは、それだけで納得したらしい。
「それで足ります」
白い上着は、来たときと同じ速さで出ていった。
納屋から引き出された男は、荷車に乗せられていた。まだ気を失っている。外套は脱がされていた。
村の人たちが、片づけを始めた。倒れた五人を、誰がどこへ運ぶのか、話し合う声が聞こえた。
俺は姉を見た。
「姉さん」
「なに」
「なんで嘘ついたの」
姉は前を見たままだった。
「嘘じゃないよ。治療はしたもの」
「効かなかった」
「したことに変わりはないでしょ」
「あの人がやったら、治るかもしれない」
「治らない」
「やってみないと」
「治らないの」
姉が足を止めた。
止めてから、笑った。うまく笑えていなかった。
「私の光と、あの人の光、同じ色だったでしょ」
「うん」
「同じものよ」
「じゃあ」
「同じものが、あんたには効かない」
姉はまた歩き出した。
「それを、あの人に見せることはないでしょ」
「なんで」
「なんででも」
姉は俺のそでを引いて、家のほうへ歩いた。
握る力が、いつもより強かった。




