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「壊れたら買い直せばいい」と婚約破棄されましたので、王宮の魔道具保証は本日で終了です 〜修理工房を開いたら、無口な騎士団長が毎日壊れた品を持ってきます〜  作者: 灯野このは
第1章 保証の終わり

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第7話:保証のない品の見分け方

 市場の魔石売り場は、思っていたより広かった。


 露店が七軒。そのうち五軒に、半円をふたつ重ねた刻印の魔石が並んでいた。値は他所の六割ほどで、いちばん人だかりができていた。


 わたしは九個買った。財布が軽くなったけれど、これは仕入れではなく調べ物なので、帳面には「調査」と書くことにした。工房に戻って、九個を並べた。


 魔石は、澱みを見れば残りが分かる。曇りの入り方、粒の細かさ、光にかざしたときの筋の走り方。五年ぶんの目がある。


 一つ目。筋が浅い。二つ目。粒が粗い。三つ目——三つ目を光にかざしたところで、わたしは息を吐いた。昨日の暖房具の魔石と、同じ筋があった。


 わたしは九個を窓辺に並べ直して、一つずつ角度を変えながら見ていった。日が傾くと見え方が変わるので、途中で作業灯を点けて手元だけで見るようにした。


 筋のあるものと、ないもの。


 筋のあるものを、さらに二つに分けた。筋が芯から表面へ向かって伸びているものと、芯の中で閉じているもの。閉じているものは広がらない。伸びているものは、使ううちに割れる。


 昨日の暖房具の魔石は、閉じている方だった。だから九月保った。今日買った九個のうち、五個が伸びている方だった。


 九個のうち、五個が同じ癖を持っていた。表面はきれいで、内側の芯から細い罅が伸びている。この罅は使い始めてから広がる。三月ほどで澱み、半年で使えなくなる。


 悪い品ではない。安いなりの品だ。問題は、そこではなかった。


 残りの四個には罅がない。同じ袋に、同じ刻印で、同じ値段で入っている。つまり買う側には見分けがつかない。そして、この刻印には保証の署名がない。


 工房で直したものが壊れれば、わたしが責任を負う。王宮の品も同じだった。けれどこの魔石は、誰の名前も背負っていない。三月で澱んでも、誰も弁済しない。


「お姉さん、何やってんの」


 ニナさんが戸口から覗いていた。今日は手ぶらだ。


「魔石を見ております」

「九個も? 金持ちじゃん」

「これで四日ぶんの稼ぎが飛びました」


 ニナさんは並んだ魔石を覗き込んだ。


「どれが当たり?」

「この四つが当たりで、この五つが外れです」

「見分けつかないんだけど」

「わたしにはつきます。二年やれば、ニナさんにもつきます」

「二年もやんないよ」


 わたしは紙を出して、書き始めた。罅の入り方。光にかざしたときの筋。買ったあと三月で澱む見込み。


「何それ」

「貼り紙にします」

「貼るの?」


 ニナさんの声が高くなった。


「あそこ、市場でいちばん大きい店だよ。うちも仕入れ止められたら困るんだけど」

「クレーマー商会の悪口は書きません。魔石の見分け方だけ書きます」

「同じでしょ」

「違います」


 わたしはペンを止めずに答えた。


「悪口は、書いた人の意見です。見分け方は、誰が読んでも同じ結果になります。試して違っていたら、わたしが間違いだったというだけです」


 ニナさんは何か言おうとして、やめた。それから、しゃがんで魔石の一つを持ち上げて、光にかざした。


「……あ」

「見えましたか」

「なんか、中に線がある」

「それが罅です」

「うわ、ほんとだ。え、これ外れ?」


 わたしは書き上げた紙を読み返した。


 ——魔石の見分け方。 一、光にかざす。芯に筋があるか見る。 二、筋が芯の中で閉じているものは、そのまま使えます。

  三、筋が芯から表面へ伸びているものは、三月ほどで澱みます。 四、外からは分かりません。買う前に、光にかざしてください。

  五、当工房で見分けます。お代はいただきません。


 最後の一行を書くとき、少し迷った。


 ただで見るということは、その日の稼ぎが減るということだ。四十日で底が見える財布から、さらに時間を削ることになる。


 書いた。


 貼り紙は、その日のうちに壁へ出した。表に面した窓の内側、通りから読める高さに。夕方までに、五人が足を止めた。


 三人目の男の人が、懐から魔石を出して、窓ガラス越しにかざした。それから中に入ってきて、これは当たりかと訊いた。閉じている方だったので、そう答えた。


 その人はほっとした顔で帰っていった。お代はいただかなかったので、札は書いていない。


 五人目は、うちの隣の金物屋のご主人だった。ニナさんのお父さんだ。


「これ、ほんまですか」

「試していただければ分かります」

「うちの店にも、あの刻印の魔石が三十ほどあるんですが」

「お持ちください。全部見ます」

「……いや、それは」


 ご主人は、そこで口ごもった。


「見て、外れやったら、どうしたらええんです」

「売らないか、外れだと言って売るか、どちらかかと」

「値ぇ下げて売ったら、うちが損しますな」

「はい」

「見んかったら、損しませんな」


 わたしは、すぐには答えなかった。


「見んかったら、お客さんが損します」


 ご主人は、しばらく貼り紙を見ていた。それから、明日持ってくる、とだけ言って帰られた。


 その日の午後は、貼り紙を読んだ人が三人、魔石を持ってきた。一人目は当たり。二人目は外れが二つ。三人目は、六個持ってきて四個が外れだった。


 三人目のご婦人は、しばらく黙って外れの四個を見ていた。


「これ、どうしたらええんです」

「三月は使えます。使い切ってから買い替えられるのがよいかと」

「返せんのですか」

「返せません。壊れておりませんので」


 壊れていないものは、返せない。


 そういう仕組みになっている。三月で澱むのは、罅のせいであって故障ではない。魔石は消耗品で、消耗品には保証がつかない。誰も嘘をついていないのに、買った人だけが損をする。


 ご婦人が帰ったあと、わたしは貼り紙の下にもう一行足した。——外れでも三月は使えます。捨てないでください。


 嘘をつかないでおこうと思うと、書くことが増えていく。夜になって、アイゼン殿が来られた。今日で五挺目だ。


 開けて、見て、振ってみる。留め具に少し遊びがあった。それだけだ。


「軽症です」

「そうか」

「アイゼン殿。失礼ですが、隊の携行灯は普段どなたが」

「整備の者がいる」

「……そうですか」


 わたしは押さえ金を締めて、札を書いた。控えの紐が九枚になった。帰りぎわ、アイゼン殿は窓の貼り紙の前で足を止められた。


 長いこと読んでおられた。読む速さから察するに、二度読まれたと思う。


「これは、どこの魔石だ」

「市場で売っているものです。刻印の名前は書いておりません」

「なぜ」

「刻印を書くと、店の悪口になりますので」


 アイゼン殿は貼り紙をもう一度見て、それから短く仰った。


「隊の魔石も、市場から入っている」


 わたしは顔を上げた。


「納入元を、ご存知ですか」

「調べる」


 それだけ仰って、出ていかれた。戸を閉めて、わたしは暦を見た。王宮の夜会まで、あと二日。


 大広間の吊り灯は、魔石が四十八個。あの日は七個が澱んでいた。あの澱み方から数えて、保つのはあと二日という計算になる。二日で足りなくなって、足りなくなったところで、誰も触れない。


 わたしには関係のないことだった。関係のないことなのに、あと二日、と数えている自分がいた。

 「悪口は、書いた人の意見です。見分け方は、誰が読んでも同じ結果になります」。セリアが商会と戦わない理由は、この一行に全部入っています。告発はしません。光にかざす手順を五行で書いて、窓に貼るだけです。

 次回、二十年前の台帳の写しが工房に届きます。斜線ではなく、空白で。二十三行ぶん。

 ブックマークと☆をいただけますと、貼り紙の紙が一枚増えます。ただで見る仕事が、そのぶん長く続けられます。

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