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「壊れたら買い直せばいい」と婚約破棄されましたので、王宮の魔道具保証は本日で終了です 〜修理工房を開いたら、無口な騎士団長が毎日壊れた品を持ってきます〜  作者: 灯野このは
第8章 二つの台帳

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第44話:大広間の、吊り灯

 王都に着いたのは、出てから三十一日目だった。


 三十日で戻りますと書いた紙は、抽斗の中にある。一日ぶん、嘘になった。


 札のついた品は、町に三百十二点あった。若い組合員と手分けして、一点ずつ座を開けた。座に痕があったのは百三十点。残りは、直されていなかった。直されていない品を、マレーネさんが割り振って、若い人たちが直した。わたしは、その人たちの座の縁を、一つずつ見た。二十日かかった。


 ハンネスさんの手紙は、町を発つ前の日に届いた。


 四百七十一点、完了。四十七日目でございます。最後の一点は、残してございます。それから、あの紙は貼っておりません。貼る必要がございませんでしたので。


 工房の戸は、開いていた。


 入ったら、ヨナスさんが修理台にいて、ハンネスさんが受け金を選り分けておられた。二人とも顔を上げて、それからハンネスさんが眼鏡を上げてこう仰った。


「お帰りなさいませ。一日、遅うございましたな」

「一日、遅れました」

「町の者は、誰も数えておりませんでした。数えておりましたのは、私だけで」


 わたしは荷を置いた。置いてから、台帳(二)を開いた。四百七十一行が埋まっていた。右の欄に名前が二つ、代わる代わる並んでいる。いちばん最後の行だけが、空いていた。


「最後の一点は」

「大広間の吊り灯でございます。順番でございます。あれが、いちばん後ろでしたので」


 その方は受け金を一つ油紙に包まれた。


「それに、あれはあなたのお仕事かと」



 翌朝、フォス主査が来られた。手に、手燭を一つ。それから、綴じていない紙が一枚。


「議は、報告書が出た日に開きました。三枚でしたので、その日のうちに」


 その方は、紙を修理台に置かれた。四条だけが書いてあった。


  一、調律者の署名は、調律した者に属する。国は、これを登録しない。

  二、保証を負うのは工房とする。国は、工房の名と、その帳面の写しの置き場所を登録する。

  三、写しは三か所以上に置く。三か所は、同一の者の管理下にあってはならない。

  四、国は、帳面を保管しない。国のなす検査は、三か所に写しがあるかを確かめることに限る。


「通りました。この四条で」


 わたしは、二度読んだ。


「第五条は」

「消しました。責を負わない札が、関の向こうで一枚三百ルグで売られておりました。私はそれを、見ました。見たことしか、書けませんので」


 フォス主査は、手燭を机の端に置かれた。ひと月半ほど前に直した、審査院の備品だった。


「一つ、伺ってよろしいですか。この座に、跡が残っているそうですね」


 わたしは座を開けて、縁を光のほうへ向けた。少し右に流れている。その方は、それを長く見ておられた。


「二十九年前。私は十七で、審査院の写字生でございました。名簿の写しを作る仕事です。ある日、上の者が、一人の職人の行を写しから落とせと申しました。私は、落としました。落とした写しを綴じて、判を押しました」


 その方は、手燭の縁を指で触られた。


「その方の名前を、三十年近く忘れたことがございません。ですので、国が預かるのがいちばん安全だと、私は本気で思っておりました。私のような写字生が二度と落とさぬよう、きちんと管理すれば、と」


 顔を上げられた。


「管理する者が落とせるうちは、同じことでございました。——私が、間違えておりました」


 主語が、制度ではなかった。


 わたしは、何と申し上げていいか分からなかった。分からなかったので、ひと月半前と同じことを言った。


「預かれるものは、消せます」

「はい。ですので、国は持ちません」


 その方は、手燭を上着の内側にしまわれた。折り曲げずに、平らなまま。



 足場は、第七基のものを解いて運んだ。


 板は、まだ使えた。雨に当たった側だけ反りが出ていたので、反った八枚を裏返して組み直した。組むのは第二騎士団がやった。今度は代金を取っていただいた。板の運び賃と人足の日当を請求書にして王宮へ回したら、ラング寮長が書類を見て、一度だけ笑われた。


 吊り灯は、大広間の床の真ん中に麻布を敷いて、その上に下ろした。四か月前、これは天井から落ちた。落ちたときの傷が、そのまま残っていた。


 外周の枠が一か所ひしゃげている。座は四十八のうち十一が割れていた。残りの三十七個も、澱みが進んでいる。


「四十八個、全部でございますか」


 ラング寮長が、見積書を見て仰った。


「はい。澱みが七個から二十二個に増えております。入れ替えずに使いますと、二年後にまた同じ日が来ます」

「……二年後の話を、いまなさいますか」

「いたします。二年後にこの部屋が暗くなると、また誰かが夜会の日程を決め直すことになりますので」


 その方は、判を押された。


「損です。ただ、損なぶんは私の決裁で通ります」


 作業は、四人でやった。わたしと、ハンネスさんと、ヨナスさんと、ニナさん。ニナさんは石の数を数える役だった。四十八という数は、途中で分からなくなる。


 枠のひしゃげは、当て金を内側から噛ませて起こした。外から叩くと塗りが剥げる。剥げた塗りは、この部屋の天井の色には塗り直せない。塗り直せないものは、壊さない。


 割れた座は十一箇所とも作り替えた。石は一つずつ据えて、締めて、当て板を噛ませた。四十八個を、外側の輪から内側へ向かって回した。


 四十八個目を落としたのは、日が傾いてからだった。わたしは、最後に棒を当て直して、縁に痕を残した。


 吊り上げるのに、半刻かかった。滑車が二つと、隊の人が六人。天井の受けに掛けて、金具を三本留める。ニナさんが下から数えた。


「三本。ぜんぶ入った」


 足場を下りたら、大広間に人が増えていた。寮の職人。書記官。ラング寮長。それから、なぜか野次馬が二十人ほど。いちばん後ろに、アイゼン殿が立っておられた。滑車の綱を、まだ手に持ったまま。


 わたしは手を拭いて、床の元栓を開けた。


 点けた。


 四十八個ぶんの光は、思っていたより白かった。澱みが一つも無いと、こういう色になる。


 四か月前の夕方、わたしはこの部屋で頭を下げながら、この灯りを見ていた。四十八個のうち七個が澱んでいて、あの澱み方なら保つのはあと十一日で、夜会は十一日後だった。あのとき、わたしはそれを言わなかった。言っても直る話ではなかった。


 いまは、直っている。


 誰かが手を叩いた。天井の高い部屋で、よく響いた。わたしは麻布を畳んで、台帳(二)を開いた。四百七十二行目に、書いた。


  品名 大広間 吊り灯 一基

  症状 落下による枠の歪み。座十一箇所。石は全数入れ替え

  お代 九百四十ルグ

  日付 本日

  直した者 ノルデン・セリア  工房 ノルデン工房


 書いて、墨を乾かして、閉じた。思っていたより、軽い音がした。



 帰りは荷馬車で戻った。途中でニナさんが寝た。ハンネスさんとヨナスさんは、当て板の厚みを三種類に増やすかどうかで、譲らなかった。


 工房の前で荷を降ろして、みんなが中に入ったあと、アイゼン殿が道の途中で立ち止まっておられた。工房まで、あと十歩ほどのところだった。


「アイゼン殿。どうかなさいましたか」


 その方は、外套の内側に手を入れて、それから、また下ろされた。


「……いや」

「いえ、ではございません。二十日ほど前から、いえ、と仰るときの間が長くなっております」


 その方は、少し黙られた。それから、こう仰った。


「明日、工房へ行く」

「明日も、どうぞ」

「客として行く」

 最初の一点が、最後の一点でした。四十八個は全数入れ替えです。三十七個はまだ生きていましたが、澱みが七個から二十二個に増えていました。入れ替えずに使うと、二年後に同じ日が来ます。

 フォス主査の四条は、国が何を持たないかだけを書いてあります。「私が、間違えておりました」。この方が主語を制度にしなかったのは、これが初めてです。第33話の後書きで「この方が最後に何と言うかで、この人の話は終わります」と書きました。終わりました。

 当て金は、この一枚で在庫が切れました。次の一枚は、皆さまのブックマークと☆で。

 次回、最終話。客として来られるそうです。

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