第43話:告発は、いたしません
総会は、館の二階の広間で開かれた。
長い机が三列。組合員が四十人ほど。前の列は年配の方が多く、後ろの列は若い人が多かった。マレーネさんはいちばん後ろの列の端に座っていた。膝の上に、綴じた紙を抱えている。
いちばん後ろの壁際に、上着に飾りのない方が一人立っておられた。随員は外に置いてこられたらしい。戸口の外には、アイゼン殿が立っておられた。広間には入られなかった。書記の方が壁際の方を見て、帳面に何か書いた。通訳の子が、小さく訳した。
「参観、一名」
わたしはその言葉を聞いて、少しのあいだ動けなかった。二十年前、王宮の部屋のいちばん後ろに外套を着たままの人が一人立っていた。誰も紹介しなかった。今日は、向きが反対だった。
代表が机の前に立たれた。
「本日は、我々の第一条のお嬢様が、台帳に署名をくださいます。二十年前にお母様が一行目を書かれ、本日、ご息女が続かれる。これで、代理署名の是非などという話は、終わりでございます」
後ろの列が、少しざわついた。代表は、それを笑顔で見渡された。
「ノルデン先生。どうぞ」
わたしは立った。
「署名は、いたします」
後ろの列が、静かになった。マレーネさんが、こちらを見ていた。
「ただ、うちの署名は、品につきます。品から離れた署名を、うちは書きません。ですので、品を一つ、いただけますか」
「品、でございますか」
「玄関の灯りが、一年ほど点いていないと伺いました。札は、ついておりました」
代表は、少し首を傾けられた。傾けてから、若い方に顎で指図された。玄関の灯りは四半刻ほどで外されて、机の上に載った。
鉄の枠に魔石が四つ。枠の脇に、白い札。輪が二重の印と、代理の印。
わたしは道具箱を開けた。
工具は、あの方の箱から借りた。マレーネさんが朝、そうしてほしいと言った。祖父の抜き差しの工具はうちの工具より柄が太くて、手に馴染むまで少しかかった。
座を、開けた。
四つのうち、二つが澱んでいた。座の縁を、光のほうへ向ける。縁は、綺麗だった。傷が一つも無い。
「調律をすると、座の縁に痕が残ります。棒の当て方が人によって違いますので、痕の形も違います。この座には、痕がありません」
わたしは枠を持ち上げて、前の列にも後ろの列にも見えるように向けた。
「つまり、この品は、直されておりません。札は、あります」
誰も何も言わなかった。代表も、何も仰らなかった。
わたしは、澱んだ石を二つ外した。座を掻いて、拭いて、新しい石を落とし込む。当て板を噛ませる。締める。最後に工具を持ち替えて、縁を掻き上げた。
痕が、少し右に流れて入った。四年前の王宮の座と、同じ流れ方だった。
点けた。
四つぶんの光が、机の上で白く立った。広間の中ほどまで届いた。
「これが、わたしの署名です」
わたしは台帳の二十冊目を引き寄せて、いちばん新しい空きの行を開いた。右端の欄に、線を一本引いた。欄が二つになった。
品名 組合の館 玄関の灯り 一点
症状 澱み二つ。座に痕なし
お代 ——
日付 本日
直した者 ノルデン・セリア 工房 ノルデン工房
「保証を負うのは工房です。直した者の名前は、誰の手つきかを残すために書きます。この一行は、この灯りについています。この灯りが壊れたら、うちが直します。それ以外の品には、ついておりません」
わたしは筆を置いた。
「告発は、いたしません。台帳に、一行書きました。それだけです」
後ろの列でマレーネさんが立った。
綴じた紙を机の上に置いた。エルツの言葉で、短く言った。通訳の子が、訳した。
「法の原本です。第十一条の頁だけ、紙が違います。透かすと、筋が横です。周りは縦です。十一年前の紙です」
前の列の年配の方が綴りを取って、窓のほうへかざされた。しばらく見て、隣の方に回された。綴りは前の列を一巡して後ろの列へ回った。
代表が口を開かれた。
「制度を守るためです。第十一条は、制度を回すための——」
「代表」
わたしは、その言葉を最後まで言わせなかった。言わせないというのは、わたしにしては珍しいことだった。
「母の制度は、第一条だけです。署名は、直した者に属する。移せない、預かれない、消せない。それだけでございます。それ以外の条は、母のものではありません」
書記の方が、何か言った。挙手を求める言葉だった。手が、上がった。後ろの列は全部。前の列は、半分より少し多く。
書記の方が数を数えて帳面に書き、それから立ち上がって、決まったことを読み上げた。通訳の子が、一文ずつ訳した。
第十一条は、廃止。代理の札は、本日をもって発行しない。既に出た札は、品と照合して、直されていない品の札は無効。代表は、退任。
最後に書記の方はこう読んだ。
「——組合の代理保証は、本日で終了です」
わたしはその一文を通訳の子の口から聞いた。
三か月前、わたしは大広間でその言葉を言った。言ったあと、行き先が無かった。同じ言葉が関の向こうで、他人の口からこちらの言葉に訳されて返ってきた。
いちばん後ろの壁際で、フォス主査が手帳に何か書き取っておられた。
総会のあと、帳場で秤の話になった。
帳場の秤は、狂っていた。分銅が二つ足りず、皿が片方だけ減っている。代理の札の時代には、量る必要が無かったからだ、と書記の方が仰った。石は札で通った。これからは、量る。
「量るのに、この秤では」
書記の方が、ニナさんの荷のほうを見られた。ニナさんは荷を解いて、秤を一台組み立てた。分解して綿に包んで運んだ秤は、組み立てて水平を出すまでに四半刻かかった。
書記の方が、分銅を載せた。揺れて、止まった。もう一度載せた。同じところで止まった。
書記の方がニナさんに何か訊いた。通訳の子が訳した。
「三台とも、いくらか、と」
ニナさんは腕を組んで、片眉を上げた。上げたまま、しばらく黙っていた。この人が値段を訊かれる側になったところを、わたしは初めて見た。
「……えっと。……いくらだと思う?」
書記の方は、笑わなかった。指を、三本立てた。それからその手を一度閉じて、もう一度開いた。
通訳の子が、訳した。
「三台で、三百ルグの倍、と」
ニナさんの片眉が、下りた。
その日のうちに若い組合員が四人、宿に来た。札のついた品は、町に三百ほどあるという。全部を品と照合しないと、どれが直っていてどれが直っていないか分からない。
全部見るまで、帰れない。三十日の紙は、たぶん間に合わない。
フォス主査は夕方、館の前で仰った。
「私は、明日発ちます。報告書は、三枚で足りそうです」
「三枚」
「見たことしか書きませんので」
その方はそれだけ仰って、随員のほうへ戻られた。
夜、宿の裏口に灯りがあった。アイゼン殿が裏口の石段に腰を下ろして、膝の上で何かを布に包んでおられた。四隅を折り込んで、紐を二度掛けてある。
何を包んでおられるのかは、訊かなかった。
告発はしませんでした。台帳に一行書いて、灯りを一つ直しただけです。座の縁に痕が無い品は、直されていない品です。札があっても、そこだけは消せません。
「組合の代理保証は、本日で終了です」。三か月前に王宮で言った言葉が、関の向こうで、他人の口から、こちらの言葉に訳されて返ってきました。
ニナは初めて、値段を訊かれる側に回りました。片眉が下りたところまで書いておきます。
帳場の秤の分銅は、二つ足りませんでした。足りないぶんは、皆さまのブックマークと☆で鋳ております。
次回、王都へ。三十日で戻ります、と書いた紙のことです。




