第40話:隊は、と訊いたら
出立の前の日は、荷を作るのに一日かかった。着替えは二組でいい。困るのは道具のほうだった。
工房の道具を全部持っていくわけにはいかない。持っていけるのは、片手で提げられる箱一つぶんだ。何を入れるかで、向こうで何ができるかが決まる。
わたしは修理台に道具を並べて、三度入れ替えた。
調律棒は四本目の新しいのを入れた。三本目は工房に残す。ハンネスさんの手には、擦り減ったほうが合う。
抜き差しの工具は、細いのを二本と、中を一本。太いのは向こうで借りればいい。太い工具はどの土地にもある。
受け金は、二十九番目の箱から六種類、少しずつ。数は迷ったが、多いほうを取った。
向こうの受け金は、たぶん径の刻みが違う。刻みが違うと、こちらの金は使えるがあちらの金は使えない、という半端なことになる。半端になったときに困るのは、いつも細いほうだった。
留め具は、いちばん細い型を十二。この型は、ひと月ほど前に一つ頂いてから、在庫を切らさないようにしている。切らさないようにしている理由は、自分でもうまく説明できない。
紙と墨と、綴じ紐。それから、母の帳面の十冊目。十冊目を入れるかどうかで、いちばん迷った。
持っていって失くしたら、二度と戻らない。置いていって、向こうで実物が要ると言われたら、往復に六日かかる。
結局、入れた。入れたあとで油紙に二重に包み直した。
借り上げの荷馬車は、昼に工房の前へ回された。
御者の方が「三日はもつやろ」と仰ったので、念のため車軸を見た。もたなかった。受けの油溝が潰れていて、油が回らない。このまま関の坂を登ると、二日目の午後に焼きつく。
「直します。四半刻ほど」
「今からか」
「今からです」
受けを外して、溝を切り直した。切り直すというより、掘り直すに近い。
潰れた金は硬くなっているので、鏨を立てて、少しずつ起こす。起こしたところに油を含ませた麻を押し込んで、戻す。
手が真っ黒になった。
「十四ルグです」
「わしが払うんか」
「馬車の持ち主にご請求します。札は二枚切ります。持ち主の方と、あなたに」
「わしにも要るんか」
「直した日と、次に見る日が書いてありますので。次は三月後です」
御者の方は、札をしばらく見て、それから帽子の裏に挟まれた。挟んでから、こちらを見て、こう仰った。
「三月後に、あんたがおらんかったらどうする」
「工房に持ち込んでいただければ、誰でも見ます。札に工房の名前が書いてありますので」
「あんたの名前も書いてあるやろ」
「両方書いてあります。片方は、誰が触ったかを残すためです」
その方は、帽子をかぶり直された。
日が傾いてから、アイゼン殿が来られた。いつもの位置に立って、荷馬車の荷台を見て、それからわたしの足元の箱を見られた。
「それだけか」
「片手で提げられるのが、これだけですので」
「関は登りだ。片手が塞がると、雨のときに危ない」
「……存じませんでした」
その方は、荷台に鞄を一つ上げられた。背負う形の鞄だった。
肩の当たるところに、あとから革を足してある。足した革の縫い目が、細かかった。
「これは」
「使え」
「お借りします。お代は」
「隊の備品ではない」
わたしは、鞄を見た。見てから、その方を見た。
「では、お代をお支払いしないと、お受けできません」
その方は、しばらく黙っておられた。それから、こう仰った。
「行く」
わたしは、鞄の紐を持ったまま、動けなくなった。
「……どちらへ」
「エルツだ」
「関を、越えます」
「知っている」
わたしは、言葉を探した。探して、いちばん要らないものが出た。
「隊は」
その方は、荷台の縁に手を置いて、少し体重を預けられた。
「……副長がいる」
それだけだった。
説明はなかった。説明がないので、わたしは自分で埋めるしかなかった。
第二騎士団の団長が、三十日、隊を離れる。離れられるように誰かに引き継ぐ手続きが要る。手続きには決裁が要る。決裁には理由が要る。
その理由の欄に、この方は何と書いたのだろう。訊いたら、たぶん答えない。
「アイゼン殿」
「なんだ」
「……関の通行料は、お一人ぶん十二ルグです」
「知っている」
「組合が持つと書いてあるのは、わたしの分だけです」
「自分で払う」
わたしは、頷いた。頷いて、鞄を背負ってみた。肩の革が、ちょうど当たるところに来た。合わせて作ってある。
いつ寸法を測られたのか、まったく心当たりがなかった。
夕方、ニナさんが荷を担いで来た。担いでいたのは自分の荷で、大きさはわたしの倍あった。中身は秤だった。分解して、布で巻いて、綿を詰めてある。
「あたしも行く」
「ニナさん」
「売り先探すって言ったじゃん。北って言ったの、お姉さんだし」
「言っておりません。憶測だと申し上げました」
「手が止まってたよ」
ハルトのご主人が、店先から出てこられた。娘の荷を見て、それからわたしを見て、頭を下げられた。
「ノルデンさん。うちの子を、よろしゅう」
「お預かりします」
「秤は三台や。売れんかったら、担いで帰ってこいと言うてあります」
「売れます」
「そう言うてくれるのが、いちばん怖いわ」
その方は笑って、店に戻られた。ニナさんは荷を荷台に上げて、上げてから、アイゼン殿のほうを二度見た。二度見てから、わたしの袖を引いた。
「ねえ。あの人も行くの」
「行かれるそうです」
「隊は?」
「副長がいらっしゃるそうです」
「……ふうん」
ニナさんは腕を組んで、片眉を上げた。上げたまま、しばらく荷台のほうを見ていた。
「お姉さん」
「はい」
「あれ、たぶん決裁の理由の欄になんて書いたか、絶対言わないよ」
「わたしも、そう思います」
その夜、荷は三つになった。
工房の戸には、何も貼らなかった。
一人で行くつもりだった人が、三人で行くことになる回でした。二語しか喋らない人が「行く」と言って、こちらが「隊は」と訊いて、「……副長がいる」で終わる。この人の説明は、いつもこれで全部です。
鞄の肩の革が、寸法どおりに当たったところだけ、覚えておいてください。いつ測ったのかは、セリアにも分かっておりません。
関の通行料は、一人十二ルグです。三人ぶんで三十六ルグ。この旅費は、皆さまのブックマークと☆で賄われております。
次回、国境の関。荷に「保証あり」の札が貼ってあります。中身は、澱んだ魔石です。




