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「壊れたら買い直せばいい」と婚約破棄されましたので、王宮の魔道具保証は本日で終了です 〜修理工房を開いたら、無口な騎士団長が毎日壊れた品を持ってきます〜  作者: 灯野このは
第7章 国境の向こうの台帳

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第40話:隊は、と訊いたら

 出立の前の日は、荷を作るのに一日かかった。着替えは二組でいい。困るのは道具のほうだった。


 工房の道具を全部持っていくわけにはいかない。持っていけるのは、片手で提げられる箱一つぶんだ。何を入れるかで、向こうで何ができるかが決まる。


 わたしは修理台に道具を並べて、三度入れ替えた。


 調律棒は四本目の新しいのを入れた。三本目は工房に残す。ハンネスさんの手には、擦り減ったほうが合う。


 抜き差しの工具は、細いのを二本と、中を一本。太いのは向こうで借りればいい。太い工具はどの土地にもある。


 受け金は、二十九番目の箱から六種類、少しずつ。数は迷ったが、多いほうを取った。


 向こうの受け金は、たぶん径の刻みが違う。刻みが違うと、こちらの金は使えるがあちらの金は使えない、という半端なことになる。半端になったときに困るのは、いつも細いほうだった。


 留め具は、いちばん細い型を十二。この型は、ひと月ほど前に一つ頂いてから、在庫を切らさないようにしている。切らさないようにしている理由は、自分でもうまく説明できない。


 紙と墨と、綴じ紐。それから、母の帳面の十冊目。十冊目を入れるかどうかで、いちばん迷った。


 持っていって失くしたら、二度と戻らない。置いていって、向こうで実物が要ると言われたら、往復に六日かかる。


 結局、入れた。入れたあとで油紙に二重に包み直した。



 借り上げの荷馬車は、昼に工房の前へ回された。


 御者の方が「三日はもつやろ」と仰ったので、念のため車軸を見た。もたなかった。受けの油溝が潰れていて、油が回らない。このまま関の坂を登ると、二日目の午後に焼きつく。


「直します。四半刻ほど」

「今からか」

「今からです」


 受けを外して、溝を切り直した。切り直すというより、掘り直すに近い。


 潰れた金は硬くなっているので、鏨を立てて、少しずつ起こす。起こしたところに油を含ませた麻を押し込んで、戻す。


 手が真っ黒になった。


「十四ルグです」

「わしが払うんか」

「馬車の持ち主にご請求します。札は二枚切ります。持ち主の方と、あなたに」

「わしにも要るんか」

「直した日と、次に見る日が書いてありますので。次は三月後です」


 御者の方は、札をしばらく見て、それから帽子の裏に挟まれた。挟んでから、こちらを見て、こう仰った。


「三月後に、あんたがおらんかったらどうする」

「工房に持ち込んでいただければ、誰でも見ます。札に工房の名前が書いてありますので」

「あんたの名前も書いてあるやろ」

「両方書いてあります。片方は、誰が触ったかを残すためです」


 その方は、帽子をかぶり直された。



 日が傾いてから、アイゼン殿が来られた。いつもの位置に立って、荷馬車の荷台を見て、それからわたしの足元の箱を見られた。


「それだけか」

「片手で提げられるのが、これだけですので」

「関は登りだ。片手が塞がると、雨のときに危ない」

「……存じませんでした」


 その方は、荷台に鞄を一つ上げられた。背負う形の鞄だった。


 肩の当たるところに、あとから革を足してある。足した革の縫い目が、細かかった。


「これは」

「使え」

「お借りします。お代は」

「隊の備品ではない」


 わたしは、鞄を見た。見てから、その方を見た。


「では、お代をお支払いしないと、お受けできません」


 その方は、しばらく黙っておられた。それから、こう仰った。


「行く」


 わたしは、鞄の紐を持ったまま、動けなくなった。


「……どちらへ」

「エルツだ」

「関を、越えます」

「知っている」


 わたしは、言葉を探した。探して、いちばん要らないものが出た。


「隊は」


 その方は、荷台の縁に手を置いて、少し体重を預けられた。


「……副長がいる」


 それだけだった。


 説明はなかった。説明がないので、わたしは自分で埋めるしかなかった。


 第二騎士団の団長が、三十日、隊を離れる。離れられるように誰かに引き継ぐ手続きが要る。手続きには決裁が要る。決裁には理由が要る。


 その理由の欄に、この方は何と書いたのだろう。訊いたら、たぶん答えない。


「アイゼン殿」

「なんだ」

「……関の通行料は、お一人ぶん十二ルグです」

「知っている」

「組合が持つと書いてあるのは、わたしの分だけです」

「自分で払う」


 わたしは、頷いた。頷いて、鞄を背負ってみた。肩の革が、ちょうど当たるところに来た。合わせて作ってある。


 いつ寸法を測られたのか、まったく心当たりがなかった。



 夕方、ニナさんが荷を担いで来た。担いでいたのは自分の荷で、大きさはわたしの倍あった。中身は秤だった。分解して、布で巻いて、綿を詰めてある。


「あたしも行く」

「ニナさん」

「売り先探すって言ったじゃん。北って言ったの、お姉さんだし」

「言っておりません。憶測だと申し上げました」

「手が止まってたよ」


 ハルトのご主人が、店先から出てこられた。娘の荷を見て、それからわたしを見て、頭を下げられた。


「ノルデンさん。うちの子を、よろしゅう」

「お預かりします」

「秤は三台や。売れんかったら、担いで帰ってこいと言うてあります」

「売れます」

「そう言うてくれるのが、いちばん怖いわ」


 その方は笑って、店に戻られた。ニナさんは荷を荷台に上げて、上げてから、アイゼン殿のほうを二度見た。二度見てから、わたしの袖を引いた。


「ねえ。あの人も行くの」

「行かれるそうです」

「隊は?」

「副長がいらっしゃるそうです」

「……ふうん」


 ニナさんは腕を組んで、片眉を上げた。上げたまま、しばらく荷台のほうを見ていた。


「お姉さん」

「はい」

「あれ、たぶん決裁の理由の欄になんて書いたか、絶対言わないよ」

「わたしも、そう思います」


 その夜、荷は三つになった。


 工房の戸には、何も貼らなかった。

 一人で行くつもりだった人が、三人で行くことになる回でした。二語しか喋らない人が「行く」と言って、こちらが「隊は」と訊いて、「……副長がいる」で終わる。この人の説明は、いつもこれで全部です。

 鞄の肩の革が、寸法どおりに当たったところだけ、覚えておいてください。いつ測ったのかは、セリアにも分かっておりません。

 関の通行料は、一人十二ルグです。三人ぶんで三十六ルグ。この旅費は、皆さまのブックマークと☆で賄われております。

 次回、国境の関。荷に「保証あり」の札が貼ってあります。中身は、澱んだ魔石です。

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