第4話:二日目の騎士団長
朝の光の中で見ると、その方はもっと大きかった。
戸口の幅にちょうど収まるくらいの背丈で、両手に携行灯を持って立っておられる。昨日と同じ姿勢だった。
「……おはようございます」
「ああ」
わたしは戸を開けて、中へ促した。今日は敷居をまたいでくださった。
修理台に灯りを置いて、留め具を外す。魔石は新しい。接点も綺麗だ。枠を軽く振ってみると、中で小さな音がした。
「留め具です。座の押さえが緩んでいます。振ると魔石が浮いて、接点が離れます」
「……直るか」
「はい。半刻ほどで」
その方は頷いて、それきり黙っておられた。
わたしは工具を並べて、押さえ金を締め直した。ねじ山が少し潰れている。同じ寸法のものが二十番目の箱にあったはずだ。
立ち上がって箱を探しているあいだ、その方は修理台の前で立っておられた。座ってくださいと申し上げたけれど、いい、と仰る。昨日と同じやりとりだった。
二十番目の箱を開けると、押さえ金が十二個入っていた。母の字で「軍用・大」と貼ってある。
軍用。
わたしは箱を持ったまま、少しのあいだ動かなかった。町の工房に、軍用の部品が十二個ある。母は町の品を直していたはずだった。
「どうした」
「いえ。在庫がございました」
修理台に戻って、押さえ金を並べた。寸法を測る。三種類のうち、真ん中が合う。
作業のあいだ、アイゼン殿は手元を見ておられた。見られながら直すのは、王宮ではあまりなかったことだ。寮では、持ち込んだ者はたいてい置いてすぐ帰る。直る過程に興味を持つ人は少ない。
「その工具は」
途中で、そう訊かれた。
「粗の調律棒です。細と二本ございます」
「二本で足りるのか」
「足ります。座の当たりを見るのが細で、緩んだものを起こすのが粗です。あとは指で分かりますので」
「指で」
「はい。金属の冷たさが、場所で違います。魔力が通っているところは、少し温い」
アイゼン殿は自分の手を見て、それから携行灯の枠に触れた。
「……分からんな」
「五年やれば分かります」
「五年か」
「母は、二年で分かったそうです。わたしは五年かかりました」
押さえ金を替えて、蓋を閉じて、点けてみる。振ってみる。消えない。
「直りました。十四ルグです」
硬貨が置かれた。十枚が一つ、一枚が四つ。わたしは受領札を書いた。品名。症状。お代。日付。最後の欄まで来て、手が止まった。
昨日は「保証は」と訊いて、「つけてくれ」と言われた。今日はもう訊かなくてもいいのだろうか。それとも毎回訊くべきなのだろうか。
「あの」
「つけてくれ」
訊く前に仰った。
わたしは自分の名前を書いた。昨日より、少しだけ速く書けた。札を半分に切ってお渡ししたあと、思いきって申し上げた。
「お名前を、伺ってもよろしいでしょうか。控えに書きますので」
その方は少し間を置いてから、仰った。
「ヴィルヘルム・アイゼン」
「アイゼン様。ありがとうございます」
「様は、いらない」
「では、アイゼン殿」
その方——アイゼン殿は、否定も肯定もなさらずに携行灯を取った。戸口まで送って、そこで思い出した。
「アイゼン殿。昨日、四十挺とお聞きしましたが」
「ああ」
「隊のお名前を伺っても」
「第二騎士団だ」
わたしは足を止めた。
第二騎士団は王都の警備を担う隊で、団長は近衛に次ぐ位にある。四十挺の携行灯を管理する立場の方が、夜に自分で町の工房まで運んでくるというのは、順序としておかしい。
「失礼ですが、お役は」
「団長だ」
「……団長」
「なにか問題があるか」
「いえ。ございません」
問題は、たぶん、ない。あるのは疑問だけだ。アイゼン殿は出ていかれた。控えの紐が二枚になった。
昼過ぎに、ニナさんが戸を蹴るようにして入ってきた。
「秤!」
「直っております」
修理台の上の秤を指すと、ニナさんは飛びついた。皿に手を置いて、目盛りを見て、それから手を離して、また置いた。
「……ゼロ」
「受け金を替えました。座が歪んでおりましたので、同じ寸法のものに」
「ゼロ!」
三回目でようやく信じたらしい。ニナさんは秤を抱えて、そのまま出ていこうとして、戸口で振り返った。
「いくら」
「八十ルグと申し上げましたが、部品が母の在庫でしたので、六十で結構です」
「……なんで下げるの」
「実費が出ておりませんので」
「ふつう黙って八十取るでしょ」
「取れません。札に書きますので」
ニナさんは、変な顔をした。それから硬貨を数えて置いて、秤を抱え直して、戸口でもう一度止まった。
「ねえ。今朝の人、また来てたよね」
「アイゼン殿ですか」
「名前まで聞き出したんだ」
「控えに書きますので」
ニナさんは秤を修理台に戻して、腕を組んだ。
「うちの父さんがさ、お姉さんのこと、王宮の人だと思ってたって」
「王宮におりました」
「なんかもっと、こう、偉そうな感じかと思ってたって言ってた」
「無位の調律士でしたので」
「無位って何」
「位がないという意味です。寮の名簿には、職人としてしか載っておりません」
ニナさんは眉を寄せた。
「五年いて?」
「はい」
「四百七十二点直して?」
「……なぜその数を」
「昨日そう言ったじゃん。四百七十二点って」
言った覚えはある。大広間で。この子には言っていない。
「町でもう回ってるよ。侯爵家のぼんぼんが、四百七十二点のこと分かってなかったって話」
噂は、思っていたより足が速い。
「あのさ。あの人、毎日壊しすぎじゃない?」
「軍用は使い方が荒いそうです」
「二日連続で?」
「四十挺お持ちだそうですので、確率としては」
「そういう話じゃなくて」
ニナさんは何か言いたそうにしていたけれど、結局言わずに帰っていった。夕方、戸を閉めようとしたところで、また人が来た。
今度は見覚えのある顔だった。王宮魔道具寮の紺の上着。白髪まじりの、五十を過ぎた職人。
「ハンネスさん」
「……ノルデン嬢」
ハンネスさんは戸口で帽子を取って、両手で持ったまま、長いこと黙っておられた。
工房の中を見回して、修理台を見て、壁の部品箱を見て、それから床を見た。
「ここは、セレスティア様の」
「はい」
「……変わっておりませんな」
ハンネスさんは部品箱の列を見上げた。目の動きが、番号を追っていた。
「一番が留め金、二番が蝶番、三番から七番が接点」
「ご存知なのですか」
「二十年前に、この並びを教わりました」
わたしは手を止めた。
「母から、ですか」
「寮の棚が、この並びなのです。セレスティア様が作られた」
台帳の並び順と、同じだった。二十年変わっていない順番を、誰が作ったのかを、わたしはこれまで考えたことがなかった。
「母は、寮を辞めてから何を」
「……存じません。ここへは、一度も参りませんでしたので」
わたしは椅子を出した。今度は座ってくださった。
「お茶を淹れます」
「いや、結構。すぐ帰ります」
そう言って、帽子を握り直された。
「ノルデン嬢。寮に、戻っていただけませんか」
四十挺を年に二度、日を分けて持ってくる。理屈としては完璧です。完璧なので、当分だれも指摘しません。
セリアは「無位の調律士」でした。位が無いというのは、名簿に職人としてしか載らないという意味です。五年いて、四百七十二点直して、それです。
次回、寮からの使者が来ます。頭を下げに来る人と、下げさせている人は、たいてい別人です。




